メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

メディアは「中立・客観」を離れ、 開かれた「公正」報道を目指せ

「多事争論」再び

外岡秀俊 ジャーナリスト、北海道大学公共政策大学院公共政策学研究センター上席研究員

 朝日新聞に元気がない。そんな声を、しばしば耳にするようになった。

 そんなことはありません。「森友学園」はどうです。「加計学園」報道はどうです。そう反論するのだが、どうも相手が問題にしているのは、特ダネや調査報道ではないらしい。

 「結局、優等生なんだよね」「足して二で割ったみたい」「両論併記でお茶を濁している」「一刀両断する代わりに、識者のコメントで逃げている」

 どうやら、くすぶる不満は、その辺りにあるらしい。つまり、角が取れ、以前のような覇気や気迫が感じられなくなった。朝日新聞の記者たちが、この社会にどう向き合っているのか、顔がみえない、というのだ。

 その遠因を、2014年に起きた朝日新聞の慰安婦検証問題、福島第一原発の「吉田調書」問題にまで遡る論者もいる。

 たとえば東京大学大学院の林香里教授は、「週刊金曜日」の昨年11月6日号「メディアウオッチ」欄に、「〝リベラル優等生〟朝日の『両論併記』『ファクト』報道で政治はどう変わる?」という論考を寄せて次のようにいう。

 菅義偉首相の初の所信表明演説にあたって、朝日はあれこれと注文をつけた。これも足りない、あれも具体性がない。だがそれは「提供されたサービスに注文をつける顧客のクレーム」に似ている。他方産経新聞は、その主張の良しあしは別として、国家観の欠如という「大きな政治」への注文をつけた。

 「思想」を語らない朝日と、「理念」を求めた産経という鮮やかな対比である。林教授は、その背景には、2014年の「朝日バッシング」があるとみなし、こう書いている。

 「あの事件以来、代表的リベラル・メディアと見なされてきた朝日のジャーナリズムは、ファクトで埋めよ、両論併記を心がけよ、意見は記者でなく識者に言わせよ、という態度が定着したと思う」

 朝日はこの間、確かに「モリカケ」問題などでファクトを掘り起こし、調査報道で本領を発揮した。だが、そうしたファクトの暴露にもかかわらず、安倍晋三・長期政権は揺るがなかった。

 このまま「両論併記」「ファクト」報道を続ければ、世間から不要とされるのは「リベラル優等生」の方ではないか。林氏はその「予感」で文章を締めくくる。

 私はこの小文が、遠くに起きた大地震を精確に記す地震計のように、メディアで起きつつある地殻変動を伝えている、と思う。つまり、朝日だけの問題ではなく、メディア全般への「予感」なのだ。

「中立・客観報道」の落とし穴

 戦後の日本のメディアは総じて「中立・客観報道」を標榜してきた。よくいえば公平無私の立場で事実を積み上げ、ファクトをして語らしめる。悪くいえば、だれからもクレームをつけられない無難な報道姿勢である。林氏が指摘する最近の朝日の姿勢は、その「王道」への回帰とみなすこともできる。だがその「王道」が、よくてトラブルをさける避雷針、悪くいえば偽りの看板であることは多くの人が知っている。

 たとえば渡辺武達・同志社大学名誉教授は、「サンケイEX」掲載の評論をまとめた『メディアリテラシーとデモクラシー』(論創社)で、これまでの「公正・公平・中立論」を次の五つのパターンに分類している。

①左右の両極端を排し、その他の異なった意見をできるだけ多く並列的に列挙する。いわゆるNHK的公平。
②さまざまな意見の真ん中を取ることを中立と考える、いわゆる中道。
③権力には悪が存在すると考え、忌憚のない権力悪批判をジャーナリズムの使命とするウォッチドッグ機能。
④少数意見(異見)を尊重し、できるだけ多くの多様な意見を価値評価を加えることなく紹介すること。
⑤世論の大勢とその動向を重視し、視聴者・読者のニーズに対応をすること。

 いずれも、もっともそうに見えるが、具体例で分析すると、その「非合理性」はすぐに判明する、と渡辺氏はいう。

①は意見や立場であれば何でも取り上げねばならないという悪弊を招いたり、はずされた左右のいずれかに正答がある場合には重大な誤りをおかしたりする。
②では明らかな詐欺や泥棒行為を警察で捜査している例で説明すれば、メディアがその中間の考え方で両者の言い分を平等に紹介することになる。
③ではたとえば国家に対決する海外の麻薬王や、市役所と対立する暴力団が善になるという矛盾が起こり得る。
④では、意見は実際は人の数だけあるから、すべての人に満足のいく意見紹介など不可能である。
⑤では視聴率と販売部数が唯一の指標となり、面白おかしく制作することで自己正当化を図ることになり、本当に重要な題材がないがしろにされる。

 多少の誇張はあるとしても、渡辺氏の指摘は理にかなっているように思う。

 振り返ってみれば、ジャーナリストは、いつも特定のテーマを選別し、特定の人に取材し、特定の言葉や事実を切り取る。そのすべてのプロセスで、取捨選択は避けられず、なんらかの解釈や「意味づけ」もせざるをえない。そうでなければ、報道ではなく、「官報」になってしまう。

 その意味で報道は、「主観性」や「立場」を排除できない。目標として、神のごとく「公平無私」を目指すのはかまわないにしても、それを実態であるかのように装うことは瞞着や詐言に近い。

 もう少し実態に即した比喩を使うとするなら、ジャーナリストの目標は野球やサッカーの審判(アンパイア)に近いのかもしれない。

 プレーヤーではなく、いずれのチームにも偏らず、いま起きつつあることをジャッジする。もちろん、人であれば誤審もするし、クレームは付き物だ。

 大切なことは、競技のルールを熟知し、選手の行為を、そのつどルールに照らして判断することだ。その判断に誤りがあれば、審判自身が退場を迫られる。

 審判は自らの経験と勘を頼りに、主観的にジャッジする。ジャッジしない審判は、審判ではない。自ら判断せず人にげたを預けたり、まして観客の贔屓で判断を左右したりすることは、審判の名に値しない。観客に判断を丸投げしない。その「観客」を、「読者・視聴者」に置き換えたら、どうなるだろう。

「中立・客観」と公正

 ここで、私なりにジャーナリズムの指針をめぐる言葉を整理してみたいと思う。

 これまで指針として使われてきた言葉に、「中立性」(neutrality)、「客観性」(objectivity)、「不偏不党性」(impartiality)などがある。一見似てはいても、かなり違った考えを示す言葉だ。

 すでに見たように、自らを局外に置く「中立性」は、多くの場合とても難しく、深く報道しようとすれば、取材者自らも、いずれの立場に身を置いて取材するかを問われる。一方的な目で見るというのではなく、ある立場で相手を批判的に見たり、物事を判断したりするようになる、ということだ。これらに対して「客観性」は、第三者的な立場を装う場合に多く使われる。私は「客観性」を判断するのは読者や視聴者なのだと思う。それを装って、害のない「客観報道」を看板にしてはならないという立場だ。

 現役の記者当時、私自身は、「不偏不党性」を指針とし、「中立性」は少数派や弱者の視点に立ち、「客観性」は疑うという立場を取ろうとしてきた。少数派や弱者の側に立つのは、権力はそれ自体が巨大な発信力を備えており、「足して二で割る」ことは不平等に加担するからだ。

 また、似たような言葉だが、「公平性」(fairness)も、報道の指針としては欠かせないと考えた。これはすべての当事者に対して真摯に向き合い、権力や地位ある人々に対しても反論や弁明の機会を与えることを意味する。

 朝日新聞は日本が独立した直後の1952年9月、現行の綱領を定めた。

 第1項は「不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄与す」とあり、第3項に「真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す」とある。

 これまで朝日新聞綱領は5度書き換えられたが、大正期につくられた4度目は「絶対天皇制護持」を柱としていた。

 駆けだしのころ、私は現綱領を見るたびに、ある種の気恥ずかしさを覚えたが、いまは、理念は理念として掲げ、現実に合わせて理念を切り下げてはいけないと思う。それはともかく、この綱領は文言でも明らかなように、「中立」や「客観」はうたわず、「不偏不党」と「公正」を旨としている。

 この「不偏不党」について、元論説主幹の森恭三氏は、次のように指摘した。

 「不偏不党とは、中庸といってもよい。中庸とは、右を見、左を見て、その真ん中に立つ、というような自主性のない態度であってはならぬ。右から左まで広い視野で眺める。広く意見を求め、その中で一つ選択をする。その選択は行動を前提とした選択である。場合によっては右寄りのことも、左寄りのこともありうる」

 元論説主幹の笠信太郎氏はこういう。

 「不偏不党は単なる日和見主義であってはならない。独立であると同時に、公平な立場に立って世論を指導する力を持たなかったら、読者に見限られるに違いない」

 「世論を指導する」という表現が鼻につくが、「不偏不党」を「独立不羈」と結びつけた点は、その通りと思う。つまり「不偏不党」とは、「足して二で割る」ことや、世論に右顧左眄して迎合することとは無縁の確固たる「一つの選択」なのである。

 それでは、もう一つの「公正」とは何だろう。こちらも「公平性」と同じく、英語では「fairness」を充てることが多いが、日本語では少しニュアンスが異なる。「公平」は対人的な向き合い方を指すが、「公正」は法や規範、ルールをモノサシにする言葉だ。

 それでは、ジャーナリズムの規範とは何か。いうまでもなく、報道の基本的な役割とは、「事実に誠実に向き合い、読者と公共に奉仕すること」だろう。

 もちろん、ここでも「事実」とは報道する側が取捨選択した一部でしかなく、あらゆる事象を網羅するものではない。

 ただ、「事実」と呼ぶには、三つの条件を満たさねばならない。

 それは、追跡可能性(traceability)と検証可能性(verifiability)と比例性(proportionality)の三つだ。

 追跡可能性とは取材対象と出典の明示だ。もちろん、「取材源の秘匿」という規範から、特定を防がねばならない場合も多いが、その証言の真偽は他の物証か証言で証明されねばならない。検証可能性は、報道する事実が、伝聞でも傍証でもなく、データのみによって因果関係を証明できるということを指す。ビッグデータによって相関関係を示すことができるようになっても、それは並行現象か単なる偶然に過ぎないかもしれない。あるいはビッグデータからの抽出や評価そのものに、バイアスがかかっている可能性も否定できない。

 最後の比例性とは、「ある要因を特別に重視するのではなく、釣りあいのある構図において理解し、報道する」という意味だ。ある事実が正しくても、それだけを極端に拡大して全体のバランスを失うことは、報道の精神から外れる。

歴史の所産としての「中立」新聞

 だが、SNSなど多メディア時代に突入したいま、既成メディアのかつての規範など、もはや意味をなさない。そんな声も聞こえてきそうだ。おせっかいやご高説はもう結構。データだけを示してくれたらこちらで判断する。たぶん「中立・客観」報道への傾斜には、そうした読者・視聴者のニーズの変化も影響しているのだろう。だがそこで納得せず、メディアのかつての「地殻変動」に学んでみたい。

 日本マス・コミュニケーション学会元会長の有山輝雄氏はその著書『「中立」新聞の形成』(世界思想社)で、日本になぜ「中立新聞」が生まれたのかを、歴史軸に沿って克明に分析している。

 かつて日本のメディアは、4度にわたって地殻変動を起こした。明治期の新聞・雑誌の登場、大正期のラジオ・映画の普及、昭和期のテレビ放送の広がり、そしてインターネットが普及した1995年以来、いまに続くSNS時代である。

 有山氏の著書はその最初の激動期に焦点を合わせたものだ。明治維新は志士たちの「横議横行」から生まれ、幕藩体制の「上意下達」のコミュニケーション回路に革命的な変化をもたらした。幕府は当初、西欧にならって官許の新聞を発行し、明治新政府も「世に害なきもの」を伝える新聞の発行を認めた。だが、初めは幼弱だった新聞・雑誌は、投書が投書を呼ぶ反響を呼んで様々な論議・論争を誘発し公共的な言論空間を形づくるようになった。有山氏は1870年代半ばごろから始まるこのコミュニケーションの激動を、福沢諭吉にならって「多事争論」状況と呼ぶ。「自由の気風は唯多事争論の間に在て存するものと知る可し」(『文明論之概略』)から取った言葉だ。

 有山氏によると、明治10年代には新聞・雑誌という活字メディアと演説・懇談という口頭メディアが密接に結合し、さらに新聞・雑誌を生み出すという再生産の循環が始まる。コミュニケーションの「下からの沸騰」である。こうした「多事争論」は統制困難になり、権力の側からすれば大きな脅威になる。

 「人民交通」の発達こそ文明開化の原動力と考えていた福沢諭吉も、それが「社会の騒擾」を引き起こすことを予見していた。「多事争論」の秩序化・制度化が必要と感じていたのだ。

 福沢は一時、明治政府と協力して政府機関紙の創刊を構想した。法令公布と論説の機能を併せ持つ機関紙だ。有山氏はその背景について、政府が福沢に国会と政党内閣制を約束したからだろうと指摘する。だが明治14年の政変で伊藤博文らが政権を掌握し、この構想は流れる。福沢は独力で「時事新報」を刊行する。

 伊藤らは集会や結社を規制し、集会条例や新聞紙条例の改正で厳しい統制に乗り出す。その一方で政府は「中立的言論」の育成を図った。一見「不偏不党」の立場を取る新聞を側面から支援し、場合によって「沈黙ノ自由」も認めて外面の「中立性」を維持させ、論争の秩序化、言論の制度化を図るという高等政策だ。

 こうした秘密援助による育成の対象として浮上したのが大阪の朝日新聞だった。有山氏の研究によると、政府は1882年ごろから密かに朝日新聞に出資・資金的援助をするようになった。娯楽本位で通俗的な「小(こ)新聞」だった朝日新聞を育成し、「穏健」な言論機関にしようとする狙いだった。

 この年に朝日新聞は最初の綱領というべき「吾朝日新聞の目的」を発表し社内に「朝日新聞執務規定」を実施する。非党派的な「公平無私」を指示する内容だ。これは「中立ヲ仮粧(ママ)」することで、反政府言論、自由民権派言論を批判する狙いがあった。政府は「急躁過激な議論」に対抗する「中正」な言論・報道を望み、朝日新聞がそれに応える、という構図だ。

 朝日は1888年に東京朝日新聞を創刊し、「大(おお)新聞」に脱皮する。有山氏は朝日が政府との秘密関係を清算したのは1895年だろうと推定している。

 他方、大阪実業界をバックに1888年に創刊された大阪毎日新聞は、党派性の強い急進的政論新聞を批判し、「不偏不党ノ主義ニ拠リ、実業新聞ヲ発行スル」と宣言した。

 こうして日本の新聞は「中立」「不偏不党」を看板に掲げ、「国民新聞」の道を歩むことになった。

第4の地殻変動

 有山氏の研究を長々とご紹介したのは、今は自明のこととして語られる「中立」や「不偏不党」が、実は歴史的な所産であることを確認したかったからだ。こうしたメディアの自己規定は、「下からの沸騰」というコミュニケーションの地殻変動を、秩序化・制度化する役割を果たしたことになる。

 第2、第3の地殻変動を経ても新聞はラジオ、テレビと共存し、生き延びた。だが装置産業の優位性が崩れるネット・SNSの地殻変動後も、生き残るだろうか。それが、この小論の課題だ。

 ひと言でいえば、この地殻変動は、装置産業として取材・送信を寡占していたテレビ・新聞といった既成メディアが、双方向メディアの台頭で、広告や部数を減らし、長期的に影響力を失うサイクルに入ったことを意味する。SNSは私的メディアとみなされがちだが、「1対多」という点では公的メディアであり、広告や閲読時間を既成メディアと競う関係にある。忘れてならないのは、SNSが「個による多への発信」を可能にさせ、「いいね」という共感をエネルギーに拡散・増幅する新たな機能を備えていることだ。これは、長く寡占に安住してきた既成メディアにはない働きであり、「下からの沸騰」を引き起こした明治維新期に匹敵するほど、横への広がりをもった「沸騰」といえるだろう。

 「多事争論」後の混乱を経て、「中立」や「客観」を旗印に言論の秩序化・制度化に寄与した既成メディアの「戦略」は、今後も有効とは思えない。言論の「沸騰」は、人々が独自のメディアとコミュニケーション回路を手にした結果、引き起こされたものであり、秩序化・制度化とは逆のベクトルが働くからだ。

 「多事争論」を抑える既成メディアは飽きられ、「ご高説」は忌避されるか嘲笑される。これが、冒頭で林氏が指摘した「リベラル優等生」不要論の「予感」の正体だろう。もちろん、この「不要論」は朝日に留まらず、広く新聞・テレビ全般にまで広がる可能性がある。

 では既成メディアに、「中立」や「客観」に代わる戦略目標はあるのだろうか。

 私は、「公正」を目指し、既成メディアが再び「多事争論」を目指すことにある、と思う。これは秩序化・制度化に代わる「活性化」の路線だ。

 私は昨春から「J-CASTニュース」というサイトでコロナに関するコラムを連載してきたが、最近その場で、元ニューヨーク(NY)・タイムズ東京支局長のマーティン・ファクラー氏にZoomで話をうかがう機会があった。

 米国のトランプ前大統領は在任中、ツイッターで一方的に政策や情報を発信し、既成メディアを「フェイク・ニュース」と攻撃した。ファクラー氏自身、NYタイムズがどれほど疑惑を報じ、批判を続けても、政権がビクともしないことに、しばしば無力感を覚えたという。だがその一方タイムズは電子版の受信契約者数を伸ばし、「この勢いが続けば、いずれ読売新聞の購読者数を上回るだろう」という。世界の英語圏を相手にする同紙と日本の新聞を同列には論じられないにしても、なぜそんなことが起きたのか。ファクラー氏は同紙が「二度の失敗を克服して信頼を回復したからだ」と即答した。

 その失敗とは、02年にジェイソン・ブレア記者が多数の記事を捏造・盗用して解雇された事件と、ジュディス・ミラー記者が、チェイニー副大統領(当時)周辺への取材をもとに、03年の対イラク戦争に向けて「イラクは大量破壊兵器を保持、または獲得しようとしている」と書いた一連の記事を、同紙が掲載したことだ。

 タイムズは二つの事件を徹底的に検証し、紙面に掲載した。ブレア事件は、ネット時代の取材・報道の危うさを、ミラー事件は権力との距離を見失い、そのリークをもとに記事を書く「アクセス・ジャーナリズム」の危険性を示していた。

 「二つの事件を通してタイムズは、信頼性こそが最大の資産だったことに気づいた。その信頼を回復したことが、トランプ政権の4年間に耐える力になった」

 そのための戦略は、「取材のプロセスを、目に見える形にすること」だった、とファクラー氏はいう。

 「かつてのメディアは、神のように世の中を俯瞰し、すべてを見通すような視点に立っていた。多メディア時代には、記者が一人の人間として、どのように情報を集め、真偽を確かめ、ストーリーとして発信するのか、そのプロセスを読者や視聴者に示さなければいけない」

 記者はファクトを並べるだけでなく、データをストーリーに組み立てて記事を書く。もちろんそれは完璧ではないし、主観も混じる。だが、そのストーリーのプロセスを明示することで、政府のストーリーや専門家のストーリーのどこが疑わしいのか、どこが正しいと信じられるのかを明らかにできる。

 NYタイムズの電子版では、キーワードや引用をクリックすると、出典となった論文や統計、発表文や声明の公式サイトにジャンプする機会が増えた。これも「プロセスの明示」や透明性確保の一例といえるだろう。

 ファクラー氏の指摘に加え、私が「信頼性回復」のために既成メディアが心がけるべきなのは、「誤りは直ちに認め、過去の自らの報道を継続的に検証すること」にあると思う。

 新しいメディアは、必ずしも誤情報を事前にチェックする校閲機能を持っておらず、事後に誤りを訂正する社会的な責務を果たしているとは言えない。むしろ伝聞・仄聞・推測が混在し、噂や感情的な反発を増幅することも少なくない。

 利害や見方が分断され、複雑化する社会では、何が「公正」であるのかを見極めることは至難だ。だが、だからこそ、「多事争論」の公共言論空間を守り抜くことが、既成メディアには求められる。
「論陣を張る」とは、ただ批判することではないだろう。どのような意見にも開かれ、真摯に意見を闘わせる言論空間を守ることこそ、多メディア時代に求められる「論陣」だろうと思う。

米国大統領選の討論会でモニターに映し出されたトランプ前大統領。現地の新聞は社説などで支持候補を明確にする=2020年10月、ネバダ州ラスベガス

※本論考は朝日新聞の専門誌『Journalism』4月号から収録しています。同号の特集は「中立・公平・公正」です。