政治報道は変わったか(3)
2023年01月17日
「政治報道なんていらない」と言われるようになって久しい。政治家は本音を語らず、官僚は表に出ない。国民の視線をさえぎる霧が晴れず、無策のうちに社会が崩れていくとすれば、政治記者への視線が厳しくなるのも当然だろう。フランス人ジャーナリスト、西村カリンさんが抱く政治報道への違和感とはどんなものか、率直に語ってもらった。
――在日のフランス人特派員として、首相官邸の記者会見にも出ていますね。日本の政治報道を間近に見てきて、どんな印象を持っていますか。
西村 日本の政治報道の大きな特徴は、首相や大臣ら政治家の発言が記事の出発点になっていることです。
その理由は、まず定例会見が多いことでしょう。地方なら知事や市長とか、権力者が会見で話すと記事になる。その会見があるのは、記者クラブがあるからです。記者がその場にいるから、発言をもらって記事にする。それは日本の政治報道の一つの特徴だと思います。
内容にも特徴があります。首相が何か言うと、大臣は同じことを言う。逆に大臣が発言すると、首相は同じことを質問された時に同じ答えをする。中身だけでなく、言葉もまったく同じです。そういうことが、ものすごく多いんです。
特派員から見ると、ものすごく違和感があります。しかもその言葉は首相の言葉ではなく、官僚が準備した言葉です。北朝鮮からミサイルが発射され、首相が反応する場合もメモを読みます。同じことが1カ月前に起きていたら、同じ内容を繰り返す。首相は自分の言葉で話すことができないか、許されないか。リスクを恐れて、用意された言葉が安心なのです。自分の考えをはっきりさせない。
――少なくとも、日本のリーダーの言葉という感じはしませんね。
西村 岸田文雄首相という政治家の言葉に、本人のカラーがありません。カラーがあったのは小泉純一郎元首相でした。自分の言葉でパッと言うから海外でも人気がありました。安倍晋三元首相も自分の言葉があったと思います。それ以外の首相は、官僚が書いたまま読むだけなので、海外には報道しにくい。
――日本発のニュースにならない、と。
西村 それが心配です。どこかの国の首相が会見すると、必ず強い言葉を使って全世界でニュースになることが多いんですね。特にG7(主要7カ国)の国々はそうです。日本では会見があっても、それが1時間続いても、記者がたくさん質問しても、そこから何もニュースが出せないことが多い。
――不用意に発言して、批判されたらまずいと政治家は思うんでしょうね。
西村 与党の政治家は失言を恐れています。野党は比較的、強いことを言うんですね。強く言わないと国内でもニュースにならないからです。だけど、彼らも与党になれば慎重に対応しようとするでしょう。日本は「炎上」しやすい国だから、あまりしゃべらないようにする。
――フランスでは違うんですか。
西村 彼らは炎上のリスクをとろうとします。それは文化的な理由もあるでしょう。日本では相手がどう受け止めるかを考えて話します。また、個人よりグループのことを考えて話すんです。
フランス人はまず自分が言いたいことを言う。個人主義者で、自分が目立った方がいい。グループのことはあまり考えない。大統領と大臣が逆のことを言うわけではありませんが、そこに自分のカラーを加え、自分の言葉で話す。日本とフランスではその違いが目立つんです。
もう一つ、日本の政治家は生放送のラジオ番組などにあまり出ませんね。やっぱり、リスクをとらないということが、そこにはあると思います。フランスの特徴として、毎朝、ラジオ局にニュース番組があって、みんな聞いている。フランスはラジオ文化なんです。
そこに毎日、政治家が出ます。大統領も出ます。リスナーから電話で質問があって答えないといけない。逃げることはできません。その能力が必要なんです。だから、フランスの政治家はしゃべるのが得意です。ウソをつくのも得意なんですけど、一応は答える。迷いがないんです。リスナーが「あなたは間違いましたよね」と言っても、「いや、違います」と迷いなく答えるんです。
――日本の政治報道はうまく政治家の発言を引き出せていないと思いますか。
西村 日本は会見で権力者が発言するとニュースになりますが、フランスの政治報道はインタビューの比重が大きいんです。フランスにも会見のニュースはありますが、政治報道のメインではない。生放送で、記者が何かの問題を質問して、政治家にリアクションを求める。
政治家が答えないと「いやいや、質問に答えていません」と記者が言うんです。答えるまで、「それは私の質問の答えじゃない」と記者は質問し続ける。生放送だからリスナーもそれを聞くんです。「ストップ、ストップ。その答えは意味がない。私が聞いたのはこれだ」と。だから、一方的な話にはならないんですね。
日本の政治家は会見で正面から答えようとせず、どうでもいいような答え方をする。追加質問もできない。そんな答えが返ってきたら、別の記者がもう一回、同じ質問をすればいい。「すみません、前の質問に答えなかったからもう一回聞きます」と。だけど、それはしない。
もう一つ、政治家がその質問に答えられない場合、アシスタントがメモを渡すことがあるけど、フランスでは許されません。
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