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密約めぐる「国家の噓」今も メディアはどこまで迫ったか

西山太吉さんインタビュー 復帰50年 沖縄報道を問う

西山 太吉 元毎日新聞記者

 半世紀前の1972年5月15日、それまで米軍の施政権下にあった沖縄は祖国・日本に復帰を果たした。その約1カ月前、一人の新聞記者が逮捕された。沖縄返還をめぐる外務省の機密電信文を女性事務官から入手したことが、「秘密をもらすようそそのかす罪」(国家公務員法違反)に問われた。電信文は、アメリカが払うとされた米軍用地の原状回復補償費400万ドルを日本が肩代わりすることをうかがわせるものだった。逮捕について、当初は国民の「知る権利」を阻むものだと反発が広がったが、記者が「情を通じ(て)」(起訴状)事務官から入手したことがわかると、風向きが変わった。記者と事務官はいずれも有罪となった。その後、密約を裏づける米公文書が相次いで見つかり、当時の外務省高官が証言し、司法の場でも密約の存在は認定された。にもかかわらず、国はいまだに密約自体を認めていない。事件後に社を去った元毎日新聞記者の西山太吉さんがこのほど、インタビューに応じた。「国はまだ密約を否定している」「情報公開はメディアの生命線」――。密約に翻弄された半世紀。国民の知る権利に背を向ける「国家の噓」への怒りは、90歳になった今も消えない。

――沖縄返還とはどのようなものだったのでしょうか。

西山 まず、原点から話をしよう。沖縄返還は戦後の最大のテーマだった。1960年代前半、どのような形で実現するかを政府は検討するわけよ。ベトナム戦争が始まる少し前だったか、大平(正芳・外相)は私に言ったよ、「おい、西山なあ、(米側の希望は)自由使用だからな」って。ライシャワー(駐日米大使)が(懇意にしていた)大平に言ったんよ。

拡大西山太吉さん=2012年4月、北九州市で撮影

 自由使用っていうのは、アメリカが自由に、アメリカの判断のもとに行動できるっちゅうことだから、在日米軍の国際行動について日本政府は異議を申し立てできない。主権国家ということからみれば、非常に大きな問題なんですよ。

――主権国家としては簡単に認めるわけにはいかない、と。

西山 自由使用となると、国内では動乱の原因になるし、日本の国の変容につながるから、懸念しとったんやな。それと、池田(勇人・首相)はケネディ(米大統領)から「いまは無理だ」って言われたから、ただちに(返還交渉を)開始することは難しいってなった。

 そこで、佐藤(栄作)は、(政敵である)池田が消極的な「沖縄返還」をスローガンに持ち出したんや。そして65年、沖縄を訪れて、「沖縄の祖国復帰が実現しないかぎり、我が国の『戦後』は終わっていない」って名ぜりふを放った。そこから始まったっちゃ。

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筆者

西山 太吉

西山 太吉(にしやま・たきち) 元毎日新聞記者

1931年、山口県生まれ。56年、毎日新聞社入社。政治部では首相官邸、自民党、外務省などを担当。「米原子力潜水艦の初寄港」のスクープなどで活躍する。沖縄密約事件で逮捕・起訴され、74年の一審判決(無罪)後に退社。78年に最高裁で有罪(懲役4カ月、執行猶予1年)が確定。著書に『沖縄密約―「情報犯罪」と日米同盟』『機密を開示せよ』など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです