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少年の実名報道、英国では 本人の利益と公益の衡量

少年事件の匿名報道

小林恭子 在英ジャーナリスト

 日本では4月から成年年齢が民法改正で20歳から18歳に引き下げられ、同時に改正少年法の施行によって18歳と19歳の「特定少年」が起訴された場合は実名や顔写真などの報道が解禁されることになった(本稿の中で使う「少年」とは男女の未成年者を指す)。これまでは事件を起こした20歳未満の少年の実名・顔写真報道は少年の健全な育成を阻むという理由から、少年法の下で禁じられてきた。

法務省の成年年齢引下げ特設ウェブサイト
「大人への道しるべ」

 日本の法務省の調べによると、世界38カ国が加盟する「経済協力開発機構(OECD)」の中で成年年齢を18歳とするのは35カ国で、例外は韓国(19歳)、日本、ニュージーランド(いずれも20歳、日本は調査当時の数字)。先の35カ国は米国、オーストラリア、カナダ、イスラエル、トルコ、チリ、メキシコ、コロンビア、コスタリカ及び欧州諸国だ。また、国連の「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」(1990年発効)は18歳未満を子どもと定義している。
筆者が住む英国では、成年年齢は18歳。未成年者に対する考え方、報道の決まりなどを紹介したい。

早くから大人扱いの社会

 1960年代末まで、英国の成年年齢は21歳だった。判例の積み重ねによって形成された「慣習法(コモンロー)」による。しかし、第2次世界大戦を経て社会が大きく変容する中で若者についての意識も変わっていく。1965年、時の労働党政権は21歳の規定を変更するべきかどうかについて調査委員会を設置した。委員会は国民から広く意見を集め、18歳への引き下げを推奨。これを受けて、69年、イングランド及びウェールズ地方に適用される家族法の改正による引き下げが決まった。北アイルランド地方、スコットランド地方もそれぞれ法改正を経て、英国では18歳が成年年齢となった。

 日本では刑事責任を科しうる年齢は14歳以上だが、英イングランド、ウェールズ、北アイルランドでは10歳以上、スコットランドでは12歳以上である。先の3地方で10歳未満が違法行為を行った場合、夜間外出禁止措置等が取られ、10歳から17歳の未成年者は青少年裁判所で責任を問われる。

 スコットランドの場合は12歳未満は児童審理(チルドレンズ・ヒアリング)の場で処遇が決定される。12歳以上16歳未満の場合、重大な犯罪でない限り、警告、支援団体からのサポート、児童審理での処理が行われる。犯罪の程度によって、「児童の記録者」という職務の担当者が未成年者を児童審理あるいは刑事裁判所に送るかを決める。16歳と17歳の場合は検察官が裁判所に送る、あるいは直接罰則を科すなどを決定する。

 英国内で18歳未満がアルコール飲料を公の場所で飲む・買う行為は違法だ。ただし、パブやレストランで成人とともに食事をしている間、16歳や17歳がビールやワインを飲むことは合法だ。

 結婚する、あるいはシビル・パートナーシップを結ぶことができる最低年齢は、英国では16歳(日本では4月から男女ともに18歳)。軍隊への入隊も16歳から可能だ。車は15歳9カ月で仮免許を取得でき、17歳から運転が可能になる(日本では普通免許は18歳から)。
英国では日本より幼い年齢で刑事責任が問われ、成年年齢、飲酒、婚姻、運転可能な年齢も日本と比較して若干早い。日本と比べると、英国はより早く大人として扱われる社会になっていると言えよう。

未成年者への報道の縛り

 未成年者に対する報道の縛りだが、イングランド・ウェールズが管轄地域となる英検察庁(CPS)のウェブサイトによると、英国の司法制度の根幹には「オープン・ジャスティス(開かれた司法)」という理念がある。司法審理は公の場で行われ、可視化されるべき、という考え方だ。この理念のもと、裁判は公開され、報道機関は審理過程を報道できる。このオープン・ジャスティスの理念は、英国の人権法(1998年成立)と欧州人権条約(1953年発効)による個人の人権擁護と合致している必要がある。

 公開原則の例外の一つが非公開で行われる青少年裁判所での審理である(ただし、報道機関は出席できる)。イングランド・ウェールズの場合、児童及び青少年法(1933年)第49条によって、青少年裁判の被害者、目撃者、被告のいずれかとなった18歳未満の青少年について、個人を特定する情報の報道は自動的に禁止となる。同法第39条を基に、民事及び家族裁判所での未成年の個人情報の報道は裁判所令によって禁止。また、少年司法・刑事証拠法(1999年)の第45条によって、刑事裁判所に出廷する被害者、目撃者、被告となった未成年者の個人情報の報道は裁判所令で禁止される。すべての司法過程において、司法関係者は未成年者の福祉(ウェルフェア)に考慮する義務を持ち、報道の解禁には緊急の社会的必要性などの理由が必要となる。

 スコットランドでは、スコットランド裁判所及び法廷サービス(SCTS)によると、刑事訴訟(スコットランド)法(1995年)が刑事裁判において未成年が被疑者、被害者、目撃者となった場合、個人を特定する情報の報道を禁じている。民事裁判においては、児童及び青少年(スコットランド)法(1937年)を基に、未成年者を特定する情報の報道禁止令を裁判所が出すことができる。

 北アイルランドでは、裁判で未成年者が被害者、目撃者、被疑者・被告となった場合に個人を特定できる情報の報道は自動的に禁止される。刑事裁判(児童)(北アイルランド)令(1998年)などによる。

 地方によって該当する法律は異なるが、未成年者が被害者、目撃者、被告となった場合に個人を特定する報道が自動的にあるいは裁判所令によって禁止される・制限される点は共通している。

英国の自主規制組織「独立新聞基準組織(IPSO)」のサイト
「編集者の報道規約」

 一方、多くの新聞発行元や雑誌出版社が加盟する自主規制組織「独立新聞基準組織(IPSO)」が作成した「編集者の報道規約」によると、「犯罪報道」の項目の中に、「18歳未満が刑事犯罪で逮捕され、青少年裁判所に出廷する前に、編集者は児童の実名報道を一般的に避けた方がよい」と書かれている。「ただし未成年者の名前がすでに公知の事実となっているか、その個人(あるいは16歳未満の場合は成人の保護者など)が情報公開について同意を与えている場合を除く」。そして、「刑事裁判所に出廷する未成年者の場合、あるいは匿名令が解除された場合の実名報道の権利を限定するものではない」と表記されている。

 自動的な報道禁止ではない場合、報道機関側に「実名報道の権利がある」とする考えを示している。青少年裁判所ではなく刑事裁判所に未成年者が被害者、目撃者、あるいは被告として出廷する場合、事件が重大であるという理由から裁判所が匿名令を解くことがあり、この点も反映しているようだ。

禁止が解除されるとき

 では、未成年者についての匿名令が解除されるのは、どんなときなのか。

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