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ウィシュマさんの代理人から見た報告書の欺瞞とメディアの責任

指宿昭一 弁護士

ウィシュマさん事件の経緯

 2021年3月6日、名古屋入管でスリランカ人女性ウィシュマ・サンダマリさんが死亡した。

 ウィシュマさんは、2017年6月、留学生として入国した。日本語を学び、将来は日本で英語教師になることをめざしていた。日本語学校に通っていたが、途中から行かなくなり、2018年6月に日本語学校から除籍。2019年1月に在留資格を失う。スリランカ人男性と同居していたが、ドメスティック・バイオレンス(DV)の被害に遭い、2020年8月に警察に出頭。DV被害者として保護されることはなく、不法残留で逮捕され、翌日に名古屋入管に収容された。収容開始時点で、ウィシュマさんは帰国を希望していたが、10月に、収容前まで同居していた男性から、「スリランカに帰ったら、探し出して罰を与える」という趣旨の手紙を受け取り、強い恐怖を感じて、12月中旬に在留希望に転じた。すると入管職員は、「帰れ、帰れ、ムリヤリ帰される」と述べて、何度もウィシュマさんの部屋に来たため、ウィシュマさんは恐怖を覚えた。ウィシュマさんの収容時の体重は84.9㎏であったが、2021年1月20日には72.0㎏で12.9㎏減になっており、飲食をすることが困難な状況であることを訴えていた。その後も、体重は減り続ける。

 2月15日には、尿検査の結果、「ケトン体3+」という異常な数値が出た。これはウィシュマさんが「飢餓状態」にあることを示す数値であり、緊急入院させて点滴で栄養の補給等をすべきであったが、入管は何もしなかった。この頃以降、ウィシュマさんも支援者も、点滴や外部病院の受診を何度も求めたが、入管はこれをせず、3月4日に実現した外部病院の受診は精神科医師に対するものであった。入管庁自身は最終報告書で否定しているが、私たちが医師に直接確認したところでは、3月4日の精神科受診の際に、入管は、詐病の疑いがあるという趣旨の内容を医師に伝えている。それでもこの医師は「仮放免すれば良くなる」旨の意見を入管に伝えていた。

 3月5日、ウィシュマさんは脱力した状態になり、翌6日には朝から反応が弱く、血圧・脈拍が測定できなかったのに、入管は救急搬送をしようとしなかった。午後2時7分ごろ、呼びかけに対して無反応で、脈拍が確認できず、2時15分ごろにやっと救急搬送を要請。3時25分ごろ、搬送先病院で死亡が確認された。司法解剖時の体重は63.4㎏であり、収容時から21.5㎏減であった。

拡大棺に収められたウィシュマさんを見送る筆者(左端)とウィシュマさんの遺族=2021年5月16日、名古屋市守山区、Natsuki Yasuda/Dialogue for People提供
 ウィシュマさんは2回の仮放免申請をしたが認められなかった。1回目は1月4日に申請したが、2月16日に不許可となった。2回目は2月22日に申請したが、その結果が出る前にウィシュマさんは亡くなったのである。その直後、名古屋入管は、「医師の指示に従って適切に対処していた」とコメントした。3月9日には、上川陽子法務大臣が、入管庁に事実関係の調査を指示したと述べた。

 当時、入管法改悪法案が国会に提出されており、4月16日に衆議院本会議で審議入りした。しかし、ウィシュマさん死亡事件の真相解明なくして法案審議はありえないとして野党が抵抗。一定の審議は行われたものの、野党はウィシュマさん死亡直前の状況を撮影したビデオ映像の提出などを入管に求めたが、入管は、「保安上の理由」があるとして提出を拒否。5月1日にはウィシュマさんの遺族である妹2人が来日。コロナ感染対策の待機期間を経て、16日にウィシュマさんの葬儀を行い、17日には遺族が名古屋入管局長と面談した。真相解明を求める遺族の声と動きはメディアを通じて大きく報道された。法案阻止を求めて国会前に集まる市民の数は日々増えていき、インターネット上でも法案反対の声があふれた。このような状況の中で、18日朝、官邸は法案を事実上廃案にすることを決めた。

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筆者

指宿昭一

指宿昭一(いぶすき・しょういち) 弁護士

1961年、神奈川県生まれ。85年、筑波大学比較文化学類卒。2007年、弁護士登録、暁法律事務所設立。外国人技能実習生問題弁護士連絡会共同代表、外国人労働者弁護団代表、日本労働弁護団常任理事。ウィシュマ・サンダマリさんの遺族の代理人。今年7月、米国務省の「人身売買と闘うヒーロー」賞受賞。著書に『使い捨て外国人 人権なき移民国家、日本』(朝陽会)ほか。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです