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戦地取材の危うさと葛藤 コソボ、チェチェンと現在地

戦争とメディア

町田幸彦 東洋英和女学院大学教授、元毎日新聞欧州総局長

 戦争報道においては、現地で見たまま聞いたままだけの伝え方には限界があるものの、大前提がある。まず、戦地の現場か紛争地、その近隣の地に記者が行き、取材しなければならない。危険とは隣り合わせになる。現地取材は武勇伝の類などではなく、ジャーナリズムの基本動作である。

 今年3月上旬、都内のある会合で、筆者が特派員記者時代に旧ユーゴスラビア紛争の現地取材の際に親しくなった他社OBの方と立ち話をする機会があった。ロシア軍のウクライナ侵攻開始から10日が過ぎていた。異口同音に辛口のコメントをお互いに言って、うなずいた。

 「昔は、『現場に行ってくれ』と東京から電話一本かかるだけ」
 「それで、すぐに直行する感じだったけれど、最近は……」

 日本の新聞社、テレビ局などのウクライナ報道について、現地からのリポートが総じて薄かった状況を憂え、苦言が口から相次いだ。その後、ロシア軍はウクライナ中部の首都キーウ(キエフ)陥落を果たせず、同国東部・南部で集中攻撃に転じ、西部・中部などでは日本の取材記者派遣が目立つようになった。それでも「危険地取材はフリージャーナリストに任せる大手メディア」という酷評は拭い去られていないだろう。

拡大破壊された商店街を歩くコソボ解放軍の兵士=1999年6月

 報道機関がウクライナの現地取材に慎重になりがちである理由として、なによりも自社記者の危険回避が挙げられる。戦争が起きていて、5カ所の原子力発電所がある国だ。警戒する気持ちは一応理解できる。同時に、戦争報道に不可欠の現地の一次情報を得る課題はないがしろにできない。戦争の実像を知るため現場に行かないで、報道機関の活動(組織ジャーナリズム)は説得力をもち得ない。

 核心の取材報道と記者の安全確保―というジレンマは戦争報道につきまとう。さらに、組織ジャーナリズムの場合、もっと根源的な問いかけが残っている。すなわち―

 戦場の出張取材に挑む、または戦地出張の指示に応じる記者は一体、その報道機関にどれほどいるのか?

 無論、仮に上司からいま戦禍続くウクライナ出張を打診されてこれを拒んでも、その人は業務怠慢とはいえないし、強制できない。生命のリスクが絡む戦地取材の決断は、危険回避を十分配慮したうえで記者の自主的選択が尊重されるべきだ。

 以上を再確認した上であえて日本の報道機関の現状にもの申したい。少なからぬ記者たちが萎縮してしまっているのではないか、と。あくまで素朴な疑問である。

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筆者

町田幸彦

町田幸彦(まちだ・ゆきひこ) 東洋英和女学院大学教授、元毎日新聞欧州総局長

1957年広島市生まれ。毎日新聞でウィーン支局長、モスクワ支局長、欧州総局長(ロンドン)を歴任。旧ユーゴ紛争、ベスラン学校占拠事件、ウクライナ民主化運動などを取材・報道した。2009年から東洋英和女学院大学教授。国際報道・メディア論、ユーラシア地域研究専攻。著書に『コソボ紛争―冷戦後の国際秩序の危機』(岩波書店)、『世界の壊れ方 時評二〇〇八~二〇一二』(未來社)など。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです