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ニヤニヤと書くかニコニコと書くか あなたは無意識に選択している

森達也 映画監督、作家

萎縮を進行させたメディア

 同時にこの時期、激しくTBSを叩きながらメディアは自らの萎縮を進行させた。なぜなら地下鉄サリン事件以降、オウムは視聴率や部数に大きく貢献するキラーコンテンツとなっていた。タイトルにオウムの3文字が入るだけでテレビは高視聴率が約束され、活字媒体は高い部数を達成することができた。だからこそ各メディアは常軌を逸した取材を続けていた。危険性を煽れば煽るほど視聴率や部数は上がるのだ。オウムは核兵器を所有していると報じた週刊誌がある。撮影に来て祭壇の仏具をこっそり持ち帰ったテレビクルーを僕は知っている。オウム施設内で撮影を続けていたからこそ、他のメディアの隠し撮りややらせまがいの取材は日常的に目撃し続けていた。ここまでやるのかとあきれた。オウムという悪の特異点に対峙することで、常軌を逸した取材についての抑制や後ろめたさが消えていたのだろう。でも叩かれれば埃が出ることは、多くのメディアが内心で自覚している。だからこの時期、激しくTBSを叩く過程と並行して、メディアは自らの萎縮を進行させた。だって明日は我が身なのだ。

 こうしてこれ以降、キラーコンテンツだったオウムはメディアにとって要注意案件となり、さらにオウム関連の番組は一気に減少し、幹部のインタビューをテレビは放送しなくなった。理由はオウムのプロパガンダになるから。これには脱力するほどにあきれた。このロジックを使えば何も報道できなくなる。そしてこの予感は的中する。

 TBS事件から約9カ月後の1996年12月、左翼武装組織のMRTAが在ペルー日本大使公邸を占拠し、日本大使館員や日本企業のペルー駐在員らが人質となる事件が起きた。占拠は4カ月に及び、共同通信の原田浩司カメラマンに続いてテレビ朝日系列局の人見剛史記者が単独で公邸内に潜入してMRTA幹部へのインタビューを敢行したが、2人の行動は大きく批判され、テレビ朝日は人見記者が撮ったMRTA幹部へのインタビュー映像を、放送したら彼らのプロパガンダに協力することになるとの理由で封印を決定して伊藤邦男社長は会見で謝罪した。このときは脱力しすぎて寝込むほどにあきれた。

 ……ちょっとだけスピンオフのつもりが踏み込みすぎた。ただしこのスピンオフの方向も、今回の趣旨と本質は共有している。TBS事件直後に僕を呼び出した共同テレビジョンのプロデューサーは、凶暴で冷酷な

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筆者

森達也

森達也(もり・たつや) 映画監督、作家

1956年、広島県生まれ。テレビ番組制作会社などを経て、フリーランスに。監督作にオウム真理教に密着したドキュメンタリー映画『A』『A2』や、『FAKE』など。著書に『FAKE な平成史』(KADOKAWA)、『不寛容な時代のポピュリズム』(青土社)、『A3』(集英社文庫)、『「A」―マスコミが報道しなかったオウムの素顔』(角川文庫)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです