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核兵器禁止条約に向き合わぬ 「広島出身」首相の有言不実行

核と向き合う(下)

宮崎園子 フリーランス記者

 昨年10月1日、私は、調査報道NPO『InFact』(インファクト)のサイトに上下計2本の記事を書き、本誌2022年1月号に、その取材の背景事情や記事配信後の余波などについて「首相あいさつ文の『のり付着』 批判されるべきは誰なのか」と題して寄稿した。

 昨年8月、菅義偉首相(当時)が広島原爆の日の平和記念式典であいさつ文を読み飛ばし、首相周辺が「のりが付着して剥がれない状態だった」と説明したことを受け、情報公開請求であいさつ文の現物を確認した結果、のり付着の痕跡が見つからなかったという内容だった。

 「昨年10月1日」というフレーズを、この原稿の冒頭にあえて持ってきたのには意味がある。この報道が、菅氏が退陣表明をした後になされたことについて「何を今さら」という批判も受けたが、私にとっては、このタイミングにはちゃんと意味があったからだ。

 それは、広島1区選出の自民党衆議院議員、岸田文雄氏がすでに党総裁に選出されており、第100代内閣総理大臣に就任する日を3日後に控えていた時期だったということだ。

拡大自民党総裁選で勝利し、新総裁に決まった際の岸田文雄氏=2021年9月29日

 うつろな目で原爆死没者慰霊碑前に立ち、「広島市」や「原爆」という言葉すら言い間違えたあげく、「唯一の戦争被爆国」「核兵器のない世界」という、少なくともここ数年必ず言及されてきた、首相あいさつの定番フレーズすら読み飛ばした菅氏。そのパフォーマンスのレベルの低さに、一人の広島市民、被爆者遺族として心底ガッカリしたものだ。

 数年前の安倍政権下は、広島と長崎、二つの式典での首相あいさつの原稿がいわゆるコピペだった疑いも浮上した。

 だから私は、「被爆地・広島出身」をいつも強調している岸田氏なら、必ずや立派なあいさつを、慰霊碑の前でするに違いないと思っていた。「『核兵器廃絶がライフワーク』という彼なら、核兵器の完全廃絶を願う広島の人たちの思いを背負ってくれるに違いない。有言実行の政治家であるなら、彼の著書のタイトル通り『核兵器のない世界へ』近づくことができるのでは」と、少なからずの希望を抱いていた。

 だが、その期待は就任1年も経たないうちに見事に裏切られた。首相として初めて迎える夏、広島と長崎の原爆の日での首相あいさつにも、正直期待できない。

 以下、その理由について述べつつ、核兵器禁止条約が発効した世界における「唯一の戦争被爆国」の現在地について、岸田氏のこれまでの公での発言をたどりながら考えていきたい。それにあたっては、核兵器廃絶を願う市民社会の一員であり、彼の地盤・広島1区の有権者であるという私の立ち位置を明確にしておく。

ヒロシマの声「聞く力」どこに

 「国民の声を聞くと言ってるけど、カクワカ広島の声は全然聞いてくれない」

 自民党総裁選の投開票が行われ、岸田文雄新総裁が誕生したのは、昨年9月29日。日付が変わった深夜、広島市中区の安彦恵里香さん(43)はツイッターでそう呟いた。

 若い世代の広島在住・出身者たちが中心となって立ち上げた「核政策を知りたい広島若者有権者の会」(通称・カクワカ広島)の発起人。「核兵器廃絶に向けて、自分たちにできることで何か具体的に行動をしよう」と、2019年1月に発足したグループだ。国民の代表として、国の重要政策を立案決定する立場にある国会議員のうち、広島ゆかりの議員たちに、核兵器廃絶についての考えを直接聞きにいく、そして、その内容をSNSで発信する、という活動を続けてきた。

 岸田氏にも、発足翌月から何度もアプローチを続けていた。事務所の担当者とのやり取りの履歴も、カクワカの公式サイトにて、逐一記録・報告している。

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筆者

宮崎園子

宮崎園子(みやざき・そのこ) フリーランス記者

1977年、広島県生まれ。高校卒業までを香港、アメリカ、東京などで過ごす。慶應義塾大学法学部卒業後、金融機関勤務を経て2002年朝日新聞社入社。神戸、広島、大阪で、警察・司法、災害、原爆・戦争、社会福祉などを取材。21年7月退社。現在、広島を拠点に取材・執筆活動を続ける。著書に『「個」のひろしま 被爆者岡田恵美子の生涯』(西日本出版社)。

※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです