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原発の安全規制で「戦争」を想定外にしていい理由は? 「我々、福島で痛い目に」

奥山 俊宏

拡大原子力規制委員会の検討チームで発言する阿部清治=2015年12月10日、東京都港区六本木1丁目
 福島事故後の原発再稼働の要件となる新しい安全基準を検討するため、新設された原子力規制委員会は2012年10月25日、専門家チームの初会合を開いた。

 チームの一員となった阿部清治(きよはる)(当時66)は、最初のあいさつで「反省」を口にした。

 こういうふうに事故が起きたことに関しては、ずいぶん至らなかったことがあったのではないかと思っております(注1)

拡大福島第一原発では事故発生当初、電源がない中、計器の指示値をライトで照らして読まなければならなかった=2011年3月23日、東京電力が公表した写真

 1973年から原発安全規制の支援に関わり、2003~07年に原子力安全・保安院の審議官を務めた阿部。津波のリスクを見落としたことに福島事故で気づかされた。「そういう反省も込めて参加させていただきたい」と阿部は言った。

 原発の安全規制に40年余にわたって関わった原子炉事故研究者、阿部清治(75)の目を通し、日本が原子力にどう向き合ってきたか、その現場を5回の連載でたどる。この原稿は、2021年3月18日の朝日新聞夕刊に掲載された原稿に大幅加筆したその第4回。敬称はすべて略す。
 第1回は「DCHの恐怖、窒素封入配管の開放を進言… 福島原発最悪の夜」。
 第2回は「原発『安全研究』は事故リスク解析、米スリーマイル島事故が転機に」。
 第3回は「桁違いに大きい地震の原発事故リスクに『安全目標』未達? 見送られた津波対策」。
 第5回は「『それでも、いつかどこかで原発事故は起きる』 想像力を養い、弱点見抜け」。

 検討チームの参加者に、事務局の原子力規制庁から「外部事象に対する安全対策の考え方について(案)」と題する全18ページの資料が配布された。その3ページ目に「考慮すべき外部事象の抽出・整理」の案があった(注2)

拡大規制庁の資料「外部事象に対する安全対策の考え方について(案)」から抜粋

 事故の発端となりうる発電所外部の要因のことを、原子力業界では「外部事象」あるいは「外的事象」と呼ぶ。地震、津波、火山噴火、洪水、竜巻、積雪といった自然現象だけでなく、その資料には航空機衝突、妨害破壊行為などテロ行為も列挙されていた。「考え落とし」がないようにするため、思いつく限りの事象を並べたのだろうが、阿部は規制庁に質問した。

 何で戦争が入らないのですか?

 過去2千年を振り返れば、戦争はかなりの頻度で起こってきた。東京電力福島第一原発を襲った津波よりも戦争の発生確率は大きい。ひんぱんに起こり、かつ、原子力安全への影響度が大きい、という点では最悪と言っていい。北朝鮮の脅威にさらされている韓国の原子力規制当局に親しい友人を持つ阿部にとって、原発への戦争の脅威は絵空事ではない。

 テロは入れるけれども、戦争は入れないということについて、ちゃんとした理由があるのか?

 そう問いただす阿部も、規制委が戦争への備えを電力会社に要求するべきだとまでは考えていない。しかし、最初から理由もなく検討対象から外すのはよくない。

   ◇   ◇   ◇

 2016年11月15日、廃炉で発生する放射性廃棄物の埋設に対する規制を検討する会合でも(注3)、阿部は、規制庁の案の漏れに疑問を呈した。

 我々、福島で痛い目に遭っているわけで、それ以外の外的事象はなぜ考えなくていいのかという説明が重要だと思っているんです。

 規制庁が用意した資料には、火山と断層の活動、そして地表からの深さについて規制の案が示されている。が、それ以外の外部事象は記載がなく、また、人口密集地を避けるとの立地規制が検討された形跡がない。

 こういう理由で考えなくてもいいんですという説明があればそれでいいんですけれども、何の説明もなく、これは考えておりませんというのではまずい(注4)

拡大原子力規制委員会の「第4回核燃料施設等の新規制基準に関する検討チーム」で配布された2013年5月14日付の資料「再処理施設における重大事故対策の考え方」の6ページ

拡大福島第一原発では、事態が悪化するなか、作業員は酸素ボンベやマスクなど「セルフエアセット」を身につけて配管の弁などの現場に向かった=東電公表の写真
 2013年5月14日、核燃料再処理工場の規制の検討会合で事故対策の計画例について事務局の説明を聞いた後、阿部は苦言を呈した(注5)

 私どもずっと規制をやっている側の反省なんですが、「こういう安全対策をとりますから大丈夫です」という説明をずっと聞いて、それで判子を押してきたわけです。ところが、実際に事故が起きてみれば、いろんな条件が重なって、そういう対策がとれなかったわけですよね。ここでいまご説明になったのは、「こういう対策をとりますから大丈夫です」という説明にまたなるんです。その対策が本当に実際の環境条件、事故条件のもとでとれるかということについてご説明を願いたい(注6)

 福島第一原発では2011年3月、高圧となった格納容器の破損を防ぐため内部のガスを排気する「ベント」を行おうとしたものの、中央制御室からの遠隔操作で弁を開けることができず、一方、弁のある現場は放射線量が高くて近づけなかった。その苦い経験が阿部の念頭にあった。

 原子力規制委の下で、原発の安全基準は積み増しされた。

拡大原子力規制委員長だった田中俊一=2017年7月6日午後、福井県高浜町、大久保直樹撮影
 戦争への備えについては、規制の対象から除外されたままだが、原子力規制委員長だった田中俊一が2017年7月6日に「平和な国でないと原子力は利用できない。戦争状態に入ることは絶対に避けてほしい」と述べたと報じられ(注7)、阿部はこの説明に納得している。

 戦争が起きたとき、規制当局を含む国家にとって守るべきものはたくさんあり、原子力施設はその一部に過ぎない。一方、戦争に対して電力会社ができることは限られる。このため、戦争への備えについて原子力施設に特化して規制を考えてもあまり意味はなく、戦争そのものが起きないようにするしかない。阿部はそう思っている。

 しかし、阿部はなおも心配する。もしかしたら「考え落とし」がどこかにあるかもしれないし、事故対処、マネジメントについてどのように規律されているのかがよく分からないからだ。リスクの大きさに見合ったバランスの良い規制になっていると胸を張れる自信もない。福島第一原発事故の教訓を生かし尽くしていると言いきれるのか、阿部の不安は今も消えない。(次回につづく

 この連載「炉心溶融事故研究者」の
 第1回は「DCHの恐怖、窒素封入配管の開放を進言… 福島原発最悪の夜」、
 第2回は「原発『安全研究』は事故リスク解析、米スリーマイル島事故が転機に」、
 第3回は「桁違いに大きい地震の原発事故リスクに『安全目標』未達? 見送られた津波対策」、
 第5回は「『それでも、いつかどこかで原発事故は起きる』 想像力を養い、弱点見抜け」。

 ▽注1:第1回発電用軽水型原子炉の新安全基準に関する検討チーム、議事録、https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10953979/www.nsr.go.jp/data/000050411.pdf#page=5
 ▽注2https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10953979/www.nsr.go.jp/data/000050166.pdf#page=4
 ▽注3:第15回廃炉等に伴う放射性廃棄物の規制に関する検討チーム、2016年11月15日、https://www.nsr.go.jp/disclosure/committee/yuushikisya/hairo_kisei/00000015.html
 ▽注4:第15回廃炉等に伴う放射性廃棄物の規制に関する検討チーム、2016年11月15日、議事録、https://www.nsr.go.jp/data/000172625.pdf#page=26
 ▽注5:第4回核燃料施設等の新規制基準に関する検討チーム、2013年5月14日、https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10953979/www.nsr.go.jp/disclosure/committee/yuushikisya/kaku_shinkisei/20130514.html
 ▽注6:第4回核燃料施設等の新規制基準に関する検討チーム、2013年5月14日、https://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10953979/www.nsr.go.jp/data/000049123.pdf#page=19
 ▽注7:日経新聞(共同通信配信)、2017年7月7日 1:58、「ミサイル「原子炉落下より東京の方がいい」 規制委員長」、https://www.nikkei.com/article/DGXLZO18577140W7A700C1CR8000/

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。2013年から朝日新聞編集委員。2022年から上智大学教授(文学部新聞学科)。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。近刊の著書に『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年4月)。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
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※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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