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DCHの恐怖、窒素封入配管の開放を進言… 福島原発最悪の夜

奥山 俊宏

 2011年3月15日未明、東京・霞が関の経済産業省別館3階・緊急時対応センターに、阿部清治(きよはる)(当時64)はいた。その4年前まで阿部が同省の審議官だった時の部下で、原子力安全・保安院の次長を務める平岡英治(えいじ)(同55)が目の前にいた。

 ケースによっては、とんでもないことが起きる。これは予測できない。

 平岡の記憶によれば、阿部は必死の形相でそう訴えた。

拡大福島第一原発2号機(左手前)。原子炉建屋の壁にできた開口部から白煙が出ている=2011年4月10日撮影、翌11日に同社が記者団に提供

 その3日半前、東京電力福島第一原発は大津波に襲われた。1号機、3号機の原子炉建屋が爆発。周囲20キロの住民に避難が指示されている。が、それとは次元の異なる広範囲で避難が必要となる事態を阿部は恐れているというのだ。

「とんでもないこと」ってどういうことですか?

 保安院ナンバー2の平岡は阿部にそう尋ねた。

DCH――。

 炉心溶融事故の専門家である阿部はそう答えた。

拡大国際原子力機関(IAEA)の会合に臨む阿部清治(中央)。随行の東京電力・矢作公利(やはぎ きみとし)(左)とともに、日本政府代表の保安院審議官・中村幸一郎(右)を補佐した=2011年4月4日、オーストリアのウィーン、IAEA事務局Dean Calma撮影

 その時、2号機の原子炉圧力容器に冷却水はほとんどない。圧力容器に収まる核燃料から数千キロワット相当の熱が出続けているのにそれを冷やすことができず、空だき状態。しかも炉内は気圧の20~30倍もの高圧。消防車のポンプで水を押し込もうとしても、圧力の高さに負けて水が入らない。

拡大
 そんな状態のまま、溶融した燃料で原子炉圧力容器に穴が開いたらどうなるか。かつて日本原子力研究所にいた時、阿部はそれを計算したことがあった。溶融物は格納容器下部の圧力抑制室に吸い込まれるように流れ、そこにあるプール水で冷やされる、との結論だった。だが、その結果は多くの仮定の下で算出されたものだ。過酷な現実を前に、阿部は自分の昔の計算に自信を持てないでいた。

 もし溶融物がばらばらの破片となって穴から噴出し、高圧を背に格納容器の中に飛び散って、その熱が直接、容器内のガスに急激に伝わったら一体どうなるか。既に設計上の最高使用圧力を大きく超えていた格納容器の内圧はさらに急上昇し、一気に壁を破り、すさまじい上昇気流で原子炉の中身が空高く吹き飛ばされる――。そんな可能性も捨てきれない。

 飛行機の窓が割れたときに機外との圧力差で機内の人や物が外に吸い出されてしまう、そんな映画のシーンを阿部は思い浮かべていた。機外との圧力差が1気圧に満たないはずなのにあのようになるのならば、圧力容器と格納容器の内圧の差が10気圧を超えるような場合は、もっとすさまじいことになるだろうと推測できる。

 「ダイレクト・コンテインメント・ヒーティング(Direct Containment Heating)」の頭文字をとってDCH。英単語の順に従った「直接 格納容器 加熱」ではなく、あえて語順を変えて「格納容器 直接 加熱」と訳したのは阿部自身だ。

拡大元原子力安全・保安院次長の平岡英治
 すでに1号機と3号機で原子炉建屋が爆発し、放射性物質の放出が続いている。が、放射性物質の大部分は容器内にとどまっていた。ところが、2号機では、「DCHによる格納容器の過圧破損」、つまり、原子炉そのものに穴が開き、漏洩どころではない、大放出が起きる恐れがないとは言いきれない。可能性はそれほど高くないとしても、東京が放射能で汚染され、避難が必要になるような事態もあり得る。阿部はそれを恐れたのだ。

 平岡は阿部の説明を聞いて状況の深刻さを改めて認識した。

阿部:圧力下げなきゃ大変なことになる。
平岡:それは分かっているんですけど、では、具体的な手段はあるんですか。
阿部:ぶちこわしてでも何をしてでも、とにかく圧力を下げなきゃいけない。東電とも話したが、方法はある。
平岡:方法があるんでしたら、それが技術的に可能か、官邸に班目(まだらめ)委員長がいらっしゃるので、議論してもらえませんか。

 阿部自身はほとんど記憶していないと言うが、平岡によれば、強い調子でそんなやりとりがあった。

拡大2号機の圧力や水位の変化について保安院の分析チームが事故の最中に作成したグラフ。11年3月14日午後に水位が急落し、同日深夜から15日未明にかけて炉圧が乱高下した=情報公開法に基づき原子力安全・保安院が2011年暮れに記者に開示

 原発の安全規制に40年余にわたって関わった原子炉事故研究者、阿部清治(75)の目を通し、日本が原子力にどう向き合ってきたか、その現場を5回の連載でたどる。この原稿は、2021年3月15日の朝日新聞夕刊に掲載された原稿に大幅加筆したその第1回。敬称はすべて略す。
 第2回は「原発『安全研究』は事故リスク解析、米スリーマイル島事故が転機に」。
 第3回は「桁違いに大きい地震の原発事故リスクに『安全目標』未達? 見送られた津波対策」
 第4回は「原発の安全規制で『戦争』を想定外にしていい理由は? 『我々、福島で痛い目に』」。
 第5回は「『それでも、いつかどこかで原発事故は起きる』 想像力を養い、弱点見抜け」。

拡大経産省別館3階の案内板

 経産省別館3階の別室ではそのとき、北海道大学教授の杉山憲一郎や保安院出身の経産省職員、阿部の勤務先だった独立行政法人・原子力安全基盤機構(JNES)の専門家が、緊急時対応センターからやや距離を置いて、圧力や水位の推移をグラフに描き、起こり得る事態の予測に努めていた。杉山によれば、3月14日、JNESの事務所に杉山が出向いて、「保安院に来てアドバイスしてほしいと中の人が言ってますよ」と阿部に話した。これに加えて、保安院行きを渋る阿部の様子について杉山から「向こうは向こうで忙しいみたいで」と伝えられた保安院の幹部も、阿部に電話をかけたようだ。その結果、14日の夜、阿部はその別室になかば無理やりに引き入れられたのだ。

 2号機の格納容器に窒素を封入するための配管を建屋の外で開けて内部のガスを抜く方法は、福島第一の現場をよく知る保安院出身の経産省職員から提案があった。海方向に風が吹くのを見計らってそれを行えば、汚染は最小限に抑えられる。

拡大班目春樹・元原子力安全委員長
 平岡によれば、そうした具体的な方法について阿部から説明を受けた記憶はない。平岡は、格納容器の圧力を抜く方法についてそれが本当に実現可能なのか、専門家同士で議論してほしいと考え、原子力安全委員長・班目春樹の名前を出した。平岡は、班目に電話をかけて阿部に取り次ぐ心づもりがあった。が、阿部は班目と話そうとせず、そのまま引き下がった。

拡大首相官邸

 実は、半日あまり前の14日午前、阿部は官邸にいた。近い将来きっと出てくるであろう汚染水を外海に漏出させないようにするための、あるアイデアを提案するためだった。

 福島第一原発の前面にある専用港の入り口に古い船を沈めて、その上にコンクリートを流し込んで、港を封鎖する――。

拡大福島第一原発の東側の前面にある専用港とその防波堤=2015年3月3日午後3時42分、朝日新聞社ヘリ「はやどり」から奥山俊宏撮影

 日露戦争の際にロシア艦隊のいる旅順港を閉塞しようと、日本海軍が、港の入り口に船を沈める作戦を実施した、その史実からヒントを得て、自衛隊出身のJNES職員から提案があったのだ。

 3月14日時点ではそうではなかったが、20日以降、放射能汚染水の海への流出をどうやって食い止めるかが、福島第一原発にとって喫緊の課題として浮かび上がっていく。冷却のために原子炉に入れた水がどこからか炉の外のタービン建屋に漏れ出し、さらには敷地内のトレンチに漏れていることがわかり、それに前後して、近隣の海の水から規制の基準値を大きく超える放射能汚染が検出されることになるのだが、それらはいずれも3月20日以降のことだ。

 それより1週間早い3月14日午前、福島第一原発前面の専用港を閉塞できるかどうかその実現可能性を検討しているとき、「原子力安全委員会に行って説明するように」との話があり、阿部は霞が関に足を運んだ。が、その原子力安全委員会に委員長の班目はいなかった。今度は「直ちに官邸に行って説明せよ」との話があり、阿部は永田町に向かった。阿部は「こんな思いつきだけの提案を持ち込むのには抵抗があった」という。けれども、ともかく、班目や菅直人首相らのいる官邸に入った。

 なかば予想していたことではあったが、官邸は「こんなに忙しいところに何しに来た!」との空気だった。阿部自身、中途半端な案を持ってこざるを得なかったことを適切とは思っていなかった。とはいえ、官邸に「横からの提案」を検討する気配はなく、阿部は、まったく相手にされなかった、と感じた。

 その半日ほど後の15日未明のことだった。DCHの恐れとその予防策の提案をめぐって、平岡から「官邸に班目委員長がいらっしゃるので、議論してもらえませんか」と勧められたのだ。それきり阿部は引き下がった。

 なぜ引き下がったのか。阿部によれば、昼間見た官邸の雰囲気からして、進言が受け付けられそうにないと思われた。それに加え、別の躊躇があった。排気筒ではなく建屋のそばの地上で格納容器内部のガスを噴き出させれば、東京など広範囲の汚染は防げるだろうが、建屋の周りは確実に強い放射能で汚染され、現場での注水などの作業を中断せざるを得なくなる。事故の最中はわからないことが多く、その不確実さを抱えながら意思決定しなくてはならない。そこにも困難があった。

 一方、平岡は、格納容器の圧力を抜く方法があるのだったら、政府の指示を受けなくても、当然、東電が自分でやるはずだと思っていた。DCHで格納容器が破壊されれば大変な被害になるおそれがあるという具体的なイメージを阿部の説明で理解することができたが、平岡が欲していたのは実現可能な具体的な手段の提案だった。平岡は「これは無理だ」と思った。

 手の打ちようがない状態だった。遠からずどこかから圧力は抜ける。平岡も阿部も、運を天に任せ、その「何か」が起きるのを待つしかなかった。(次回につづく

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。2013年から朝日新聞編集委員。2022年から上智大学教授(文学部新聞学科)。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。近刊の著書に『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年4月)。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
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※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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