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「自助」奪われた非正規滞在外国人 支えは共感、その可能性と限界

稲葉奈々子 社会学者、上智大学教授

 哲学者ハンナ・アーレント(Hannah Arendt)は著作『全体主義の起原』で、難民と無国籍者の出現を、地球上のいかなる国家からも保護されない無権利の人々の問題として論じた。アーレントの問題関心は第二次世界大戦下のナチス・ドイツのホロコーストが生み出した難民と無国籍者にあったわけだが、彼女の議論は、現代の非正規滞在外国人がおかれた状況を描く枠組みとして、しばしば参照される。

 本稿では、現代社会において「諸権利を持つ権利」を奪われた非正規滞在外国人の公的サービスからの排除に注目して、新型コロナウイルス感染拡大が彼らに及ぼした影響を明らかにしていく。

 非正規滞在外国人は、いかなる国家の保護も受けることができない、つまり「公助」から排除された存在である。非正規滞在外国人の公助からの排除を正当化する論理は、労働を含めた人間社会での主体的な活動、つまり「自助」からの排除をも正当化する。以下では、そのような現実が現代日本にあることを指摘し、その状態を市民社会の「共感」に基づいた支援によって非正規滞在外国人が生き抜く「共助」の現状を検討し、その可能性と限界を指摘したい。

 筆者は、2020年3月に「反貧困ネットワーク」の呼びかけで始まった「新型コロナ災害緊急アクション」に、「移住者と連帯する全国ネットワーク貧困対策プロジェクトチーム」として、創設以来、現在もかかわっている。本稿は、その活動における参与観察および、筆者が個別に依頼して協力を得た非正規滞在外国人に対するインタビューに基づくものである。

公助、どこからも閉ざされ

 今年の5月末頃、「オジさん」というあるアフガニスタン人から、スカイプで連絡がきた。「短期滞在」の在留資格の期限を超えた「オーバーステイ」状態で、解体工事の会社で働いていたが、仕事がなくなった。友だちの家に居候し続けることもできず、数週間前から公園で生活しており、数日間ろくに食事もしていないという。口づてに緊急アクションの外国人窓口を筆者が担当していると知り、6万円あればアフガニスタンに帰国できるので、航空券を買うお金を援助してほしいと連絡してきたのだった。航空券を買う支援はしていないことを伝え、当面の生活のための緊急支援金を渡した。その後も、あと1万5千円あれば航空券が買える、という連絡が7月初め頃まで何回かあったが、食料支援をする市民団体の紹介以上のことはできずに、やがて連絡が途絶えた。

 再度スカイプで連絡があったのは9月になってからだった。カブール陥落後、国外へ退避しようとする人たちの救援が滞り、アフガニスタンが混乱を極めているまさにその時だった。もはやアフガニスタンへの帰国はありえないし、帰国できなかったのはかえってよかったのかもしれない、と思いつつ、「まだ帰国できていないのですか」と返信した。すると、「帰国しました。ありがとう!」と返ってきた。おそるおそる、「どんな状況ですか? ご家族は元気ですか?」と尋ねてみた。「家族も元気で、私もとても幸せです」という返事だった。「ところで、お願いがあるのですが」と、彼が依頼してきたのは、帰国したいが航空券を購入できないというオーバーステイのクルド人の支援であった。解体の仕事の元同僚だという。その後も五月雨式に同じような状況にある非正規滞在外国人の帰国支援を依頼してきた。ほとんどはトルコのクルド人であった。

 ここで考えさせられるのは、混乱のさなか、政府がまともに機能していないであろうアフガニスタンと、非正規滞在外国人をすべての公的支援から排除する日本を比べたときに、オジさんは、アフガニスタンにいたほうが、まだしも生活できると判断した、という事実である。オジさんが紹介してきたクルド人も然りである。トルコにおけるクルド人をめぐる状況は、決して好ましいものではないはずだ。

 その日食べるものにも事欠き、住宅を喪失しても野宿するしかない、病気やケガのときも健康保険に入れないため全額自己負担であり、結果的に病院で治療も受けられない。非正規滞在外国人にとっては、公助にアクセスできないという意味では、アフガニスタンも、日本も同じということだ。

 現在の日本には非正規滞在外国人が約8万人存在する。その多くはオーバーステイによる非正規滞在である。本稿がおもに対象とするのは、仮放免許可を受けている非正規滞在外国人である。仮放免を20年に許可された人は約6400人存在する。国籍は、19年末の段階で退去強制令を受けた者についてのみ公表されているが、人数が多い順にトルコ、イラン、スリランカ、フィリピン、ミャンマーとなっている。

 仮放免とは何か。非正規滞在外国人が入管に出頭したり摘発されたりすると、日本は「全件収容主義」をとっているため、入管の収容施設に、原則として帰国まで収容される。いっぽうで、非正規滞在外国人のうち、法務大臣の許可を得て地域社会での「生活」が認められた人が「仮放免者」であり、本稿の登場人物である。


筆者

稲葉奈々子

稲葉奈々子(いなば・ななこ) 社会学者、上智大学教授

野宿者や非正規滞在外国人などマイノリティーの承認と再分配をめぐる社会運動をグローバリゼーションの観点から研究。移住者と連帯する全国ネットワーク運営委員・反貧困ネットワーク理事として、外国人の貧困問題の現場でも活動。著書に『国境を越える 滞日ムスリム移民の社会学』(共著、青弓社)、論考に「新型コロナウイルス感染拡大と非正規移民の子どもの社会的排除」(「現代思想」2021年4月号)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです