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なぜ、原発回帰か 「難しい話」の先入観捨てて ジャーナリズムは本質探求を

樋口英明 元福井地裁裁判長

 ここ3年、コロナ禍で暗い話題が続きましたが、そのような中で明るい話題を提供し続けてくれたのが大谷翔平選手でした。二刀流の大谷選手は昨年、規定投球回数にも規定打席数にも達したことで、100年以上にわたる大リーグの歴史の中で初めてという大偉業を成し遂げました。野球の発祥地のアメリカにおいて、この100年余の間に大谷選手以上の才能を持った野球選手はきっといたはずなのにです。

 大谷選手の座右の銘は「先入観は可能を不可能にする」です。「プロ野球では、投手と打者の両立は不可能である」という先入観によって多くの選手の可能性の芽が摘まれてしまったと思います。大谷選手の高校時代の佐々木洋監督も日本ハムの栗山英樹監督もこの先入観を持っていませんでした。だから大谷選手はとんでもない偉業を達成できたのです。

 本稿での私の話は原発の話です。地震の話も裁判の話も出てきます。きっと難しい話に違いないという先入観を持った途端に私の話は頭に入ってこなくなります。まず、この先入観を捨ててください。原発の問題はシンプルであり、原発差し止め訴訟は高度の専門技術裁判ではありません。

管理を失敗すれば被害甚大

 原発の話はシンプルです。知ってほしい本質的なことは、まず、原発は人が管理し続けなければならないということです。そして管理することに失敗した場合の被害は例えようもなく甚大であるということです。

大飯原発の運転差し止めを命ずる判決を報じた朝日新聞=2014年5月22日付朝刊1面

 原発の技術は根本的に他の技術と異なるのです。地震の際に、火力発電所では火を止めれば安全になります。たとえ火を消すことに失敗しても燃料が燃え尽きれば安全になります。他の技術のほとんどがそうなのです。他方、原発は地震の際に「止める」「冷やす」「閉じ込める」という安全3原則を守らなければなりません。核分裂反応を止めただけでは安全になりません。止めた後においても、電気と水で原子炉を冷やし続けてこれを管理し続けない限り、必ず過酷事故になるのです。大部分の技術が運転の停止という単純な操作によって、事故の拡大要因の大部分が除去されるのに対し、原発は運転を止めるだけでは安全性が確保できず、その後も継続して管理し続けなければ過酷事故になるというところに原発に内在する特有の危険性があるのです。原発は私たちの常識が通用しない技術なのです。

 他の技術は一見危険そうに見えても頑丈な檻(おり)の中のライオンです。人が水と食料を与えなければ死んでしまいます。しかし、原発は、人が水と電気を与えて管理している限りはおとなしくしていますが、その管理を続けないと、檻を破って暴れ出します。停電や断水しただけでそのゴジラのような存在は檻を破って暴れ出します。暴れ出すと、誰にも止めることができず、被害の大きさは甚大で我が国を滅ぼしかねないのです。原発問題はエネルギー問題でも、環境問題でもありますが、根本的には原発は国防問題なのです。短期間に国を滅ぼしうるものは、戦争と原発事故しかありません。福島原発事故当時、菅直人総理も、原子力委員会委員長も福島第一原発の吉田昌郎所長も「東日本壊滅」を覚悟したのです。菅総理はその際には外国の介入の可能性も考えたのです。

 そして、原発の本質が国防問題であることは、ロシアのウクライナ侵攻を機にますます明らかになりました。多くの兵士たちも多くの日本人と同じくザポリージャ原発の原子炉に砲弾が当たらない限り過酷事故にはならないと思っています。しかし、砲弾が電気系統に当たって原子炉を冷やし続けることができなくなると過酷事故になるのです。

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