小林明子(こばやし・あきこ) BuzzFeed Japan編集長
1977年、岡山県生まれ。2000年、毎日新聞社に入社。結婚・出産後、フリーライターを経て、08年に朝日新聞出版に入社。週刊誌AERAの記者として、働き方や子育てなどのテーマを主に取材。16年9月、BuzzFeed Japan入社。「国際ガールズデー」「Sustainable」など、さまざまな特集企画を実施している。19年6月にニュース編集長に、20年11月から現職。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
「ブラジャーって古くなっても捨てにくい……。そんなあなたに、知ってほしいキャンペーンがあります」
これは、ブラジャーのリサイクルに関する記事の見出しです。下着メーカーのワコールが、古くなったブラジャーを店頭で回収し、布やワイヤーなどのパーツを生活雑貨に再利用するという取り組みを紹介しています。
10年以上前から毎年実施されている取り組みなので、新聞であればニュース性はないと判断されるネタかもしれません。一つの企業の取り組みを紹介するのは広告記事ではないか、と眉をひそめるデスクもいるかもしれません。また、内容を正確に表現するなら「ワコール、使用済みの下着を今年もリサイクルへ」などのタイトルが適当でしょう。
ところがこの記事、このタイトルのおかげで、驚くほどよく読まれているのです。
ブラジャーは多少形が崩れてもまだ使えるので、捨てるタイミングを見極めにくいものです。布とワイヤーを分別しなければなりませんし、丸裸でゴミ袋に入れるのは気が引けます。「捨てにくい」というのは多くの人に〝あるある〟だったにもかかわらず、あまり知られてこなかったお悩みでした。それを代弁した見出しだったため、この記事はよく読まれたのでしょう。もしかしたら「ブラジャー」という単語から、果てしない想像力を働かせて思わずクリックしちゃったよ、という人もいるかもしれませんが。
ともかく、ワコールによると、2020年度のキャンペーンでは約22万枚のブラジャーが回収されたそうです。記事が多くの人に読まれ、SNSでシェアされ、そのうち一部の人が行動を起こせば、廃棄物が減り、資源の有効活用につながります。ネタの選び方、記事のつくり方、読者への届け方によって、メディアが社会に貢献するインパクトが大きく変化する一例として、この記事を紹介させていただきました。
BuzzFeed Japanでは、どんなテーマを取り上げるときにも、読者への扉をこちらから開くことを常に意識しています。記者の中には、特定の分野において高い専門性をもった記者もいます。それでも、「そのテーマ、あなたは関心あるかもしれないけど、読者は興味ないよね?」「そもそも知りたいとも思っていないかもしれないよね?」「書き方が独善的になっていない?」といった問い直しから始めます。
もともと関心がある層ではなく、無関心層や未認知層にタッチポイントをつくるにはどうすればよいか、という角度から、コンテンツの内容や構成、見出しを考えているのです。これは、私がBuzzFeed Japanに入社したときに最も発想の転換を迫られたことの一つでした。
私は毎日新聞の記者として5年間、行政や警察の取材をしたのち、ニュース週刊誌AERAで約9年間働きました。AERAの記者だったころは、女性の生き方や働き方を主に取材していました。たった10年ほど前ですが、当時はまだ、育児休業を取得した女性が、職場復帰してからの働き方に悩んで離職を迫られていたようなころでした。共働きの夫に、いかに家事を〝手伝って〟もらうか、保育園の入園を勝ち取るための「保活」でどんな作戦を立てればいいのか、といった記事が人気でした。
想定読者は、都心部で働く30代の高学歴・高キャリアの女性たち。職場でも家庭でも「正解」がわからない彼女たちに「悩んでいるのは自分だけじゃない」と思ってもらえるような共感性のある企画を毎週のように連発するため、必然的にテーマはどんどん狭く・深くなっていき、当事者の溜飲を下げるような企画が多かったように思います。
一方、インターネットメディアのアプローチはまったく異なりました。インターネット上の拡散を重視するバイラルメディアとして誕生したBuzzFeedは、たくさんの人が集まっているところ(プラットフォームやSNS)に記事を届けにいくというスタイル。誰もが無料で読むことができ、いったん拡散されると、どこまでも広がっていきます。
読者はミレニアル世代が中心というデータはありますが、配信先のプラットフォームやSNSの特性によって少しずつ異なります。Twitterでは40代の男性が多めだったり、Instagramのフォロワーは20代がほとんどだったり。なので、もともと媒体にもテーマにも関心のない人たちがいつどんなときに目にするかわからない、という前提で記事を書いています。
記事と読者は一期一会。まず、見出しで興味をもってもらうことができなければ、読者への最初の扉は開けません。私たちの競合は新聞、テレビ、インターネットメディアだけではありません。1台のスマホ上でも、NETFLIX、YouTube、TikTok、Instagram、ゲームアプリなどさまざまなサービスと可処分時間を奪い合わなければならず、いかにクリックしてもらうかがとても重要になります。
冒頭のブラジャーの記事は、いま多くの企業が取り組んでいるSDGsの一環でもありますが、見出しに「SDGs」や「リサイクル」と入れると、もともと環境問題に関心のない人はまずクリックしません。できるだけ間口を広くするという狙いも、あのタイトルには含まれていたのでした。
17年からは特集企画をスタートさせました。#MeToo、国際女性デー、LGBTQ、ファクトチェックなど、テーマ別に特設ページを設け、継続的に発信しています。量的なインパクトや回遊のチャンスを生み出すためです。こうした取り組みが結果的に、それまで社会課題に関心のなかった人や、若い世代の人たちが、ジェンダーや環境、政治などに関心をもつきっかけになっています。
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