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「原発=脱炭素電源」の実相 その未来なき持続可能性

大島堅一 龍谷大学政策学部教授

1.はじめに

 気候変動問題が顕在化し、2020年10月に菅義偉首相(当時)により、50年に向けて温室効果ガス排出実質ゼロ(カーボンニュートラル)を目指すと宣言されて以来、日本では、原子力がCO2排出削減にとって必要であると主張されるようになってきた。その後、21年10月に閣議決定された「エネルギー基本計画」では、「原発依存度を低減する」とする一方で、原子力を再生可能エネルギー(再エネ)とともに「実用段階にある脱炭素電源」と位置づけ「これらの電源を用いて着実に脱炭素化を実現することが求められる」としている。

 国際的にも、22年2月には原子力を持続可能な経済活動に含めるEUタクソノミー(EU taxonomy for sustainable activities)を欧州委員会がまとめる等、原子力〝復権〟の動きが見られる。EUタクソノミーとは、持続可能な活動に属するものを分類するもので、この事業に分類されるものは、持続可能な経済活動として投資の対象となりうる。

 このように、脱炭素の名目で、国内外で原子力開発の必要性が声高に論じられるようになってきた。本稿では、原子力発電の現状を見た上で、原子力発電と脱炭素の関係、小型モジュール炉開発についてまとめる。

2.衰退する原子力発電

 IEA(国際エネルギー機関)によると、20年の世界のエネルギー供給に関する投資の中で投資額が最も多かったのが再エネで3590億㌦、次いで石油・ガスの上流部門に対する投資3260億㌦、電力系統や蓄電池に対する投資2650億㌦であった。これに対して原子力は420億㌦で、全体の約3%にとどまった(注1)。これからすると、原子力はエネルギー業界では投資先としてマイナーである。新規建設プロジェクトの多くは、中国、インド、ロシアのような、政府が原子力発電を後押しする国々に限られている。

 一方、日本の現実は非常に厳しい。総発電電力量に占める原子力の比率は、20年度に4.4%にまで低下し、国全体としてみれば主要電源でもベースロード電源でもない。日本の原発の設備容量のピークは05年(4958万kW)で、それ以降減少していた。福島原発事故は衰退を加速させたにすぎない。

 福島原発事故後、21基1587.7万kWが廃炉となり、22年2月現在、再稼働した原発は10基995.6万kWだけである。原子力規制委員会により設置変更許可を得た原発は、この他に7基あるものの、その中には柏崎刈羽原発6、7号機が含まれている。この2基は核物質防護に関して重大な不備があることが発覚し、原子力規制委員会の処分を受け、当面稼働できない。また、日本原電東海第二原発は21年3月に運転差し止め判決が水戸地裁で出された。今後再稼働の可能性があるのは4基にとどまる。

東京電力の柏崎刈羽原子力発電所=2020年9月、朝日新聞社ヘリから
 昨年のエネルギー基本計画策定のおりに開催された政府の審議会(総合資源エネルギー調査会電力・ガス事業分科会原子力小委員会第23回会合、21年4月14日)では、原子力産業が衰退し、維持すらままならない現状が報告された。議事録及び配付資料に目を通すと、事故後10年間に新規制基準対応のための5兆円を超える特需があったにもかかわらず、原子力産業が窮地に立っていることがわかる。

 一部を抜粋しよう。すなわち、「プラントメーカーは安全対策工事等の需要があることから原子力事業で一定の収益を維持するも、一部サプライヤにおいては、市場の見通しが見えない中で収益が大幅に減少する厳しい状況」で、「特定の原子力関連製品を扱う企業の廃業や原子力固有の品質管理体制の維持が困難になり、原子力事業から事業撤退する企業が相次いでおり、サプライチェーンの劣化が懸念される」。再稼働に向けた追加的安全対策工事が一段落し、原発輸出の目論見が外れ、新規建設も見込まれない中、原子力産業の衰退は一層加速するものと考えられる。

(注1)IEA (2021), World Energy Investment 2021.

3.原子力発電と脱炭素

 以上のような原子力衰退を打開しうるものとして、脱炭素と原子力発電の関係が論じられるようになってきた。原子力発電は、発電時にCO2を排出しない。その点では、石炭火力や天然ガス火力等の火力発電とは異なる。とはいえ、ライフサイクルで見た場合はCO2排出ゼロではない。原発は、安全上、外部電源に依存している。また、ウラン鉱石の採掘から精錬、燃料加工、運搬、原発の建設、廃炉といった工程でCO2排出を伴う。

 ライフサイクルで見た場合のCO2排出量はどうか。日本では、電力中央研究所の報告書(注2)に基づき、1kWh当たり19.4㌘が示されることが多い。

 CO2排出については、他に考慮すべき項目もある。スタンフォード大学のJacobson教授は、当該電源を選択したことによる「機会費用排出(opportunity cost emission)」を考慮すべきであるとして、国際科学雑誌でその研究成果を発表している(注3)

 機会費用排出とは次のような排出を捉える概念である。すなわち、発電所は、計画から運転開始までに時間を要する。運転開始までの期間は他電源に依存せざるをえない。例えば太陽光発電は比較的短期間のうちに運転開始できるのに対し、原発は計画から発電開始まで10〜20年を要する。タイムラグの違いによるCO2排出量の違いを評価するのが「機会費用排出」である。

 原子力発電を選択すれば、当然ながら長い間他電源に依存しなければならないから、その分、CO2排出量は多くなる。Jacobson教授は、この他にも、熱の放出、水蒸気放出、核拡散による兵器利用リスク、CCS(二酸化炭素回収・貯留)からの炭素漏洩リスク(火力発電の場合)を含めたCO2排出量を各電源について試算している。

 Jacobson教授の試算の一部を紹介する。これによれば、原子力発電のライフサイクルでのCO2排出量は1kWh当たり9~70㌘である。これに機会費用排出64~102㌘等を加えると総排出量は78~108㌘となる。これは洋上風力の排出量の9〜37倍に相当する。火力発電よりは少ないとはいえ、太陽光や風力に比べて多い。つまり、Jacobson教授によれば原子力よりも再エネのほうがCO2排出に関しては優れている。

CCS実証試験施設を見学する市民ら=2018年10月、北海道苫小牧市

4.CO2排出削減との関係

 再エネは重要である、しかし、原子力も組み合わせて使えばよいではないか、という見解もあるであろう。

 では、再エネと原子力、CO2排出量の関係は一体どのようになっているのか。国際的関心を背景に、この点についても研究成果が発表されている。国際科学雑誌(Nature Energy)に発表されたSovacool教授らの研究結果の一部を紹介する(注4)。この研究は、世界123カ国25年間の国別の炭素排出量と再エネ及び原子力による発電量の関係を分析したものである。同論文では、原子力と再エネの多寡が国全体のCO2排出量にどのような影響を及ぼしているのかが示されている。

 結論をかいつまんで言えば、次の通りである。

 第一に、原子力発電を大規模に導入した国は二酸化炭素の排出削減がもたらされなかった。つまり、過去の実績を調べると、原子力による発電量が多くても一人当たりCO2排出量は減らない。

 第二に、再エネによる発電量が増えるとCO2の排出量が減る。

 第三に、原子力と再エネの普及には負の相関がある、つまり原子力による発電量が多い国は再エネによる発電量が少なく、逆に、原子力による発電量が小さい国は再エネによる発電量が大きくなる傾向がある。

 わかりやすく言えば、原子力は国全体としてのCO2排出削減をもたらさず、再エネはCO2排出を削減する。また、原子力を増やせば再エネが減ってしまうということである。

 Sovacool教授らの論文では、原子力と再エネとの間に、相互に排除し合う性格があることが指摘されている。つまり、原発のような大規模集中型電源に最適化された電力系統(送電網)は小規模分散型の再エネ導入を妨げ、その結果、再エネ導入に時間と費用が一層かかるようになる可能性があるという。こうした過去の実績に関する研究によれば、原子力を促進しても、CO2排出削減も再エネ拡大ももたらさない。したがって、「再エネも原子力も」とはいかないのである。

(注2)今村栄一・井内正直・板東茂(2016)「日本における発電技術のライフサイクルCO2排出量総合評価」電力中央研究所。
(注3)Jacobson, M.Z. (2009), "Review of solutions to global warming, air pollution, and energy security", Energy & Environmental Science, Vol.2, pp.148-173. また、最新のJacobson教授の研究については、Jacobson, M.Z. (2020), 100% Clean, Renewable Energy and Storage for Everything, Cambridge University Pressを参照されたい。
(注4)Sovacool, B.K., Schmid, P., Stirling, A., Walter, G. and MacKerron, G. (2020), "Differences in carbon emissions reduction between countries pursuing renewable electricity versus nuclear power", Nature Energy, Vol.5, pp.928-935.

5.小型モジュール炉の現実

 脱炭素の観点だけではなく、新型炉をつくれば従来の大型炉がもつ問題を克服しうるという主張もでてきた。特に、小型モジュール炉(Small Modular Reactor)の優位性を強調する論調がめだつ。これをどう捉えたらよいであろうか。

 小型モジュール炉については、昨年、原子力小委員会で原子力産業界から概要が説明された。例えば日立の説明資料によれば、同社がGEに協力して開発しているBWRX-300(30万kW)は、革新的安全性、優れた経済性、柔軟性・拡張性、及び、短く確実な建設に対応するという。日揮が出資しているNuScale社の小型モジュール炉は、小型化かつ設計シンプル化により安全性、信頼性が向上し、さらに負荷追従運転も可能であるとされている。総じて言えば、安全で経済的で環境保全にも貢献し、ベースロード電源としての役割だけでなく、変動性再エネに対応した負荷追従運転もできるという。

 小型モジュール炉とよばれる原子炉を個別に見ていくと、非常に多くの種類があり、小型であるという点にしか共通性は見あたらない。小型モジュール炉には、原子炉メーカーが言うような利点があるのであろうか。

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