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特ダネの記憶 松本サリン事件

オウムとの「対決」覚悟 元旦紙面で特報、完成目前「サリン工場」止める

三沢明彦 元読売新聞記者

「農薬調合ミス」、第一通報者に照準

 大混乱の現場情報は虚実入り交じり、混沌としている。真実もあれば、思い違いも、フェイクニュースも飛び交う。だが、情報は上に報告されるたびに次第に整理され、見立てに沿わないもの、否定的な要素、矛盾する項目がそぎ落とされる。マイナス情報はノイズ・雑音として削除されるのである。そうした報告に基づいて、いったん捜査方針が固まると、なかなか抜け出せなくなる。

 有毒ガスがサリンと発表されたのは、7月3日のことだ。ナチス・ドイツが開発した有機リン系神経毒物質の毒性は青酸カリの数百倍。イラン・イラク戦争で史上初めて使用された化学兵器が国内の住宅街に散布された衝撃は大きかった。農薬程度の知識しかない一般人にサリンが製造できるはずがないことは、今では常識であり、それが街中に散布されたとすれば、真っ先にテロを思い浮かべるだろう。だが、当時は農薬の調合ミスからでもサリンは生成できる、と解説する自称専門家もいた。有毒ガスの正体が判明した後も、第一通報者が怪しいという見通しが覆されることはなかった。私自身も含めてだが、想定外の事態に頭が追いつかず、思考停止状態になっていたとしか言いようがない。警察も、マスコミも、従来の発想から抜け出せなかったのだ。

 事件からしばらく経っても、警察幹部と「(男性は)まだ落ちないのか」と話していたことを今も覚えている。現場からも、第一通報者クロ説を支えるような話が上がっていた。不審な供述、何かを隠している。振り返ってみても、そのどれもがあやふやなものばかりなのだが、警察情報をうのみにし、それを疑ってみようと考えたこともなかった。あの時、私自身も加害者の側にいた。

浮かぶ教団の影

 事件は膠着状態のまま、夏が過ぎ、秋の気配が深まっていった。

 オウム真理教が関わっているかもしれない。最初にそう聞いたのは、確か、その年の10月になってからだと思う。むろん警察の内部情報だ。「まさか」と思った。カルトとサリンがリンクする。あまりにもとっぴであり、半信半疑というよりも、与太話の類いとしか思えなかった。間もなく、警察が山梨県上九一色村(当時)の教団施設周辺の土砂を採取し、警察庁科学警察研究所が鑑定している、という情報をつかんだ。サリン残留物が検出されるかもしれない、ということらしい。ただの与太話ではないようだが、まだ半信半疑だ。警察の大勢は第一通報者クロ説だという。すべては鑑定結果次第だ。騒がず、じっと見守っているしかない。

 この間の警察の動きをたどっておこう。

 長野県警は総勢3300人。その1割300人が捜査本部に集められた。有毒ガスがサリンと判明してからは、そのうちの3分の1、100人の捜査員が原材料物質の薬品追跡班に投入された。捜査が一段落したころ、薬品捜査の中心にいた捜査1課特殊犯の刑事から詳細に話を聞いたことがある。彼らは7月半ばには、サリン原材料物質の化学薬品を現金で大量購入していた謎の会社にたどり着いていたという。所在地となっていた東京・渋谷の古びた木造アパートを刑事が訪れたのは、7月19日のことだった。2階に上がると、突き刺すような視線を感じた。窓の隙間から監視されている。その場を離れると、カメラを構えた男に尾行された。思うように聞き込みもできず、警視庁に問い合わせると、オウム真理教信者が集団生活していることが判明する。この時初めて、教団の影が浮かんだ。

 教団関連の会社がサリン原材料物質を大量購入している。長野県警から上がってきた極秘情報に目を止めた男がいた。警察庁捜査1課の課長補佐は、一枚の写真がずっと気になっていた。異臭騒ぎが起きた上九一色村の山林で、犬が泡を吹いて死んでいる。草木が焼け、松本事件と酷似していた。埼玉県の自衛隊化学部隊を訪ね、写真を見てもらうと、サリンの可能性があるという。さらに教祖の麻原彰晃(松本智津夫元死刑囚)が松本事件より前の説教で、サリンに言及していたことにも注目した。中東で起きた戦争に使用された化学兵器の存在を知っている者が国内に何人いるだろうか、と。そんな時、教団関連会社の情報が飛び込んできたのである。

 10月5日、課長補佐の指示を受けて、長野県警の刑事が山菜採りに変装し、上九一色村の土砂を採取した。そして、1カ月後の11月11日、科学警察研究所の鑑定結果が出た。サリン残留物が検出されたことを数日後に知った。

 長いサツ回りの中で、先輩から教えられた鉄則がある。バッターボックスに入ったら、ボールをギリギリまで引きつけろ。つまり、最もきれいな特ダネは「きょう逮捕」である、と。だが、今回ばかりは理想通りの展開は期待できそうにない。原材料物質を購入した会社がサリンを製造・保管したとしても、当時は罪には問えなかった。となると、証拠を積み上げて実行犯と指示犯を特定し、殺人容疑で刑事事件として立件するしかない。だが、宗教団体の壁を突破するのは容易なことではない。坂本弁護士一家事件でも、信者たちは神奈川県警と真っ向から対立し、捜査を露骨に妨害した。果たして長野県警にどこまでできるのか、懐疑的にならざるを得なかった。

拡大表1 ※< >は松本元死刑囚が起訴された事件

筆者

三沢明彦

三沢明彦(みさわ・あきひこ) 元読売新聞記者

1956年生まれ。79年読売新聞社入社。横浜支局を経て、東京本社社会部では警視庁、警察庁キャップ、宮内庁を担当。北海道支社編集部長、編集局次長などを歴任し、福岡放送、静岡第一テレビ常務取締役。著書に『捜査一課秘録』(新潮文庫)、『刑事眼』(東京法令出版)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです