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人間の怖さ知る山猪(ヤマシシ)の眼を 「また戦場に…」迫る現実

復帰50年 沖縄報道を問う

三上 智恵 ジャーナリスト、映画監督

 1960年代、沖縄で大ヒットした「でいご娘」の反戦歌「艦砲ぬ喰ぇー残(ぬく)さー」をご存じだろうか。県民の4人に1人が命を落とした沖縄戦。みんな艦砲射撃の餌食になったというのに、たまたま生き残った私たちは「艦砲射撃の食い残しだねえ」と自嘲気味に歌うこの曲は、すべてを奪ったあの戦争と戦後の哀れ、そんな中でも生まれてくる子供たちに心を慰められ、希望を見出していくさまが順を追って歌われていく。その「未来」そのものである若い4人姉妹の歌声は、苦しい米軍統治下を生きる沖縄県民の心を掴み、現在まで歌い継がれている。

 この曲を作った比嘉恒敏さんは「でいご娘」の実の父親だ。戦争で家族を失った悲しみと、三男四女の子宝に恵まれた戦後の歩みは彼自身の物語でもある。ところが、でいご娘の人気絶頂のその時に、恒敏さん夫妻は飲酒運転の米兵の起こした交通事故によって命を奪われてしまったのはあまりに有名な話である。

 戦争の暴力が去った後に、さらに軍隊の暴力にさらされ続ける沖縄の悲哀を象徴するような実話であるが、今回はその家族の悲話を紹介したいわけではない。

 28年も沖縄に暮らし、この曲にも長く親しんできたつもりの私が、最近まで見落としていた4番の歌詞について、恒敏さんが発していた警告を受け止め切れていなかった自分の不甲斐なさからこの稿を書き始めたいのである。

 4.平和なてぃから 幾年か
    子(くゎ)ぬ達ん まぎさなてぃ居しが
  射やんらったる 山猪(ヤマシシ)ぬ
  我が子 思ゆる如に
  潮水(うすみじ)又とぅ んでぃ思れー
  夜(ゆる)ぬ夜ながた 眼(み)くふゎゆさ

 キーワードは「射られ損なった山猪」だ。人間に矢を射られ、眉間に大きな傷がある親猪を想像してほしい。今も沖縄本島北部では度々畑がウリ坊に荒らされたり、親猪に出くわしたりする。猟師が言うには「人間の怖さを知らない猪は仕留めやすいが、射られ損なった傷のある猪は警戒心が強い」そうだ。その文脈で4番を意訳してみよう。

  戦争が終わって何年経っただろう
  子供らも成長したというのに
  射られ損ないの山猪が心配するように
  またこの子らが犠牲になるのでは、と
  寄せては返す潮のように 繰り返して
  また私たちは狙われるのでは、と思え
  夜中に思い詰めて 眠れなくなるのだ

 生き残ったとはいえ、艦砲射撃の傷を負った沖縄戦体験者はつい考えてしまう。「またここが戦場になるのではないか」「また沖縄は防波堤にされ、利用されるのではないか」と。為政者を信じることができず心が休まらない山猪は、歌の中に明快な予言を残していたのかもしれない。

 「また沖縄戦のような戦争が起きますか?」と今もしも問われたら、多くの人は「まさかそんな馬鹿なことはないでしょう、杞憂ですよ」と返すだろう。私自身も沖縄で時事問題を扱いながら、今が平和とは言わないまでも、ここが戦場になるという危機感は、10年くらい前までは持っていなかったと思う。

 ところがこの数年で、南西諸島の軍事要塞化があっという間に進められた。間もなく島々には自衛隊の地対艦ミサイルとアメリカ軍の中距離ミサイルがズラリと大陸に向けて並ぶことになるだろう。

 現在「台湾有事」は日本有事だと発言する元首相や、敵基地攻撃能力を持つことも選択肢に軍事国家への道をひた走る政権の下、沖縄を戦場にする米軍と自衛隊の国防計画が暴露され、南西諸島で軍事衝突が起きた想定の軍事訓練が頻繁に行われる世の中になってしまった。信じがたいことに、沖縄で報道に携わって28年目で「沖縄戦の再来を止める」という最悪な目標を掲げる事態に陥った。

 戦争体験者の直感を越えきれなかった沖縄ジャーナリズムの予測の甘さ、状況の悪化を止められない私たちの報道の弱点はどこにあったのか。自省を込めて自分の沖縄報道を振り返ってみたい。

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筆者

三上 智恵

三上 智恵(みかみ・ちえ) ジャーナリスト、映画監督

1987年、毎日放送に入社。琉球朝日放送に転職し、「海にすわる~辺野古600日の闘い~」「英霊か犬死か~沖縄から問う靖国裁判~」などのドキュメンタリー番組を制作。2012年の「標的の村~国に訴えられた沖縄・高江の住民たち~」はギャラクシー賞テレビ部門優秀賞、劇場版はキネマ旬報ベスト・テン文化映画部門第1位。14年、フリーに転身。「標的の島 風(かじ)かたか」や「沖縄スパイ戦史」(共同監督)などを劇場公開した。著書に『証言 沖縄スパイ戦史』(集英社新書)ほか。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです