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フリーランスの覚悟と本望 戦地を駆けた夫・橋田信介

戦争とメディア

橋田幸子

「彼らしい死に方」

 戦場を目指すジャーナリストの本能や覚悟の一端を、私たち家族の姿を通して伝えてみたい。

拡大1993年、ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争の取材でサラエボに入った橋田信介。防弾チョッキを着ている=橋田幸子さん提供

 それは襲撃というより、人違いといった方がよい悲劇だった。

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筆者

橋田幸子

橋田幸子(はしだ・ゆきこ) 

1953年、静岡県生まれ。日本女子大学卒。79年、ジャーナリストの橋田信介氏と赴任地バンコクで結婚。その後、ローマ支局を経て帰国。89年、家族でバンコクに移住し、フリーランスになった橋田氏のアシスタントを務め、日本のテレビ番組などの制作に携わった。2004年、橋田氏はイラクで銃撃され死亡。13年、女性と子どもの医療向上のため、イラク・ファルージャに「母子病院」をつくった。著書に『覚悟』(中央公論新社)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです