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「広くあまねく」ネット配信を NHKと民放、競争から協調へ

公共放送の行方(4・完)

奥 律哉 電通総研フェロー、電通メディアイノベーションラボ統括責任者

はじめに

 10月11日、NHKは受信料の約1割の値下げと2023年度末での衛星波の減波など、NHK経営計画(2021~2023年度)の修正を発表した。「5つの重点項目」のうち、「安全・安心を支える」「あまねく伝える」の内容を強化。約1500億円の繰越金を活用し視聴者に還元する。

 NHKの同時配信サービスについては、2015年にスタートした総務省「放送を巡る諸課題に関する検討会(諸課題検)」においてもその是非が問われた。諸課題検では「業務、受信料、ガバナンスの三位一体が不可欠」とされ、議論も5年に及んだ。

Postmodern Studio/Shutterstock.com

 NHKのインターネット活用業務は現在も任意業務と位置付けられ、当初は予算の2・5%、現在は200億円という予算枠内で行われている。そのため、「NHKプラス」も枠内での極めて抑制的なスタートを余儀なくされた。サービス開始時は一日あたり17時間の放送同時配信となり、期待した深夜帯の番組の同時配信は対象外となった。このことに加えて、限られた予算を同時配信に充てるために、NHKの同時配信以外のネット活用業務は厳しい予算カットがなされたと聞く。諸外国と比べて、放送事業者のネット活用が遅れている現状において、このような状況は本末転倒ではないかとの思いを強く持った。その後、民放は日本テレビ系3社がTVer上で同時配信実験を行い、2022年4月にはキー局5系列がそろってTVer上での同時配信サービスを開始させている。

 その後、議論は2021年秋に発足した「デジタル時代における放送制度の在り方に関する検討会(放制検)」で引き続き行われている。現在その傘下に小規模中継局等のブロードバンド等による代替に関する作業チームと公共放送ワーキンググループ(WG)を設置、さらにコンテンツ制作・流通の促進に関するWG(仮)の立ち上げが予定されている。

 本稿では、上記二つの検討会での議論と業務として接するメディア環境に関する様々なデータから得た知見を紹介し、特にNHKと民放の二元体制のなかでの公共放送の行方について押さえるべき現状について整理する。

動画視聴、コロナ禍が拍車

 2020年春先から、新型コロナウイルスによる感染拡大が発生した。コロナ禍の2年半で人々の生活行動は劇的に変化し、テレビ利用やインターネット利用行動の組み換えシフトが発生した。その変化は人々の生活行動の基本である起床在宅時間(家に居て起きている時間)の拡大に起因している。ビデオリサーチ社MCR/exデータ(12~69歳・東京50㎞圏・週平均。以下同)によると、コロナ禍直後の2020年6月では、日中の起床在宅時間は約660分である。前年2019年の約520分から約140分増加している。2020年6月調査は、東京都での東京アラート発出とほぼ同時期に行われた。休校・リモート授業や在宅勤務への急な対応による外出自粛がはっきりと確認できる。同スコアは、2022年では約570分まで減少しているがコロナ前までには戻っていない。

 これに伴い、コロナ禍前後の自宅内メディア接触時間のトレンドは図1のようになる。テレビ接触時間はコロナ禍前の2019年の約165分からコロナ禍直後の2020年には約180分まで増加している。このテレビ接触時間の増加は、先ほど示した起床在宅時間の拡大によって引き起こされている。コロナ禍直後、今まで通勤・通学で日中家に居なかった人々が在宅することになり、自宅内でのテレビ視聴が促進された。同様に同年データでは、PC・タブレット経由のインターネット利用が約31分から約45分に、モバイル経由のインターネット利用が約45分から約76分に増加している。

出典:ビデオリサーチ社MCR/exデータ 2022年6月(東京50km圏) *週平均。

 直近の2022年データでは、テレビ接触時間は約135分まで減少する一方、インターネット接触時間は2020年とほぼ同水準である。外出自粛により在宅していた人々が、テレビを見ても好みの番組に出合えず、ネットやテレビ動画(テレビ画面でのネット動画視聴)を楽しむことにより多くの時間を費やすようになったとも考えられる。このように各メディアの接触時間、特にテレビとインターネットについては、コロナ禍が大きな節目となっていることが確認できる。

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