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東京電力元社長ら陳述書「14mの津波がくる可能性」を耳にして三者三様

奥山 俊宏

 福島第一原発事故を引き起こした東京電力の元首脳らの法的責任を追及する民事訴訟が大詰めを迎えようとしている。

拡大福島第一原発事故発生9年前の朝日新聞一面の題字下に掲載されたインデックス記事
 福島第一原発事故で東京電力が被った損害の会社への賠償を求めて同社の株主が旧経営陣5人を相手取って東京地裁に起こした株主代表訴訟で今月、同社の勝俣恒久元会長と清水正孝元社長らの陳述書が被告側から裁判所に提出された。福島県沖を含む日本海溝近辺でマグニチュード8級の津波地震が起こりうると予測した国の地震調査研究推進本部(推本)の長期評価について、2人は陳述書の中で、事故前に聞いたことはなく、報道を読んだ記憶もない、と述べた。事故2年前に2人が出席した社内の会議で「14メートルの津波」の可能性が指摘されたことについては記憶の有無が分かれた。

 法廷での尋問が7月に予定されており、それを前に今月4日付で陳述書は作成された。福島第一原発事故について、両氏が個人としての認識や心境を書面で明らかにするのは初めて。勝俣元会長は業務上過失致死傷の罪で起訴されて2018年10月の刑事公判で尋問されたが、不起訴となった清水元社長が公の場に登場するのは国会の事故調査委員会による2012年6月の聴取以来9年ぶりとなる。ほかに武黒一郎元副社長の2日付の陳述書も提出された。

国の津波地震発生予測「聞いたことがなかった」

 推本の長期評価は2002年7月31日に公表され、翌日、朝日新聞は「津波地震、発生率20%」「今後30年三陸-房総沖」の見出しのもと次のように報道した。

拡大長期評価を伝える朝日新聞記事
 三陸沖から房総沖にかけては、太平洋プレートが日本海溝に沈み込んでいるため、プレート境界を中心に大地震が繰り返し起きている。(中略)三陸沖から房総沖にかけて日本海溝に沿った、長さ約800キロ、幅約100キロの領域では、津波地震がどこでも起こりうると予測。確率を今後30年で20%程度と見積もった。

 朝日新聞福島版には「津波被害の可能性はあり、改めて関心を持ってほしい」との福島地方気象台のコメントが掲載された。

 しかし、勝俣元会長は陳述書で次のように主張した。

 事故以前に推本の長期評価の存在及びその内容について原子力部門を含む社内外の関係者から話を聞いたことはなく、また報道等を読んだ具体的な記憶もありません。

 清水元社長も同様の主張を陳述書に盛り込み、次のようにも述べた。

 私が、「長期評価」や「推本」といった言葉を聞いたのは、事故後であり、当時、そのような言葉を聞いたことはありませんでした。

 陳述書によると、勝俣氏は「福島県についてはこれまで大きな津波による被害が知られておらず、大きな津波が起きない地域である」と思っていたという。

 陳述書の中で、両氏はそろって次のように主張した。

 津波対策に限らず原子力発電所の安全性全般について、国の厳しい規制を守り、社内においても原子力に関する優秀な人材を確保し、仕事の進め方も安全性最優先で取り組んできたものであって、安全性は確保されていると認識していました。

「14メートルの津波がくる可能性」を耳にして

 東京電力社内では2008年、推本の長期評価を前提に福島県沖の日本海溝近辺で津波地震が起きるとの想定で福島第一原発に来る津波の高さを計算した。すると最大で15.7メートルの津波が来るとの結果が出た。1~4号機の原子炉建屋やタービン建屋の敷地の高さは海面から10メートルほどで、15.7メートルの津波だとそれら建屋の1階や地階が水没する。このため、土木調査グループの技術者たちは防潮壁と防潮堤の建設を構想し、吉田昌郎・原子力設備管理部長(当時)らに進言した。しかし、原子力・立地本部副本部長だった武藤栄常務(当時)は同年7月、土木学会に長期評価の扱いの検討を依頼すると決め、その結論が出るまでは従来どおりの想定のままにした。

拡大2008年4月18日付で東電設計から東電に提出された福島第一原発の「最大浸水深分布図(上昇側最大値ケース)」=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第268号証の4として原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年2月に記者に開示

 東電社内の記録によれば、福島原発事故発生の2年1か月前にあたる2009年2月11日に開かれた社内の会議「中越沖地震対応打合せ」で、福島第一原発の津波対策について、吉田部長は「もっと大きな14メートル程度の津波がくる可能性があるという人もいて、前提条件となる津波をどう考えるかそこから整理する必要がある」と発言した。福島第一原発で設計上想定されていた津波高さは6メートル弱で、14メートルはこれを大きく超えていた。

拡大東京電力社内で2009年2月11日に開かれた会議のメモ。清水正孝社長(当時)を交えて津波対策の進め方を議論したことがわかる。東京地検が押収し、東電の株主代表訴訟に証拠として提出された

 この吉田部長の発言について、陳述書の中で清水元社長は「具体的な記憶はありません」と主張。一方、勝俣元会長と武黒元副社長は記憶があると陳述した。

 勝俣元会長の陳述書によると、その際、吉田部長から「14メートル」の根拠や理由の説明はなく、勝俣氏は、そうした「疑問視される意見」も含めて、「担当部門がきちんと検討している」と受け止め、そのときもその後も何も言わなかったという。

 一方、副社長兼原子力・立地本部長だった武黒氏は、「今まで聞いたことのない話が出たため、どういうことなのか」と疑問を持ち、その場で「女川や東海はどうなっているのか」と質問した。この質問の趣旨について武黒元副社長は陳述書の中で次のように振り返った。

 私としては、吉田氏の上記発言を聞いて、本件発電所(福島第一原発)や福島第二原子力発電所で大きな津波がくる可能性があるという話があるのであれば、同じ東日本の太平洋側にある東北電力株式会社の女川原子力発電所や日本原子力発電株式会社の東海第二発電所でも同じような話があるのだろうと考え、このような質問をしました。

 この質問に対し、吉田部長の部下にあたる土木調査グループの酒井俊朗グループマネージャーが「女川はもともと高い位置に設置されており、東海は改造を検討中である。浜岡は以前改造しており、当社と東海の問題になっている」と答えた。

拡大
 東北電力の女川原発の敷地の海面からの高さは、福島第一原発より4.8メートル高い14.8メートルあった。
 日本原電は2008年7月から、東海第二原発で構内の地盤改良工事で出る排泥を盛り土にして防潮堤にする工事を進めており、そのほかの津波対策も検討していた。
 中部電力では2008年、国の中央防災会議の想定などを踏まえ、浜岡原発の津波遡上高さの想定を海抜6.8メートルから8.3メートルに引き上げ、原子炉機器冷却海水系ポンプ(RCWSポンプ)の原動機(モーター)の予備品を購入した。また、原子炉建屋のすべての出入り口に腰の高さ(約1メートル)ほどの防水構造の防護扉を自主的に設けていた。

 酒井グループマネージャーの返答を聞いたときに浮かんだ疑問について、武黒氏は陳述書の中で次のように振り返った。

 「前提条件となる津波をどう考えるか」という状況であるにもかかわらず、なぜ「東海は改造を検討中」ということになるのかが理解できず、同打合せ後に、この発言をした酒井俊朗土木調査GMにその理由を尋ねました。酒井氏によれば、東海第二発電所は、茨城県が独自に津波波源モデルを設定しており、それへの対応を求められている関係で改造を検討しているという説明があったと記憶しています。

 東京電力社内の記録によれば、社長だった清水氏はこの会議で、強化工事は2012年(平成24年)11月以降になるのか、と発言した、とされている。これについて清水元社長は陳述書の中で次のように説明した。

 当時、このような発言をしたことを覚えているわけではありませんが、今、この記載を見れば、この発言は、強化工事を少しでも早く着手できるように努力してほしいとの思いからなされたものだと思います。

 この会議の後、副社長の武黒氏はさらに吉田部長に「どういうことなのか事情を説明してほしい」と依頼。4月か5月に本店の会議室で、推本の長期評価について吉田部長から「専門家の間でも意見が分かれており、ラディカルな見解を取りまとめたものである」と聞かされたという。長期評価の扱いについて土木学会に検討を依頼したとの説明があり、武黒氏はそれを了承した。

おわびの言葉と法的責任否定の言葉

 事故について清水元社長は陳述書の中で「東京電力の社長の立場にあった者として、大変申し訳なく、改めて深くお詫びを申し上げたい」と表明し、「結果として事故を回避できなかったことは、私自身、痛恨の極みであり慚愧に耐えません」と述べた。東電取締役としての注意義務については「責任を果たしてきたと思っております」と主張した。

 今回のような事故が発生することは全く想像していませんでした。(中略) 私は、国の電力エネルギーインフラを担う事業に携わる者として、長年にわたり誠心誠意をもって真摯に職務を遂行してきたと考えており、東京電力の取締役としても、注意義務・忠実義務の責任を果たしてきたと思っております。

 勝俣元会長、武黒元副社長も義務違反を否定した。

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。2013年から朝日新聞編集委員。2022年から上智大学教授(文学部新聞学科)。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。近刊の著書に『内部告発のケーススタディから読み解く組織の現実 改正公益通報者保護法で何が変わるのか』(朝日新聞出版、2022年4月)。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)、『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
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※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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