駒村圭吾(こまむら・けいご) 慶應義塾大学法学部教授
1960年、東京都生まれ。慶應義塾大学法学部卒。法学博士。2005年から現職。慶應義塾高等学校長、慶應義塾常任理事等を歴任。専攻は憲法。ハーヴァード大学ライシャワー日本研究所憲法改正リサーチプロジェクト諮問委員。編著書に、『憲法訴訟の現代的転回』(日本評論社)、『テクストとしての判決』(有斐閣)、『「憲法改正」の比較政治学』(弘文堂)など。
※プロフィールは、論座に執筆した当時のものです
国家機密とジャーナリズム
表題のトピックを語るのに、いわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ事件」を引き合いに出すのはあまりにも定石に過ぎるかもしれない。「なんだ、またかぁ」と思われる向きもいるだろう。ベトナム戦争の長期化に揺れる、激動の1960年代末期アメリカも徐々に私たちの記憶から遠のきつつあり、この事件の衝撃も薄らいでいく中、数年前に、スピルバーグが映画化して話題になったこともあるので、やはりここは同事件を素材に語ることをお許しいただきたい。
「西山事件(外務省機密漏洩事件)」を引き合いに出すことも同様だろう。ペンタゴン・ペーパーズ事件と同時期、沖縄返還協定で揺れる70年代初頭の日本もまた徐々に遠くなりつつあるが、国家機密を入手した毎日新聞の西山太吉記者(当時)も、近年、立て続けに「遺言」や「最後の告白」を上梓されておられるので、これもここで取り上げないわけにいかないだろう(*)。
というわけで、〝飽きた〟と言われようが、〝お約束〟と揶揄されようが、歴史の流れの中でその輝きを完全に失うことなく、依然として、間欠的に、そして装いも新たに映画や書籍となって、世情に浮かび上がってくる、この二つの重大事案を使わせていただくことにする。ただ、従来とは少し違った角度を強調しながら語るつもりなので、しばらくお付き合い願いたい。
ペンタゴン・ペーパーズとは、長期化するベトナム戦争の泥沼にはまり込んだ60年代後半、ジョンソン政権で国防長官を務めていたロバート・マクナマラが徐々に軍事介入に懐疑的になり、部下に命じて極秘裏に作成させたものである。1945~67年に至る介入の過程を膨大な機密文書とともに整理したもので、全47巻7000頁に及ぶ。そこには、秘密工作の数々、フランスの植民地奪還に加担するアメリカの帝国主義的行動、介入に対する曖昧な態度等が記されており、とりわけ、政府がアメリカ国民に語ってきたことと全く異なる介入の実相が描かれていた。
当時、ランド研究所に勤務していたダニエル・エルズバーグは、政府職員だったころ、このペンタゴン・ペーパーズの執筆に携わったことのある人物であったが、ベトナム戦争のハンドリングを選挙のために利用することだけを腐心した歴代大統領たちが、国民を欺き、若者を大義なき戦争に動員し続けていることを阻止するため、この機密文書を無断で持ち出した。エルズバーグは、国務省職員としてベトナムを従軍視察した際に知遇を得たニューヨーク・タイムズのニール・シーハン記者にこの複写を渡し、曲折を経て、71年6月13日、同紙がこの機密文書を報道するに至ったのである(その後、翌14日に続報が掲載され、その後随時連載される予定であった)。
ニクソン政権は裁判所に掲載の差し止めをたて続けに求めたが、エルズバーグは先回りし、反戦活動家たちの協力も得て、次々にアメリカの主要メディアにコピーを手渡した。ワシントン・ポストがニューヨーク・タイムズに続き、ワシントン・ポストが止められると今度はボストン・グローブがバトンを引き継ぎ、とうとうダムが決壊するように、同年6月24日、ロサンゼルス・タイムズを含む8紙が機密文書を報道するに至ったのである。連邦最高裁は、同年6月30日に連邦憲法修正1条の言論出版の自由を根拠に差し止め請求を棄却した。報道側の勝利に終わったのである。
このとき、ニューヨーク・タイムズ(以下、タイムズ)の弁護を引き受けたのがフロイド・エイブラムズ弁護士である。彼は後年、ある書物においてこの事件を回顧する箇所で、同事件とは直接の関係がない、あるテレビ番組を紹介している。それはベトナム戦争終結からおよそ10年を経た、87年に行われたパネル・ディスカッション番組で、北コサンと南コサン(明らかに南北朝鮮を想定している)の戦争においてアメリカが南側に加担しているという設定の仮想事例を素材にするものであった(Abrams 2017, pp. 118-121)。
司会者がパネリストのひとりであるABCのニュースアンカー、ピーター・ジェニングスに対して、「北コサンが従軍取材に応じると言ったら行きますか?」と問うと、彼は「はい」と答えた。次いで、「北コサンが今夜南コサン兵たちを待ち伏せにすると言っています。カメラを回しますか?」と問われて、「もちろん」と応じた。そして、「待ち伏せしていると南コサン兵とともにアメリカ軍の兵士も一緒にやってきます。それでも撮影しますか?」と問われたとき、ジェニングスは15秒ほどの沈黙の後、「しないと思います。むしろアメリカ兵に事態を警告するように試みます」と答えたのだ。
これに対し、同席していたCBSキャスターで俳優でもあるマイク・ウォレスは「ピーター、驚いたなあ。君はリポーターなんだよ。ストーリーを取材しようとしないなんて信じられないよ」と非難したのである。司会者が「でも、この場合、兵士に警告する高次の義務があるのでは?」と訊くと、ウォレスは「高次の義務なんてものはないよ」と応じた。
このやりとりをフロアで聴いていたベトナム従軍経験のある元海兵隊大佐が発言した。「待ち伏せ作戦が終了して、あなたたちの誰かが負傷して動けなくなったら、救出命令が下るでしょう。私は部下を送り出し、部下の何人かは戦死します。あなたたち……つまり、ジャーナリストを救出するためにね」
ペンタゴン・ペーパーズ事件との関連でエイブラムズがこのやりとりを紹介した意図は明白であろう。右のやりとりに現れている葛藤こそ、国家機密の暴露をするジャーナリストたちに求められるものであると彼は言いたいのである。国家機密を入手できるか否かと同様に、あるいはそれ以上に、国家機密を暴露するか否かの判断は、胸の痛む、とても重いものだ(wrenching)ということを記者たちは銘記すべきだと(Abrams 2017, p.122)。