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心証を立証、挑んだ調査報道 アサリの産地偽装を追って

地方からの問い(下)

吉田駿平 CBCテレビ 東京支社営業部

 全国で販売されていた「熊本産」の活(かつ)アサリ、そのほとんどが「中国産」だった。CBCテレビの記者だった私が5年間にわたって追い続けたこのニュースは2022年、大きな社会問題に発展した。熊本県の蒲島郁夫知事は「生産者と消費者の関係を破壊する犯罪行為だ」として、天然の県産アサリを2カ月間出荷停止にし、農水省の金子原二郎大臣(当時)は会見で「熊本産アサリの約97%に外国産が混入している可能性が高い」と発表。急きょ熊本産として売られていたアサリのラベルを中国産に貼り替えるスーパーが相次ぐなど、食品表示に対する消費者の信頼を揺るがす事態となった。

熊本県産と表示され、スーパーで販売されていたアサリ(バーコードにモザイクをかけています)=2022年2月2日

 CBCテレビの放送エリアは、基本的には愛知・岐阜・三重の東海3県。そんなローカル局で、なぜエリア外の問題である熊本産アサリの産地偽装を追うことになったのか。取材を始めたきっかけから説明したい。

 記者3年目の16年7月、私は愛知県の南東部にある豊橋支社に赴任することになった。支社の記者は私一人。ニュースのネタ探しに追われる中で、関心を持ったのが特産品の「三河アサリ」だった。知多半島と渥美半島に囲まれた三河湾は、外海から良質なプランクトンが流れ込み、全国でも有数の天然アサリの漁場となっている。温暖化などにより日本国内でアサリの漁獲量が激減する中、貴重な資源を守るために奔走する漁師たちがいることを知り、17年2月から約1カ月、密着取材を行った。彼らが「世界一のアサリ」と胸を張る肉厚なアサリを取材中に振る舞ってもらった。こんなにおいしいアサリがあるのだ、と感動していると、衝撃的な言葉を聞かされた。「中国や韓国から輸入したアサリが熊本産と偽装されて売られている。消費者は安い熊本産を選ぶので愛知産はなかなか買い手がつかない」

 何を根拠に言っているのか? アサリに長年携わる漁師や業者なら、貝殻を見ればすぐに分かるのだという。アサリは生息地によって貝殻の色や模様が異なる。熊本の固有種は白と黒のまだら模様が特徴で、業界内では「ホルスタイン柄」と呼ばれている。一方、中国や韓国の大陸アサリは灰色がかった「セメント色」が特徴と言われている。スーパーにセメント色をした「熊本産」アサリが多く並んでいることに、漁師たちはみな違和感を覚えていた。

 スーパーや市場を回ってみると、たしかに全国一の漁獲量を誇る愛知産より、水揚げが圧倒的に少ないはずの熊本産アサリが大量に、しかも安く流通していた。一方、統計上は国内全体の漁獲量をはるかに上回る量を輸入している中国産や韓国産の活アサリは、まったく見当たらなかった。売られているのを「見たことがある」という人すらいなかった。輸入アサリが流通の過程ですべて熊本産に書き換えられているのだとしたら、前代未聞の大規模な産地偽装問題に違いない。真面目に取り組む漁業者が割を食っている状況を見過ごすわけにはいかず、取材を始めることにした。

蓄養の実態、どう解明

 調査報道にチャレンジしてみたいという気持ちもあった。私は豊橋支社に赴任するまでは愛知県警担当記者、いわゆる「サツ回り」をしていた。警察官に食い込んでリークを狙い、他社との競争に明け暮れる日々に、それはそれでやりがいを感じてはいたのだが、当局に都合よく利用されているだけではないか、という疑問も抱き始めていた。

 CBCテレビが属するJNN系列には、 TBSテレビや毎日放送をはじめ調査報道に熱心に取り組んでいる局が多く、私も研修などで取材手法を学ぶ機会があった。いつかは当局に頼らず自らの力で隠れた事実を掘り起こしたいと思っていた矢先に耳にしたのが、この熊本産アサリの産地偽装疑惑だった。

 意気揚々と取材を始めたものの、思うようには進まなかった。中国や韓国のアサリは、輸入業者、卸売業者、小売店など複数の業者を経由して消費者に届く。流通のどの段階で、どのようにして産地が書き換えられるのか、外からは調べようがなかった。関係者に話を聞こうにも、記者だと名乗ると相手にしてもらえない。産地偽装の実態を把握することは、当初は雲をつかむような話だった。それでも、関係者を訪ね回る中で「アサリの産地偽装は業界の常識だ」とオフレコでは内情を話してくれる人もおり、偽装がかなり広い範囲で行われているという心証は得られた。

 それをどうやって立証し、視聴者を説得させられるか。私が最初に考えたのは、スーパーで売られている熊本産アサリをDNA検査にかける方法だった。アサリは生息地によって、貝殻の色や模様だけでなく、DNAにも違いがあることが分かっている。熊本産と表示されたアサリの中に、中国や韓国のDNA型が混じっていれば、産地偽装を証明できると考えたのだ。

 しかし、この手法には限界があることが分かった。食品表示法に基づく国の基準では、水産物を2カ所以上で育てた場合、生育期間が最も長い場所が「産地」となる(通称「長いところルール」)。つまり、熊本産アサリの中に、中国生まれの個体が混じっていたとしても、熊本の海でより長い期間育てた、と業者に反論されればおしまいだ。

 輸入アサリを鮮度回復などの目的で日本の海に一定期間放流することを「蓄養」という。蓄養は外部からは見えない場所で行われていることが多く、どのくらいの期間アサリを置いているかなど、その実態はごく一部の関係者しか知らないようだった。蓄養の実態を暴かない限り、産地偽装を立証することはできない。そう考えて、取材の矛先を蓄養が行われている場所を特定することに向けた。とはいえ、部員数50人ほどのCBCテレビ報道部では、いつ放送できるかも分からないアサリ産地偽装の取材に専念することなど当然できず、他の取材が一段落ついた時などに関係者を探して少しずつ情報を集めた。

 取材を始めて2年後の19年4月、私は蓄養場を撮影するため、カメラマンとともに熊本へ向かった。事前にピンポイントで場所を特定できていたわけではなかった。しかし、蓄養はゴールデンウィーク前の4月中旬ごろに最も盛んに行われるという情報を得ていたので、この機会を逃すわけにはいかないと思い、当たりを付けていた数カ所を順番に張り込んでみることにした。撮影に失敗した時のためのプランBも用意して、熊本行きを許可してもらうよう上司に掛け合った。

 張り込み先の一つ、熊本県北部の海岸で、私たちは驚きの光景を目の当たりにした。深夜、アサリを積んだ巨大なコンテナが運び込まれ、大量のアサリを次々と干潟に撒(ま)き始めたのだ。そのすぐ横では、稲刈りに使うコンバインのような機械を使って、以前撒かれたアサリを回収している。回収されたアサリはトラックに積み込まれ出荷される。蓄養行為の一部始終をカメラに収めることができた。その規模感に圧倒されたが、蓄養そのものは違法ではない。蓄養を悪用して産地を違法に書き換える行為が違法なのだ。

 その後も数日にわたって蓄養場周辺で取材を続け、現場にいた作業員や業者たちから決定的な証言を得ることができた。

 「中国で1年以上育ったアサリを干潟に入れ、長くても2週間で出荷する」「日本の海水温は中国より高いのでそれ以上、干潟に置いておくと死滅してしまう」「本当は中国産で出荷しなければならないが、どれくらい蓄養していたかは調べようがないので、どの業者も熊本産と偽って売っている。正直者が馬鹿を見る業界だ」

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