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政治と科学の望ましい関係は 新型コロナ対策で見えたもの

中田絢子 朝日新聞政治部記者

政権存続への配慮は?

 8月17日に決まった宣言の「小幅延長」をめぐり、翌18日の朝日新聞朝刊には、首相が感染状況について「8月末になれば雰囲気は変わる」と周辺に話していたことが紹介されている。緊急事態宣言の行方は首相の解散戦略に直結するため、官邸関係者は「まさに尾身さんがカギを握っている」と自嘲してみせた。

 それを聞き、筆者は、尾身氏が9月12日の解除判断をするにあたり、コロナ対策を継続する観点から政権の存続に配慮し、宣言解除に傾く可能性があるかどうか、ふとそんな疑問を抱き、日々尾身氏と連絡を取り合っている関係者に尋ねてみた。回答は「まったく配慮しないと思う」といういわば当然の見方だった。

 すでに医療現場は逼迫の極みとなっていた。東京では自宅療養者が2万人を超え、自宅で死亡するケースまで出てきていた。この関係者は「むしろ尾身さんは、政治の側に、もっと客観的に状況を把握でき、都合の悪い情報にも耳を傾けてくれるリーダーを望んでいるように感じる」と解説した。

 6月に東京五輪の無観客開催を提言する前後から、尾身氏は夏の感染拡大にかつてない危機感を募らせ、「歴史の審判を受けるつもりで、必要な提言を行う」との決意を固めていたのだろう。尾身氏からみれば、有観客にこだわった末、現実に押される形で無観客に転じた経緯も含め、政府側の後手にまわったようにも見える対応は、リーダーとしての「哲学がない」と映ったのではないか。

 こうした五輪をめぐる対応は、昨年、尾身氏が首相肝いりの経済支援策「Go To キャンペーン」の一時停止に動いたことを思い起こさせた。

 「第3波」と言われた感染拡大が顕著になっていた11月20日。コロナ担当の西村康稔経済再生相の携帯電話が鳴った。「もう持ちませんよ」。尾身氏だった。

 関係者によると、この電話で尾身氏は、年末年始にかけてさらに感染が拡大するのを防ぐため、「Go To トラベル」の見なおしを訴えたという。西村氏は「総理に相談します」と応じ、同日に官邸で菅首相と面会。こうした見解を伝えたが、この時の「進言」は聞き入れられなかった。それでも夕方に開催された分科会で、尾身氏らは「感染拡大地域では一部区域の除外検討」を求める提言を採択し、会見で「政府の英断を心からお願いしたい」と訴えた。

「ルビコン川を渡った」

 実は、尾身氏はこの1週間ほど前から、キャンペーンに伴う感染を抑えるため、ルールの厳格化が必要だと考え、内々に政府側に意見を伝達していた。

 ただ、「除外」という言葉を盛り込んだ提言に踏み切ろうと決断したのはこの日の朝。最後まで悩んだことがうかがえた。「Go To キャンペーン」は、「ウィズ・コロナ」時代を見据え、社会経済活動と感染対策の両立を目指した重要なものだと理解していただけに、一足飛びに停止に追い込めるものではなかった。実際、この頃は首相官邸幹部も「経済は、一度止めてしまうと回復に時間を要する」と語り、キャンペーンを見なおすことに否定的な姿勢を鮮明にしていた。

 すでに都内では、呼吸管理が必要な患者が増加し、医療現場からは苦しい声が聞こえ始めていた。尾身氏は「政治家も官僚も言わないことだから、自分が言おう」と踏み切ったようだった。同夜の会見後、内閣府から地下鉄の駅へと歩き出した尾身氏を追いかけ、「総理への『進言』は聞き入れられなかったようだが、それでもなぜ提言を出したのか」と問うと、尾身氏は「もうルビコン川を渡った。引き下がれない」と言葉少なだった。

 ある分科会メンバーは、決断の理由について、このまま感染拡大が続き、状況がコントロールできなくなったら、この波の収束は春先までかかる。そうなったら予定されている東京五輪の開催も不透明になるかもしれない。ここで一旦立ち止まることが、結果的に経済全体にとって良いとの結論に達した、と解説した。結局、菅首相が「トラベル」の全国一斉停止を決断したのは12月半ば。東京をはじめとする主要都市で深刻化していく感染状況の後を追うような対応に「後手」批判が起きた。

 ただ、尾身氏の記者会見などを度々取材する中でひしひしと感じていたのは、尾身氏は一貫して、「政府vs.専門家」という対立構造に当てはめた報じられ方をすることを危惧していたということだ。

 コロナ禍が日本を襲い、尾身氏や、「8割おじさん」として知られるようになった西浦博・京大教授らがメディアに登場するようになって以降、テレビ、新聞、週刊誌などあらゆるメディアで度々「首相官邸vs.政府分科会」というようなストーリーが取り上げられた。特に、昨年6月に西村経済再生相が突然、尾身氏ら感染症の専門家が中心となっていた「専門家会議」を「廃止します」と表明すると、政府側に批判が殺到した。

 しかし、

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筆者

中田絢子

中田絢子(なかだ・あやこ) 朝日新聞政治部記者

2007年に朝日新聞社に入社。東京社会部で宮内庁や国土交通省取材を担当したのち、20年4月から政治部に異動。首相官邸の新型コロナウイルス感染症への対応を取材し、現在は自民党取材を担当。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです