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伊藤詩織さん中傷投稿に「いいね」 東京高裁判決 苦しみの訴えが開く「人権」の扉

「表現の自由」の公平な配分とは

志田陽子 武蔵野美術大学造形学部教授、東京都立大学システムデザイン学部客員教授

はじめに

 ツイッター上で、ジャーナリストの伊藤詩織氏を中傷する投稿25件に「いいね」を押したことで氏の名誉感情を傷つけたとして、自民党衆院議員(総務政務官)の杉田水脈氏が名誉感情侵害に問われていた裁判の控訴審判決が、2022年10月20日、東京高裁で出された(杉田氏はこれに対し上告した)。判決は、請求を棄却した一審・東京地裁判決を変更し、杉田氏に55万円の支払いを命じた。この判決は、裁判で「いいね」の違法性が認められた初めてのケースとみられることから、多くの注目を浴びた。

控訴審で逆転判決を勝ち取り会見する伊藤詩織さん=2022年10月20日、東京・霞が関

 この判決をめぐって、ツイッター上では、うっかり「いいね」を押しただけで不法行為とされるのか、SNS参加者の表現活動を萎縮させるものではないか、と危惧する声も上がったが、そこは丁寧に判決を見る必要がある。

 今、SNSにおける誹謗(ひぼう)中傷問題が社会的にクローズアップされ、法学的には非常に高度な技術的議論が展開されている。一部には、表現の「自由」を重く見る議論を、被害者や弱者の悩みを軽視して加害者の「自由」ばかりを擁護する議論とみるかのような論調も散見される。こうした中では、「表現の自由」というイシューが持つ意義を常に確認し、その地図の中にそれぞれの問題を位置づけることが必要である。このような視点から、10月20日に出された判決の意義について考察してみたい。

1.二つの控訴審判決

(1)10月20日「いいね」判決

 判決(注1)によると、杉田氏は2018年6月から7月ごろにかけて、ツイッター上で伊藤氏を中傷した第三者の投稿計25件に「いいね」を押していた。これを伊藤氏が名誉感情の侵害に当たるとして訴えていたのだが、2022年3月の一審・東京地裁判決は、ツイッター上の「いいね」について「必ずしも内容への好意的・肯定的な感情を示すものではない」との一般論を重視し、「感情の対象や程度は特定できず、非常に抽象的、多義的な表現行為にとどまる」として伊藤氏の請求を棄却した。この一審判決は、感情の程度が特定できる場合や、加害の意図を持って執拗(しつよう)に繰り返されたりした場合に限って違法性が認められる余地があることを示唆したが、この件はそれには該当しないと判断した。

参院予算委員会で答弁に臨む杉田水脈総務政務官(当時)=2022年12月2日、国会内

 これに対して、2022年10月の控訴審判決は、「いいね」に関する一般論としては一審・東京地裁の見解を支持しつつ、この件については、問題となった「いいね」の背景・文脈を総合的に勘案して、その加害意図を認定した。具体的には、杉田氏がネット番組などで伊藤氏を揶揄(やゆ)していたことなどに着目し、杉田氏が「いいね」を押した投稿は「さしたる根拠もなく伊藤氏が性被害を受けたとの事実を否定した上で、揶揄、中傷し、人格をおとしめようとするもの」であったことを重視し、これらに「いいね」を押した行為について「積極的に名誉感情を害する意図」を認めた。現在のツイッターの仕様では、ある投稿に対してユーザーが「いいね」を押すと、その投稿の内容が自分のフォロワーに拡散される。この機能を使えば、ある人物に苦痛を生じさせる内容の投稿に「いいね」を押して、拡散させることができてしまう。したがって、「いいね」を押す行為は、フォロワーに対して、その投稿内容に賛意を示す「表現行為」と見たのだと理解してよいと思う。

 さらに判決は、杉田氏が約11万人(当時)のフォロワーを持つ国会議員であることから、「一般人に比較し得ない影響力」があるという客観面にも着目し、「社会通念上許される限度を超えた侮辱行為と認められる」との判断を示した。

 この判決を考えるにあたっては、その理論的前提として、「いいね」が押された言論のほうも見ておく必要がある。

(2)2022年11月10日判決

 杉田氏が計25件の「いいね」を押していたのは、ツイッター上の匿名アカウントによる中傷投稿だった。杉田氏が「いいね」をつけた投稿は、いくつかの新聞が具体的な言葉を伏せるほど、差別・侮蔑の度合いの酷いものが並んでいる。本稿が掲載されるのはとくに専門性の高いメディア誌であることから、あえて具体的な言葉を報じた記事から一部を引用すると、「枕営業の失敗」「自分の望みが叶わないと相手をレイプ魔呼ばわりした卑怯者」「カネをつかまされた工作員」などといった内容である。

 この裁判では、「いいね」の対象となった投稿の発信者は特定されていない。しかし、この種の発言内容が法的にどう評価されるものであるかは、2022年11月10日に東京高裁で出された名誉毀損訴訟の控訴審判決を見るとわかる。ここでは、漫画家のはすみとしこ氏と、その投稿をリツイートした男性に対して不法行為性(損害賠償責任)が認められた。控訴審では、はすみ氏に対し、一審の88万円から増額して110万円の支払いを命じている。

 一審判決によると、はすみ氏は2017年6月から19年12月まで、伊藤氏とみられる女性の似顔絵に「枕営業大失敗」などとするキャプション(文字)をつけたイラストなど5件を投稿した。一審判決はこれらの投稿について、伊藤氏が「(性被害に遭ったという)虚偽の事実を述べる人物であるなどの印象を一般の読者に与える」ものであり、「社会的評価を低下させるもの」だと認め、「社会通念上許容される限度を超えた侮辱行為」として、名誉毀損との判断を示した。

 この一審判決は、イラストの絵の描きぶりについて名誉毀損を認めたわけではなく、投稿された画像をキャプションと一体化した漫画イラストとして判断対象としている。

 ここでは被告のはすみ氏が「これは風刺漫画だ」と主張していた。日本の法律では「風刺」というジャンルを特別扱いして保護する制度や法理論はない。しかし被告は、犯罪や裁判など《公共性のある論題ついて表現したもの》という趣旨でこのことを主張していた。

 この裁判は民事裁判なのだが、名誉毀損が成立するかどうかについては、刑法230条と230条の2の名誉毀損の条文を参照して判断する。それに沿うと、このイラストに付けられた言葉は、まずは230条によって名誉毀損に該当する。しかし、それが(犯罪や裁判など)公共の関心事にかかわる内容だったときには、それが真実だった場合に限り、名誉毀損に問わない、というルールが230条の2にある。被告はそこを主張した。

 これに対し裁判所は、被告(はすみ氏)が原告(伊藤氏)の性被害告発を「虚偽の告発だ」と決めつける根拠は十分でないとして、被告の投稿は名誉毀損の成立を免れない、と判断した。

 はすみ氏の投稿内容が十分な調査確認を前提としたものではない以上、名誉毀損を免れないと判断されるのは、これまでの先例から見て自然な流れだった。しかしその判断がSNS上の個人投稿にも及ぶことが明らかになった点では、SNS誹謗中傷訴訟というジャンルに基本的な筋道をつけた重要判決というべきである。

 この一審判決に対してはすみ氏と男性1人が控訴しており、これに対する判決が11月10日の判決(注2)だった。ここで高裁判決は一審判決を支持し、これらのツイートやイラストの表現について、「名誉権及び名誉感情の侵害の程度が著しく、被控訴人が被った精神的苦痛の程度は多大なものというべき」「社会通念上許される限度を超える侮辱行為であると認めるのが相当」と判断した。

 「いいね」を名誉毀損(名誉感情侵害)と認める10月20日の判決の理論的な前提には、名誉毀損に該当する言論内容について、こうした裁判所の判断があり、また、杉田氏自身もこれとほぼ同趣旨の侮辱的な発言を行っていた、という事実がある。東京高裁判決はこうした事実との総合で初めて「いいね」の加害意図と、発言の社会的影響力からする害悪性を認定したのであり、備忘録程度の「いいね」や、なんとなく押した「いいね」までを不法行為とするような漠然とした根拠で判決を出したわけではなかった。

注1 東京高判2022(令和4)年10月20日、本稿執筆時点で判例集未収録。筆者もまだ判決文を入手できていないため、朝日新聞、毎日新聞、東京新聞、時事ドットコム、弁護士ドットコム、ハフポスト日本版などの報道から判決内容の情報を得ている。

注2 東京高判2022(令和4)年11月10日、本稿執筆時点で判例集未収録。右注1に同じ。

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