2021年07月28日
メディアは嫌われている。その理由は、これまで指摘されてきた政治的な左右の分断より、もっと深いところにあるかもしれない――。4月に米国の研究チームが公表した報告書が、そんな可能性を指摘している。ジャーナリズムの価値観は、社会で広く支持されてはおらず、その深い溝に横たわるのは、人々の道徳観ではないか、と報告書は述べる。ジャーナリズムの価値を損なわずに、この溝をどう乗り越えるのか。ヒントは、〝共感〟のポイントを探ることにありそうだ。
「ジャーナリズムの五つの原則をすべて支持しているのは、米国人のわずか11%だった」。米国の研究グループ「メディア・インサイト・プロジェクト」は4月14日、「メディアの信頼への新たな視点:米国人はジャーナリズムの基本的価値観を共有しているのか?」(注)と題した報告書を公表した。その中で、こんな調査結果を示している。
同グループは、ニュースメディア連合(NMA、旧米国新聞協会)傘下の調査研修機関「アメリカン・プレス研究所(API)」と、AP通信と社会調査機関NORCが設立した「公共問題調査センター」による共同プロジェクトだ。
報告書のテーマは、メディアへの信頼の低下の解明と対策の提言だ。調査は2019年10~11月と20年8月、それぞれ米国成人2727人と1155人を対象に実施した。
まず調査で取り上げたのは、「ファクト重視」「弱者の代弁」「権力監視」「透明性」「社会批判」というジャーナリズムの五つの価値観だ。メディアの現場で広く共有される職業倫理といえる。
API専務理事のトム・ローゼンスティール氏と、ビル・コヴァッチ氏の共著で、ジャーナリズム論の定番として知られる『ジャーナリズムの原則』(加藤岳文・斎藤邦泰訳、日本経済評論社、02年刊)をたたき台にしている。
調査によれば、回答者の支持が過半数を占めたのは五つの価値観のうち「ファクト重視」の67%のみ。以下、「弱者の代弁」(50%)、「権力監視」(46%)、「透明性」(44%)と続き、最も支持が低かったのは、社会における問題点を指摘する「社会批判」(29%)だった。メディアの信頼が、根本的なレベルで揺らいでいる可能性を示唆する。
(注) The Media Insight Project, "A New Way of Looking at Trust in Media: Do Americans Share Journalism's Core Values?" April 14, 2021, American Press Institute website
メディアの信頼度は、長い低落傾向が続く。米ギャラップの調査では、米国におけるマスメディアへの信頼度は、「ペンタゴン・ペーパーズ」「ウォーターゲート事件」などの著名な調査報道が相次いだ1970年代には72%(76年)を記録している。だが90年代後半のインターネットの普及、メディアの多様化と政治的分断を経て、2000年には信頼度が51%へと下落した。
00年代以降、ソーシャルメディアなどの急拡大で、マスメディアの地盤沈下は加速。トランプ氏が大統領選で当選した16年の調査では、信頼度は過去最低の32%だった。バイデン氏が当選した20年の調査では40%に回復。だが党派別で見ると、民主党支持層73%に対して共和党支持層は10%と、分断が鮮明だ。
今回の報告書の調査では、メディアの信頼についての質問もしている。「メディアは信頼できる」は43%で「信頼できない」(19%)を上回っており、「ニュースは正確」は68%、と一定の評価を得ている。一方で、「私のような人々を気にかけていない」(36%)、「間違いを隠蔽しようとする」(59%)と否定的な回答も目立つ。また、民主主義を巡る質問では、「メディアは民主主義を守る」と「民主主義を阻害する」がいずれも30%と、評価が割れている。
メディアの信頼についての調査は、米調査機関のピュー・リサーチセンターも継続的に行っており、同様の質問をしている。20年8月に発表した結果では、「米国人はメディアを信頼していない」が54%で、「信頼している」(45%)を上回っている。さらに「報じる人々のことを気にかけていない」は53%と過半数を占めた。また、「メディアは民主主義を阻害する」は36%で、「民主主義を守る」(30%)を上回っている。1985年の調査では、「メディアは民主主義を守る」が54%に対して「阻害する」は23%。2020年の調査で初めて結果が逆転した。
メディアの信頼低下の背景として指摘されてきたのが、政治的な分断だ。主要メディアはリベラル寄りで、保守との間に断絶がある、との見立てだ。そんな見立てが説得力を持ったのが、メディアの大方の予測を覆した16年米大統領選でのトランプ氏の勝利だった。
今回の報告書で特徴的なのは、メディアの信頼評価に「道徳基盤理論(MFT)」という新たな視点を取り込んで
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