2022年04月26日
日本国憲法の重要な柱の一つに「国民主権」があることは広く知られているだろう。その国民主権が成り立つためには、人類一般とは区別された「国民」という共同性がある程度、ゆるぎなく維持される必要がある。伝統ある君主制の場合、その共同性を支える上で、見逃せない役割を果たしているのが一般的だろう。
「国民」を〝同一の国家を担う統合された人々の集団〟とひとまず定義すると、わが国においてもその共同性を成り立たせ、維持するために、「象徴」としての「世襲」の「天皇」および「皇室」の存在は、小さくない役割を期待されているのではあるまいか。少なくとも憲法は、そのような立場から「天皇」「皇室」にかかわる規定を一括して、冒頭の〝第1章〟に盛り込むという、諸外国に類例を見ないユニークな構成を採用しているように見える。
「天皇」「皇室」が国民主権のさらに前提をなす「国民」という共同性の成立と維持を最大の目的とする制度であるとすれば、その存続は政治的・社会的課題として、すこぶる重要な意味を持つことになろう。近年、皇位の安定継承をめぐって関心が高まっているのも、まさに故なしとしない。
では、皇位の安定継承をめぐる問題の核心はどこにあるのか。ズバリ、皇位継承のルールを定めた皇室典範自体が、皇位継承を困難にする「構造的欠陥」を抱えていることだ。
改めて指摘するまでもなく、憲法第2条には次のような規定がある。
「皇位は、世襲のものであつて、国会の議決した皇室典範の定めるところにより、これを継承する」
この条文で、憲法は二つのことを要請している。
(1)皇位は「世襲」によってつつがなく継承されるべきこと。
(2)その世襲継承は、「皇室典範」のルールに従うべきこと。
ところが、皇位が支障なく継承されるルールを備えているべき皇室典範そのものが、重大な「構造的欠陥」を抱えてしまっている。それはどのようなものか。
明治の皇室典範が新しく採用した、皇位の継承資格を皇統に属する「男系の男子」に限定する〝窮屈な〟縛りを一方でそのまま受け継ぎながら、他方ではそれを持続的に可能ならしめるために欠かせない条件を、全面的に除外したことだ。
それは、正妻以外の女性(いわゆる側室)から生まれた非嫡出子や非嫡系の子孫にも皇位継承資格を認めるという、古代から明治の皇室典範にいたるまで一貫して続いてきた(伝統的な?)制度に他ならない。
それが除外された結果、皇位継承をめぐる環境は、歴史上かつて前例のない厳しい条件下に置かれることになった。この点については、早くからその問題性は気づかれていた。たとえば、今の典範が施行されて間もない頃に、以下のような指摘がなされている。
「皇庶子(非嫡出・非嫡系)の継承権を全的に否認することは、皇位継承法の根本的変革を意味する」
「女系継承を認めず、しかも庶子継承を認めないと云ふ継承法は無理をまぬかれぬ」
(神社新報社政教研究室編『天皇・神道・憲法』昭和29〔1954〕年、執筆者は葦津珍彦〔あしづ・うずひこ〕氏)
実際に過去の事例を点検すると、およそ史実性が認められるケースのうち、天皇の正妻たる方の35・4%ほどは男子を生んでおられない。伏見宮・有栖川宮・閑院宮・桂宮のいわゆる4世襲親王家の場合だと、正妻の54・3%が男子を生んでおられなかった。これは、医療水準とか乳幼児の死亡率などとは関係なく、それだけ高い比率で男子そのものが生まれていなかったことを示す。
直系も傍系も、その男系の血筋なるものは、側室制度を前提とした非嫡出・非嫡系による継承可能性によってこそ、かろうじて支えられてきたという現実がある(歴代天皇の半数近くは非嫡出・非嫡系による継承であり、世襲親王家で嫡出子が継承したケースはわずか3割ほど)。
しかも、結婚年齢の高まりや非婚化、乳母がいない状態での子育て、皇后・皇族妃も精力的にご公務にお取り組みいただいている事実などに照らして、今後、皇室の出生率が飛躍的に上昇することは、にわかに望みがたいだろう。つまり、皇室典範自体が抱える〝非嫡出・非嫡系なしの男系男子限定〟という構造的欠陥のために、憲法の要請(1)を要請(2)が裏切る形になっている。
現在、次世代の皇位継承資格者は秋篠宮家のご長男、悠仁親王殿下ただ〝お一人だけ〟という危機的な状態になっているが、皇位継承の将来を不安定化させている最大の原因は、実にこの一点にある。
したがって、問題解決のための答えは、極めて明瞭だ。皇室典範の構造的欠陥を解消すればよい。それだけの話だ。逆に言えば、そこに手をつけない限り、どのような目先をごまかす方策を持ち出してきても、何の解決にもならない。
昨年、内閣に設けられた皇室制度に関わる有識者会議が報告書を提出した(令和3年12月22日)。しかし、この点に全く触れていない。同会議に与えられた課題は本来、皇位の安定継承を可能にする方策の検討だったはずだ。にもかかわらず、その課題から逃避して、「皇族数の確保」という別のテーマにすり替えて、無理で不自然なプランでお茶を濁した。
しかし、政府はそれを「尊重する」として、そのまま国会に検討を委ねている(令和4年1月12日)。そこで、同報告書の中身について、簡単に点検しておく。
上皇陛下のご退位を可能にした皇室典範特例法が成立した際に、国会は附帯決議の形で政府に対して、「安定的な皇位継承を確保するための諸課題」などについて「速やかに」検討を行うように求めた。
このたびの有識者会議は、その正式名称が「『天皇の退位等に関する皇室典範特例法案に対する附帯決議』に関する有識者会議」であることに示されているように、その国会からの要請に応えるために設けられたはずだ。しかし、その報告書は驚くべき内容だった。
まず前述の通り、本来の課題だった皇位の安定継承については、平然と〝先延ばし〟を表明した。白紙回答だ。次世代の皇位継承資格者がまだお一人いらっしゃることがその理由とされた(報告書6ページ)。しかし次世代がゼロになってから制度改正に着手するのでは、もちろん全ては手遅れになる。あまりにも無責任であり、国民の代表機関である国会を軽視するにもほどがある。
報告書は論点を「皇族数の確保」にすり替えた上で、主に二つの提案をした。
その1は、未婚の女性皇族(内親王・女王)が婚姻後も引き続き皇族としての身分を保持し続ける一方で、配偶者やお子様は国民のままとするプラン。これがもし実現すれば、近代の皇室制度が整えられて以来、初めて女性皇族と国民男性が〝一つの世帯〟を営むという、前代未聞(!)の仕組みになる。
「配偶者と子は皇族という特別の身分を有せず、一般国民としての権利・義務を保持し続ける」(報告書10ページ)という。そうであれば、憲法第3章が国民に保障する政治・経済・宗教など諸分野での活動の自由は、国民からは内親王・女王と〝一体〟と見られるのを避けにくい配偶者やお子様にも、特段の留保もなく認められねばならないはずだ。配偶者が政界からのアプローチで国会議員になったり、お子様が芸能プロダクションにスカウトされてタレントとして活躍したりすることも、制度上はありうることになる。
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