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メディアは「中立・客観」を離れ、 開かれた「公正」報道を目指せ

「多事争論」再び

外岡秀俊 ジャーナリスト、北海道大学公共政策大学院公共政策学研究センター上席研究員

「中立・客観」と公正

 ここで、私なりにジャーナリズムの指針をめぐる言葉を整理してみたいと思う。

 これまで指針として使われてきた言葉に、「中立性」(neutrality)、「客観性」(objectivity)、「不偏不党性」(impartiality)などがある。一見似てはいても、かなり違った考えを示す言葉だ。

 すでに見たように、自らを局外に置く「中立性」は、多くの場合とても難しく、深く報道しようとすれば、取材者自らも、いずれの立場に身を置いて取材するかを問われる。一方的な目で見るというのではなく、ある立場で相手を批判的に見たり、物事を判断したりするようになる、ということだ。これらに対して「客観性」は、第三者的な立場を装う場合に多く使われる。私は「客観性」を判断するのは読者や視聴者なのだと思う。それを装って、害のない「客観報道」を看板にしてはならないという立場だ。

 現役の記者当時、私自身は、「不偏不党性」を指針とし、「中立性」は少数派や弱者の視点に立ち、「客観性」は疑うという立場を取ろうとしてきた。少数派や弱者の側に立つのは、権力はそれ自体が巨大な発信力を備えており、「足して二で割る」ことは不平等に加担するからだ。

 また、似たような言葉だが、「公平性」(fairness)も、報道の指針としては欠かせないと考えた。これはすべての当事者に対して真摯に向き合い、権力や地位ある人々に対しても反論や弁明の機会を与えることを意味する。

 朝日新聞は日本が独立した直後の1952年9月、現行の綱領を定めた。

 第1項は「不偏不党の地に立って言論の自由を貫き、民主国家の完成と世界平和の確立に寄与す」とあり、第3項に「真実を公正敏速に報道し、評論は進歩的精神を持してその中正を期す」とある。

 これまで朝日新聞綱領は5度書き換えられたが、大正期につくられた4度目は「絶対天皇制護持」を柱としていた。

 駆けだしのころ、私は現綱領を見るたびに、ある種の気恥ずかしさを覚えたが、いまは、理念は理念として掲げ、現実に合わせて理念を切り下げてはいけないと思う。それはともかく、この綱領は文言でも明らかなように、「中立」や「客観」はうたわず、「不偏不党」と「公正」を旨としている。

 この「不偏不党」について、元論説主幹の森恭三氏は、

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筆者

外岡秀俊

外岡秀俊(そとおか・ひでとし) ジャーナリスト、北海道大学公共政策大学院公共政策学研究センター上席研究員

1953年生まれ。東京大学法学部卒。77年に朝日新聞入社。学芸部、社会部、ニューヨーク特派員、ヨーロッパ総局長などを経て、2006年からゼネラルエディター兼東京編集局長を2年間務めた。11年3月に早期退職。著訳書に『地震と社会 上・下』(みすず書房)、『情報のさばき方―新聞記者の実戦ヒント』『震災と原発 国家の過ち』(いずれも朝日新書)、『3・11 複合被災』(岩波新書)、ジョン・W・ダワー著『忘却のしかた、記憶のしかた―日本・アメリカ・戦争―』(岩波書店)など。中原清一郎の筆名で小説『カノン』(河出書房新社)などがある。