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ガバナンスと公共性の認識 次期会長がなすべきこと

公共放送の行方(1)

上村達男 早稲田大学名誉教授

 NHKは日本社会のあり方に決定的な意義を有する公共財・コモンズである。放送法はNHKをそのような公共的使命を担うものとして位置付けているが、後述のように自律的なガバナンスの仕組みはきわめて脆弱(ぜいじゃく)であり、かつ所管官庁としての総務省が強権を発揮しうるような制度にもなっていない。政治からの独立性・中立性は税金によって運営されないことによって担保されていると一応は言えても、事実上は政治による圧力には弱いのが実情である。

 NHK会長の交代時期を迎えていることでもあり、新しく選任される会長への期待を込めて、以下ではあらためてNHKガバナンスの脆弱性とNHKの公共性の意義について論ずるとともに、放送法の枠内で会長がなしうること、なすべきと思われることについても触れておきたい。

独立性こそ最重要価値

 一定の規模を有する組織は、合理的なルール(ガバナンスシステムという)の遵守による手続き的正義の実現により、経営権・支配権の正当性が担保される。

東京・渋谷のNHK放送センター

 しかし、NHKのガバナンスシステムは驚くほどに脆弱である。通常、NHKほどに公共性が強く求められる事業体であれば、所管官庁に強大な監督権限が付与されているのが普通であり、このことは金融機関や電力事業・鉄道事業等を見れば明らかである。例えば金融庁であれば、金融商品取引所の免許や金融商品取引業者の認可・登録はもとより、個々の営業活動についても、強力な検査・調査権限を背景にきめ細かな業務改善命令権の行使が認められている。

 しかし、NHKの所管官庁である総務省はこうした広範な監督是正権を有していない。NHKが公共的な使命を果たすべきことが放送法によって求められているにもかかわらず、NHKについては、むしろ行政による直接的な介入を最小限のものとするところにこそ公共性の意義が表現されている。

 総務省は現実には、放送法改正作業を行うこと等でその意向を反映させることができるかに見える。現にNHKはいつも総務省の意向に過剰なほどに気を使っているが、立法作業は当然ながら国会の権威によって現実のものとなる。総務省による立法提言も、NHKの政治的中立を侵すような内容であってはならないのも当然であり、そこにも一定の歯止めがある。

 もとより、NHKの運営は受信料という自主財源に基づいてなされるものであり、基本的に税金の使用によるものではないから、選挙によって選ばれた政府・与党というだけでNHKの経営に介入できる立場にはない。政権が代わるごとに放送内容の基本が変わってはならないという経験「知」が高く位置付けられてきたのである。

 NHK予算は国会の同意を必要としているが、それは国民の代表、換言すると視聴者の代表としての国会が年に一度、「ガバナンスの担い手として」NHKの予算編成に関与するのであり、それが国会の承認であり政府の承認でないところに本質的な意義がある。この違いをきちんと弁(わきま)えることこそがNHKを論ずる際に最も重要な視点である。

 万事に言えることであるが、独立性・自律性とは強いものとの関係においてこそ意義を有する。ここでは最強の権力機構である政府に対する独立性こそがNHKに求められる最重要価値である。

 ところで、金融庁のような強力な監督是正権限を有する規制当局も、株式会社としての金融機関に健全なガバナンスシステムが存在し機能していることを前提としており、また上場会社として金融商品取引法上の情報開示・会計・監査・内部統制・不公正取引防止等が十分に機能していることが前提となる。

 日本の国益を守るべく外為法上の外資規制権限を経産省・財務省が有しうることは当然だが、それも、会社法・金融商品取引法上の問題として、例えば超高速取引志向のファンドなどによる株主権行使のあり方がきちんと正されることが先行していなければならない。会社法制・資本市場法制が不十分だから外為法を根拠に経産省・財務省が出張ってくるというのは、市民社会のあり方として間違っている。

 こうした認識を踏まえてNHKのガバナンスを評価するなら、NHKは特殊法人であり株式会社ではないから、会社法上の日々進展しつつあるガバナンス論議は当然には妥当しない。上場企業でもないから金融商品取引法上の諸制度も適用されない。しかも総務省の監督是正権限は意図的に最小のものとされている。株式会社ガバナンス論等との落差を埋めるためのNHKによる事実上の対応がなされていないわけではないが、それはどこまでも会長・理事会による自主的な対応にすぎない。民間においては法令上の要請である諸制度が、NHKにあっては任意のものにすぎない。令和4(2022)年の放送法改正がこの点で一定の前進があったことについては後述するが、なお、NHKのガバナンスのこうした基本構造は変わらない。

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