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特ダネの記憶 NHKスペシャル㊤「日本海軍400時間の証言」

時代がその時を待っていた よみがえった音声テープ

右田千代 日本放送協会エグゼクティブディレクター

人の偶然のつながりが残した資料

 「海軍反省会」の資料が、公の場に姿を現すきっかけを作ったのは、現在、広島県の呉市海事歴史科学館館長を務める戸髙一成さんである。

 私たちが出会った時は、東京にある昭和館の図書情報部長だった。太平洋戦争や海上自衛隊などに関する番組を取材してきたメンバーが、戦争の歴史、特に日本海軍について大変詳しい戸髙さんに、定期的に勉強会をお願いするようになっていた。

 戸髙さんは、歴史の研究者ではない。多摩美術大学で彫刻を学び、卒業後は司書の資格を取ったという。1948年と戦後生まれである。しかし、その口からは、歴史の教科書には載っていない、海軍の幹部から直接聞いたという生々しい話が次々と語られた。

 そのわけを尋ねると、若い頃から軍関係の歴史に興味があり、古本屋を巡って資料を収集する一方、元海軍士官の集まりにも顔を出していたという。その中で、軍令部参謀などを務めた元海軍中佐・土肥一夫さんと出会う。土肥さんが主管を務めていた縁で、財団法人・史料調査会に通うようになったのだという。

 史料調査会とは、戦後、海軍の歴史を研究するために設立された組織で、焼却や紛失を免れた貴重な資料が集められていた。そのメンバーは、戦争中は最前線に立っていた海軍の幹部たちだった。

 目黒にあった史料調査会に戸髙さんは時間をつくっては通った。当時、わざわざ足を運んで海軍の資料を熱心に読む若い人は、とても珍しかった。その戸髙さんに話しかけてきた人がいた。当時史料調査会の会長だった元海軍中佐・関野英夫さん。昭和4(1929)年海軍兵学校を卒業して以来、連合艦隊参謀などを務め、昭和の海軍の全てを見てきた人物である。

 海軍に大きな関心を持ち、敬意を持って元海軍士官の話に耳を傾ける戸髙さんに関野さんは、史料調査会の「主任司書」になるよう依頼した。こうして戸髙さんは、史料調査会で、唯一の戦後生まれの職員になり、その後

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筆者

右田千代

右田千代(みぎた・ちよ) 日本放送協会エグゼクティブディレクター

1965年、東京都生まれ。88年、日本放送協会入局。主な担当番組にNHKスペシャル(以下同)「ヒロシマ・女の肖像」「原爆投下10秒の衝撃」「隣人たちの戦争~コソボ・ハイダルドゥシィ通りの人々」「被曝治療83日間の記録~東海村臨界事故」「きのこ雲の下で何が起きていたのか」「全貌 二・二六事件~最高機密文書で迫る」ほか。2010年、「放送ウーマン2009」賞受賞。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです