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【検証報告】なぜ東京電力は津波対策を怠ったのか 福島原発事故の責任追及で見えたこと

奥山俊宏 朝日新聞編集委員

 東京電力福島第一原発の事故発生から11年になる。刑事・民事で責任追及が続き、株主代表訴訟の一審判決が今夏に予定されている。津波対策を怠ったのはなぜなのか。そうした責任追及の営みによって初めて分かったことがある。

 津波対策をめぐる2008~09年の東京電力の意思決定には、重大な欠陥があった。

 すなわち、東京電力は、組織内部のコミュニケーション不全によって、▽福島県沖の津波地震に関する国の長期評価、▽福島第一原発での想定超え、敷地越えの津波の発生確率、▽同原発の津波対策の必要性――についての各認識の社内共有に失敗し、その結果、地震学、津波工学などの専門家たちの暗黙知を無視し、同原発の津波対策を見送り、2011年3月11日、あるべき防護のない状態で同原発を大津波にさらしてしまった。

 事故発生から10年あまりを経て、ようやく最近、こうした事実関係が明確になってきている。

 このように断定的に書くことができるようになったのは、ひとえに、東京地検公安部の検事らが東京電力の元役員らを被疑者として精力的に捜査し、証拠を集めてくれたからである。そして、元役員らの賠償責任を追及する株主代表訴訟の原告弁護団がそれらの証拠を公開法廷に提出し、私たちの目に触れる公共空間に置いてくれたからである。すなわち、責任追及の営みによって初めて、私たちの目の前に真相が現れてきた、ということができる。

拡大東京電力の株主代表訴訟の第50回口頭弁論を前に裁判所前で「東電元役員は事故の責任を取れ」と呼びかける原告たち= 2019年10月31日、東京・霞が関
 たしかに、意思決定の過程に重大な欠陥が存在したとしても、それだけで法的責任の存在を断定することはできない。2008~09年に正しい意思決定をして対策に着手したとしても、その完了が2011年3月の震災発生に間に合うことはなかっただろうから、事故の発生原因がこれだとまでは断定できない。したがって、これだけでは、東電の当時の意思決定関与者に責任があると断定することも容易ではない。

 しかし、原因解明と教訓抽出にあたって、これは必須の前提事実だ。再発防止の観点からすると、これは教訓を多々含む重要な事実関係だ。そしておそらく、2008~09年に意思決定を誤らず、正しい判断ができていれば、事故の様相はまったく異なるものになっただろう。すなわち、もっと小さな規模の事故にとどまった可能性がある。

 こうした事情を明らかにしたのは10年余にわたる責任追及の営みだった。

土木学会がアンケート

 土木学会の原子力土木委員会の津波評価部会は2008年度、所属会員や地震学者を対象にあるアンケートを行った。

 「三陸沖~房総沖」の日本海溝寄りの海域で超長期の間に津波マグニチュード8級の津波地震が発生する可能性について、その時点の知見から見て次のいずれが適切か、重みでお答えください――。アンケートの中にそんな問いかけがある。

 重みづけによる回答の対象は、三つの「考え方」に場合分けされている。

拡大土木学会原子力土木委員会の津波評価部会が2009年3月に集計したアンケート結果の資料=原子力規制委員会が情報公開法に基づき筆者に開示した大阪避難者訴訟の丙B第268号証の4(株主代表訴訟では甲297の4)の資料176から抜粋
 「過去に発生例がある三陸沖と房総沖でのみ過去と同様の様式で津波地震が発生する」というのが①の考え方。これはすなわち、日本海溝近辺のうち福島県沖では津波地震が起きない、ということを意味する。江戸幕府の中央集権体制が成立して災害の記録が残るようになって以降の過去400年について見れば、北の三陸沖と南の房総沖では巨大な津波地震が起きたと考えられるが、その中間に位置する福島県沖では起きていない。こうした事情からこの考え方は通説とみなされ、土木学会が採用し、東電は福島第一原発の津波想定にこの説を用いていた。

 残りの②と③は「活動域内のどこでも津波地震が発生する」という考え方。②と③は断層の「すべり量」の大小に違いはあるものの、いずれも、福島県沖の日本海溝沿いで巨大な津波地震が発生する可能性がある、という点で共通する。実はこれは、政府の地震調査研究推進本部(地震本部、あるいは、推本)の地震調査委員会が2002年に発表した長期評価の見解と同様の考え方である。1960年代の後半に登場した「プレートテクトニクス」に基づく考え方で、日本海溝への太平洋プレートの沈み込みが起きているのは三陸沖から房総沖にかけてみな同じなのだから、そのうち北部と南部だけで津波地震が発生し、中間の福島県沖だけ起こらないとは考えづらいことからそのように地震本部でとりまとめられた。

 これら①②③の各説のどれが正しいのか。自然界でのことなので、専門家といえども、というより、専門家だからこそ、どの考え方が100%正しい、とは断定しづらいかもしれない。そこで、その正しさ加減の「程度」を数値にして、専門家コミュニティー全体の認識の具合を定量化しようというのがこのアンケートの狙いだった。

 このアンケートは、論理的にあり得る考え方を場合分けすることですべて拾い上げ、網羅的に挙げ、回答者に対し、それぞれの考え方への賛意の程度、すなわちその正しさ加減の「重み」について数値で回答を求めている。アンケートの回答者は、「より確からしい」と思える考え方について重みの数値を大きくする。「あり得ない」と思える考え方ならば重みをゼロ近くにする。すべての場合への「重み」を合計したときに1となるように数値を配分する。

 このアンケートに回答した39人の中に、東京電力の原子力設備管理部で土木調査グループに所属し、福島第一原発の津波対策を担当する2人の東電社員が含まれていた。今、私たちはその記録を東京地裁の民事閲覧室で読むことができる(東電株主代表訴訟の甲297号証の4の資料177)。それによれば、次のように東電社内で意見は割れていた。

 課長だった高尾誠(たかお・まこと)氏は①に7割、②に3割、③に0の重みを配分した。

 主任だった金戸俊道(かねと・としみち)氏は①に1割、②に8割、③に1割の重みを配分した。

 土木学会は2004年度にも同様のアンケートを行っており、その際には、土木調査グループの長である酒井俊朗グループマネージャー(GM)もこれに答え、①に8割の重みを配分している。

 つまり、福島県沖の日本海溝近辺で巨大な津波地震が起きる可能性があるとの地震本部の長期評価の見解について、金戸主任はほぼ全面的な9割の賛意を示したが、その上司の高尾課長、酒井GMは7~8割の疑念とともに3~2割の賛意を示した。長期評価の見解を全面否定することができないという点で3人は一致している。一番下の担当者である金戸氏が、現在の会社の主張と異なり、地震本部の長期評価を正しいと考えていたことは特筆に値する。

 刑事公判での3人の証言によれば、彼ら土木調査グループの技術者3人は2008年2月ごろ以降一貫して、「福島第一原発が国の新しい耐震指針に適合するためには津波対策が必要である」との判断で一致していた。このことは、2008年9月10日に福島第一原発の幹部らを対象に開かれた説明会で配布された資料に「津波対策は不可避」と書かれていることなどでも裏付けられる。

拡大2008年9月10日の会議で福島第一原発幹部たちに示された資料。最後に「津波対策は不可避」とある=原子力規制委員会が情報公開法に基づき筆者に開示した大阪避難者訴訟の丙B第268号証の4(株主代表訴訟では甲297の4)の資料141から抜粋
 土木調査グループでは当時、福島第一原発に来襲する津波の高さとその発生確率を計算していた。その結果によれば、福島第一原発の津波高さ想定の5.7メートルを超える1年あたりの確率は千分の1弱と非常に大きな値だった。1~4号機の敷地高さに相当する10メートルを超える年あたりの確率は約7万分の1で、これは、想定しなければならない地震(基準地震動)の確率と同程度だった。これを津波対策の必要性の根拠として高尾課長と金戸主任は08年7月23日に日本原子力発電(原電)、東北電力など同業他社に説明したことを示す記録が残っている。津波のリスクについて土木調査グループが「工学的に無視できるレベルにはならない」と見込んでいたことを示す資料も押収されている。

 一方、東京電力社内で福島第一原発の津波対策について意思決定をする立場にあった上層部の幹部たちは、土木調査グループと異なる認識だった。

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筆者

奥山俊宏

奥山俊宏(おくやま・としひろ) 朝日新聞編集委員

1966年生まれ。89年、東京大学工学部原子力工学科を卒業して朝日新聞に入社。水戸支局、福島支局、社会部、特別報道部など。著書に『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』、共著に『検証 東電テレビ会議』(いずれも朝日新聞出版)など。著書『秘密解除 ロッキード事件』(岩波書店)で2018年に司馬遼太郎賞、日本記者クラブ賞を受賞。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです