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「それでも、いつかどこかで原発事故は起きる」 想像力を養い、弱点見抜け

奥山 俊宏

 2011年3月15日朝、原子力安全・保安院次長の平岡英治(えいじ)(65)は、経済産業省別館3階の自室のソファーで仮眠中に部下に起こされ、「2号機が爆発しました」と伝えられた。「阿部さんの言っていたことが起きてしまったか」と一瞬思った。

 原子炉の中身が空高く噴き上げられる「DCH」の恐れ――。仮眠前、元上司の阿部清治(きよはる)(75)からそう聞かされていたのだ。

拡大原子炉建屋の開口部から煙を噴き出す福島第一原発2号機=2011年3月15日に東電社員が撮影し、2013年2月1日に同社から公表された写真

 前夜、DCHの危険性について平岡と阿部が会話した後、午前1時過ぎになって、福島第一原発2号機の圧力容器の内圧は格納容器と同じ程度まで下がった。格納容器の圧力は高いままで、どうしようもない状況は続いていたが、最悪の事態であるDCHの危険は遠のいた。このため平岡は、少しでも休んでおこうと考え、仮眠をとることにした。それから何時間か、眠りから覚めるのと同時に「爆発」という言葉が耳に入り、「まさかDCH?」と一瞬思ってしまったのだ。

 廊下の北のはじの次長室から南のはじの緊急時対応センター(ERC)まで経産省別館3階の廊下を走り、ERCの大部屋で平岡は、2号機の圧力抑制室付近で異音が発生して圧力が低下したと報告を受けた。

 阿部がいた。

 もしかして最悪の事態を免れたということでしょうか?

 平岡は、炉心溶融事故解析の専門家である阿部にそう尋ねた。

 圧力抑制室の破損ならば、内部のガスが外に出てくる前に圧力抑制室にあるプール水をくぐることで、こし取るように放射能を除去する「スクラビング効果」を期待でき、恐れていた最悪の事態に比べ、放射能の漏れは少ないはずだ。

 阿部は、

 そういうことだと理解しています。

と平岡に答えた。

 平岡によれば、その朝、そんなやりとりがあった。

 たしかに「最悪の事態」ではなかった。DCHによる格納容器の大破損は起きなかった。だが放射性物質は水をくぐることなく、格納容器にできた隙間から直に漏れ出し、建屋の海側の開口部から噴き出たとみられ、その日の午後、風とともに北西に流れ、雨と一緒に地上に落ちて飯舘村など福島県内を汚した。10年後の今日も家に戻れない人たちがいる。

 原発の安全規制に40年余にわたって関わった原子炉事故研究者、阿部清治(75)の目を通し、日本が原子力にどう向き合ってきたか、その現場を5回の連載でたどる。この原稿は、2021年3月19日の朝日新聞夕刊に掲載された原稿に大幅加筆したその第5回。敬称はすべて略す。
 第1回は「DCHの恐怖、窒素封入配管の開放を進言… 福島原発最悪の夜」。
 第2回は「原発『安全研究』は事故リスク解析、米スリーマイル島事故が転機に」。
 第3回は「桁違いに大きい地震の原発事故リスクに『安全目標』未達? 見送られた津波対策」。
 第4回は「原発の安全規制で『戦争』を想定外にしていい理由は? 『我々、福島で痛い目に』」。

 阿部と平岡は今、特任教授(客員)としてコンビを組み、原子力安全とその規制を東北大学で教えている。

拡大東北大学大学院工学研究科での阿部の授業=2017年10月5日、仙台市青葉区
 「これまでの原子力関係者の経験を伝承するとともに、原子力安全の様々な課題について自ら考える習慣をつけるようにする」。2人に託された教育の狙いである。

 18年4月、阿部は、研修生の若手研究者に、ある演習課題を出した。電力会社の業界団体、電気事業連合会が原子力規制委員会に提出した書面と規制委の検討チームの議事録を読んで、議論が適切になされたかを考えよ――。

 原発に対する規制委の検査を見直す検討にあたって(注1、注2)、電事連は、地震、津波など「外部事象」のリスクを確率の数値として算出した結果を検査に活用するのを、当面は見送るよう規制委に求め(注3)、規制庁はこれを受け入れた(注4)

 これでいいのかと阿部は研修生に問いかける。欧米の原発と異なり、日本の原発では、リスクの多くを、機器の故障など内部事象ではなく、地震や津波など外部事象が占める。外部事象への備えの重要性は福島原発事故の教訓でもある。確率を算出する手法が実用レベルに成熟していない、との弁解はもはや通用しない、と阿部は考えるが、研修生はどうだろうか。

 規制現場の実際の状況を研修生に体感させ、自分ならどうするかを考えてもらおう、という狙いの演習課題である。と同時に、阿部は、この演習課題の資料を原子力規制委や原子力学会の後輩に送っている。原子力規制が安易な方向に傾くことのないように警鐘を鳴らすことにもなると思うからだ。

拡大水戸芸術館のシンボル塔

 阿部の私生活で最近、ちょっとした驚きがあった。

 水戸芸術館で2月に始まった企画展「3.11とアーティスト:10年目の想像」の案内文に「大震災が露(あら)わにした問題の一つは、私たちの『想像力の欠如』だった」とあるのを見つけたのだ(注5)。福島原発事故はまさにその「想像力の欠如」で起きたと阿部は考える。

音楽評論家の故・吉田秀和拡大水戸芸術館の初代館長、吉田秀和
 芸術館が31年前に自宅の近所にできて以来、家族を連れて芸術館に足を運ぶうち阿部はだんだんと現代美術に魅せられていった。同館の常連客となった。そんな阿部は昨年(2020年)、同館の教育担当、森山純子(55)に誘われ、来館者の話し相手「ギャラリートーカー」になるための研修を受け始めた。難解な現代美術の鑑賞を手助けするボランティアになるために月1回ほど講座に参加している。芸術と原子力安全の共通点は「意外な学び」だ。

 そんな感想を森山に伝えると、1月23日、森山からメールが送られてきて、その中で、同館の館長だった故・吉田秀和のある発言を教えられた。

 芸術館のウェブサイトに掲載された発言の記録によれば、東日本大震災発生の3週間後、音楽評論で名高い吉田は、同館の会議場で森山ら職員を前に次のように述べた。

 今度の災害の全体として、僕が持った印象は、皆が、あんなに大きな津波がきて、あんな巨大な地震が来るっていうのは想定外だって言ったけど、僕はもちろんそうなんだけど、でも日本にも何人か学者もいるでしょうしね、それから想定外って言ったって、あれだけの危険なエネルギーの源泉を、日本のこの狭い国土に、やたらと建てることについては、やっぱり国民の生命と財産の安全について責任を持った上でした仕事だろうに、想定外っていうことで間に合わせるような気風を見ていると、その人たちを責めるっていうよりも、やっぱり僕たち日本人全体として、想像力が、貧弱だったのかなと思います。

 イマジネーション、すなわち、想像力の貧弱さを、原発事故の背景にあるものとして晩年の吉田は見抜いていたのだ。

 僕は、芸術の仕事の1つは、目の前に見えているものを契機として、あるいは目に見えないものを契機として、ものごとを想像する力、そしてそこに、今までなかったものをこしらえることだと思う。それは明日になったら無くなるかもしれないけど、誰も夢見たことのないようなものを作って、一瞬間でもいいから出現させる、それが芸術の根本的な仕事の重大な1つだと思うんですね(注6)

 そうして吉田は、原発事故が「想定外」だと言われていることについて、「それは芸術に関する仕事をしている僕たちにとっても、本当はひとごとじゃない」と述べた。

 その「想像」と震災10年をテーマにした展覧会は水戸芸術館で予定どおり2月20日に始まり、5月9日まで開かれた。

拡大元原子力安全・保安院審議官の阿部清治(左)と水戸芸術館の森山純子=2月26日、水戸市五軒町の水戸芸術館

 吉田の言葉を、阿部は「原子力安全でもまったくその通り」と思いつつ読んだ。そして、日本原子力研究所で20歳台の未熟な研究者だったころ、のちに原子力安全委員長となる上司の佐藤一男から「安全とは想像力だよ」と聞かされたことを改めて思い起こした。

 今の新しい原子力規制に再び「想像力の欠如」が見え隠れしている。阿部はそう心配する。

 「万全を図っても、どこでか、いつか、どんなかはわからないが、事故は起きる」。阿部はそう覚悟する。

 だから、少なくとも原子力に関わる専門家は常に、想像力を養い、それを羽ばたかせ、施設や組織に弱点を見いだし、事故の可能性を少しでも小さくする努力を続けなければならない。(おわり)

 この連載「炉心溶融事故研究者」の
 第1回は「DCHの恐怖、窒素封入配管の開放を進言… 福島原発最悪の夜」、
 第2回は「原発『安全研究』は事故リスク解析、米スリーマイル島事故が転機に」、
 第3回は「桁違いに大きい地震の原発事故リスクに『安全目標』未達? 見送られた津波対策」、
 第4回は「原発の安全規制で『戦争』を想定外にしていい理由は? 『我々、福島で痛い目に』」。

 ▽注1:原子力規制委員会、検査制度の見直しに関する検討チーム第12回WG会合、2017年11月13日、https://www.nsr.go.jp/disclosure/committee/yuushikisya/kensaseido_minaoshi/00000033.html
 ▽注2:原子力規制委員会、検査制度の見直しに関する検討チーム第14回WG会合、2017年12月20日、https://www.nsr.go.jp/disclosure/committee/yuushikisya/kensaseido_minaoshi/00000035.html
 ▽注3:電気事業連合会、「定量的なリスク評価を活用した重要度評価に係る事業者意見について」、2017年12月20日、https://www.nsr.go.jp/data/000213637.pdf
 ▽注4:原子力規制庁 原子力規制部 検査監督総括課、「原子力規制検査において使用する事業者PRAモデルの適切性確認ガイド(GI0010_r0)」、https://www2.nsr.go.jp/data/000306380.pdf
 ▽注5https://www.arttowermito.or.jp/gallery/lineup/article_5111.html
 ▽注6:吉田秀和、「東日本大震災の被災に寄せて」、2011年4月1日、https://www.arttowermito.or.jp/about/index.html

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。2013年から朝日新聞編集委員。2022年から上智大学教授(文学部新聞学科)。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。近刊の著書に『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年4月)。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
 ご連絡はokuyamatoshihiro@gmail.com または okuyama-t@protonmail.comに。メールの内容を暗号化する場合はPGPで。パブリックキーのIDは7D2BAD43550EAD96

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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