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実世界に危機を及ぼす陰謀論 悪化招く「偏向」排した言論を

崔承浩 ジャーナリスト、前韓国MBC社長

 2021年1月6日、ドナルド·トランプ米大統領は支持者たちの集会に出て「国を取り戻すため地獄のように戦え」と扇動した。支持者らは暴徒に変わり、連邦議会議事堂を襲撃した。トランプ氏が敗れた大統領選挙の結果が確定することを防ぐためだった。議事堂を襲撃したトランプ支持者らは、陰謀論集団「QAnon(Qアノン)」や極右団体の会員である。彼らはトランプ氏が敗れた大統領選挙が明らかな不正選挙だったと確信している。また、トランプ氏はサタン崇拝者、小児性愛者などで構成された秘密集団「ディープステート」(deep state)が支配する米国を救い出すために戦っていると信じていた。彼らは一時期トランプ氏が戒厳令を発動し、選挙結果を覆して反逆者を処断すると主張したが、CNNはトランプ氏のホワイトハウスが戒厳令の宣布について実際に議論したと報じた。議事堂を襲撃して警察の防御線を突破したデモ隊は、数時間にわたって占拠、破壊、略奪行為をした。この過程で警察官1人を含む5人が死亡した。国会議員らは選挙結果を確定できないまま逃避しなければならなかった。

強まる確証バイアス

 韓国から当時の状況をリアルタイムで見守りながら、私はインターネットとSNSが、自分の思いを支持する情報に意識が向く「確証バイアス」という人間が本来もっている限界を極端に発現させ、大多数が同意する「安全な」真実を奪ってしまっているという恐怖を感じた。トランプ氏支持者の行為が、少数の極端主義者らの逸脱という人間の歴史に常にあったものというよりは、お互いに意思疎通する広場を失い、フィルターバブルの中に閉じこもった人間の新しい行動様式になるかもしれないと感じた。

 Qアノンが米国の主流メディアの視野に入ったのは17年末だった。その後、主流メディアは多くの努力を費やし、Qアノンの陰謀論がもつ問題点を報じたが、その拡散を阻止するどころか、むしろ拡散させる役割をしたという批判を受けた。以前、レガシー(遺物)メディアが支配していた時は、一方の政治勢力の肩をもつメディアでも、味方だけでなく反対側の政治勢力がどのような考えをしているのかを報道し、市民は二つの意見を比較して判断することができた。しかし今は、2種類の立場が並ぶ紙の新聞やテレビニュースを見る人は減った。毎朝携帯電話に送られてくる「私が好きなニュース」ばかりをむさぼる人が急増している。そのニュースには、言論人として何の訓練も受けず、YouTubeの広告収益に頼る人々が作るフェイクニュースが多く含まれている。

 さらに、COVID-19が生んだ孤独と不安は、機会が与えられればそれが強く噴出するエネルギーを蓄積することになる。特定コミュニティーの中で、メンバーらの性向に合う情報を共有する人たちは、ある日、世の中を救うため国会議事堂に行きなさいという啓示を受けることになるかもしれない。米国の連邦議会議事堂襲撃の事態を見ながら、私が人類の未来について極度に心配する感想をもったのは、他人事ではないと思ったからだ。韓国でも似たようなことがあった。

弾劾棄却なら戒厳令か

拡大朴槿恵大統領(当時)の辞任を求める集会は、参加者のろうそくで埋め尽くされた=2016年11月、ソウル

 17年3月10日、韓国の憲法裁判所が朴槿恵(パク・クネ)大統領に対する弾劾の決定を下した時、裁判所の前は歓迎する市民たちと、呪う市民で溢れた。彼らはこれまでソウルの光化門広場を交互に占領し、異なる主張をしてきた。朴槿恵氏に対する弾劾を要求したいわゆる「ろうそく市民」たちの主張は、のちに韓国裁判所で相当部分事実として受け止められて歴史となった。しかし、朴槿恵氏に対する弾劾が主流マスコミのフェイクニュースによって触発された陰謀だという主張は依然としてYouTubeや各種SNSに溢れている。最近、当時朴槿恵氏が所属していた党の高官がデリケートな発言をした。17年3月「憲法裁判所で弾劾の決定が出る前の朴槿恵政権の中枢が戒厳令を準備していた」という。韓国軍機務司令部(以下、機務司=軍内部のクーデター等を監視する情報機関)が弾劾直前に戒厳令を検討したということは、文在寅(ムン・ジェイン)大統領就任後の18年7月に知られた。それは、朴槿恵氏に対する弾劾が棄却されることに備えたものだった。弾劾が棄却された時、デモが止まらず混乱が続く場合、戒厳令を宣布することに対する検討を機務司が行ったということだ。しかし、戒厳令を検討した文書がマスコミに報道されて事態が大きくなると、責任者である趙顕千(チョ・ヒョンチョン)元機務司令官が米国に逃亡し、誰が彼に指示したのかなどの捜査が行われなかった。ところが今回、当時朴槿恵氏の所属党の高官が「朴槿恵政権が指示して戒厳令を検討した」と主語を明示したのである。

 戒厳令(Martial law)が宣布されれば、軍が治安と司法権を行使しマスコミ報道も検閲する。当時、機務司は戒厳令計画を作成し、メディア検閲はもちろん、現職国会議員らを逮捕して戒厳解除の決議をできなくするなど、事実上「親衛クーデター」と言える計画を作成した。初めてこの主張が出た時、私は信じなかった。韓国は1987年6月抗争で全斗煥(チョン・ドゥファン)政権が崩壊した後、30年間平和的な政権交代が続き、軍部が政治に介入したことがなかったからである。もちろん、朴槿恵大統領弾劾に反対する保守的な市民たちの集会では、軍服を着た老人たちが参加して「戒厳令を実施せよ」と要求したが、そのような考えが権力によって実際に履行されるとはまったく考えなかった。しかし、機務司が作成した細かな計画文書を見た後、これは事実上の「親衛クーデター計画」だという主張がおおげさだとは思わなかった。

 もし、憲法裁判所が弾劾を棄却し、朴槿恵氏が大統領職に復帰した場合、どのような事態が発生したのか。全国的なデモが起こるのは当然だった。そうなったら、朴槿恵氏は戒厳令を宣布した可能性もある。戒厳令で軍隊が出たからといって、市民のデモは静まらなかっただろうし、おそらくさらに火がついて、大統領がいる青瓦台(大統領府)が市民の行進の目標になったのかもしれない。当時、ろうそくデモ隊の一部勢力は「青瓦台へ行こう」と主張したが、多くの市民によって自制されてきた状況だった。

 しかし、戒厳令が宣布される状況だったら、自制の土手が崩れる恐れもある。そうなったら、戒厳軍はデモ隊に向かって80年の5.18民主化運動の時のように発砲したのではないか? MBCの特ダネ報道によれば、青瓦台を警備する首都防衛司令部には「デモ隊が青瓦台の警備兵力の銃を奪ったり威嚇すれば、身体の下部を射撃せよ」という指針がすでに下っていた。

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筆者

崔承浩

崔承浩(チェ・スンホ) ジャーナリスト、前韓国MBC社長

1961年生まれ。韓国MBCの調査報道番組「PD手帳」などで政権や社会の不正、疑惑を暴いた。労組のストを主導したとして2012年に解雇され、非営利メディア「ニュース打破(タパ)」結成に参加。その後、MBCの社長に(2017年12月〜20年2月)。韓国探査ジャーナリズムセンター、「ニュース打破」プロデューサー。政治介入に屈した放送局幹部らを映したドキュメンタリー映画「共犯者たち」や「スパイネーション/自白」を監督。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです