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重大事件なら実名報道は「相場」?  被害者取材で想像すべきこと

天野康代 弁護士

適切な被害者報道は重要

 それでは、被害者等が報道被害を受けないよう、被害者に関する報道は不要なのかといえば否である。犯罪被害により被害者等がどのような状況に置かれ、どのようなことを思い、どのようなことに困難を感じているのか等を広く社会に伝えることは、社会制度や構造を変えていくために必要なことであり、被害者支援に携わってきた一弁護士としては、不必要に抑制されるべきではなく、適時適切に行われる被害者報道は重要であると考えている。

 被害者等は、同じような犯罪の被害に遭う人をなくしたい、ほかの誰にも自分たちのような辛い思いをして欲しくないと思っていることが少なくない。自分が被害のことを話すことで同じような被害を防げたり、他の被害者等の助けになったりするのなら事件について話しても良いと考えていることもある。

 しかし、想像してほしい。犯罪被害に遭うやいなや、このようなことを考えられる人がどれだけいるだろうか。

 事件発生直後は、多くの被害者等は物理的にも精神的にも混乱した状況にあり、事件を現実のものと捉えられないこともある。大切な人の死を受け入れられないまま、その後の手続きの中で、故人がこの世に存在しなくなった事実を一つひとつ確認し、消していく作業をしなければならない。そのような状況下で自身の気持ちや考えを語ることは難しい。

 他方で、事件発生直後は「取材は絶対受けたくない」「事件のことなど話したくない」と言っていた被害者等が、時間の経過とともに、事件のことを話してもいいと言うようになるなど、気持ちに変化が現れることもある。

 代理人として被害者等と接していると、被害直後の混乱から徐々に心情が整理されていくことを感じたり、被害者等の言動から様々なことを考えさせられたりする。考え方や受け止め方が人それぞれなのは当たり前なのに、同じ罪名の被害者であっても、家族を失った遺族であっても、その感情は被害者毎に、遺族毎に、本当に多種多様であることを改めて知らされる。「被害者等」と一括りにすることなどできない、実に複雑な心境にあることを思い知らされる。

 また、事件直後のみならず、事件から時間が経過していたとしても、被害者等が、精神的にも経済的にも厳しい状況に置かれたままであることは多い。社会として何をなすべきかを問い、世論を喚起するためには、事件により被害者等がどのような状況に置かれ、どのような心境にあるのかを、報道により社会に広く伝える必要がある。

 しかし、先に述べたような事件直後を中心とする報道被害によって、被害者等が記者に不信感を募らせ、報道機関を避けることも少なくない。代理人として被害者等と話す中で、これは社会に届けたいと思う言葉があっても、本人が拒めばそれは叶わない。報道被害により、被害者等が語ることをためらい、社会に届けるべき被害者等の声が届かなくなってしまうことが危惧される。

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筆者

天野康代

天野康代(あまの・やすよ) 弁護士

横浜市出身。2006年弁護士登録。慶應義塾大学大学院において犯罪被害者の刑事手続き関与について研究していたが、実務に興味を持ち弁護士となった。神奈川県弁護士会所属。民事・家事事件等の一般的な弁護士業務のほか、犯罪被害者支援にも力を入れて取り組んでおり、日本弁護士連合会犯罪被害者支援委員会事務局委員、神奈川県弁護士会犯罪被害者支援委員会副委員長などを務めている。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです