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東電元副社長の説明に裁判長「聞いていると国の地震本部がバカみたい」と皮肉

奥山 俊宏

 東京電力の株主代表訴訟の法廷で2021年7月6日、東京地裁民事8部の裁判官たちは、東電の武藤栄・元副社長を相手に、同社による原発安全対策の意思決定過程に次々と疑義を指摘した。福島県沖の日本海溝近辺でマグニチュード8級の津波地震が起こり得るとの国の地震調査研究推進本部(推本)の見解に基づいて東電の土木技術者たちは2008年、福島第一原発の津波対策強化が必要だと考えたが、武藤氏は同年7月、推本の見解の根拠が分からないという理由でその実施の見送りを決め、現在、法廷でその判断を正当化しようと努めている。6日の尋問で3人の裁判官たちは予定の時間を大幅に超えて47分にわたり武藤氏の判断過程に疑問を投げかけ、裁判長は「あなたから聞く話によると、推本がバカみたいじゃないですか」と皮肉を口にした。

午前、株主側の反対尋問

拡大開廷前に裁判所前に立つ原告たち=6日午前9時14分、東京・霞が関
 午前9時58分、朝倉佳秀裁判長を先頭に民事8部の裁判官3人が法廷の奥の扉から東京地裁第103号法廷に入ってくる。民事8部は、会社の取締役の経営判断の是非を裁く訴訟を集中的に扱い、東京地裁でも花形の裁判部だ。朝倉裁判長は民事8部の部総括判事(部長)となる前、司法研修所教官、最高裁事務総局の民事局第二課長、第一・第三課長、内閣官房の内閣審議官などを歴任し、いわばエリートコースを歩んできた。

 報道機関による廷内の撮影が終わると、午前10時2分、武藤栄氏が被告代理人席の後ろの壁の扉に姿を見せ、軽く一礼して廷内に入ってくる。前回と同様に濃い色のスーツに灰色っぽいネクタイ、白いマスクをつけている。裁判官席の脇の壁際の椅子に座る。裁判官席の前の下、書記官席の後ろに、30冊ほどの訴訟記録がぎっしり詰まったキャスターつきの3段ラックが置かれる。

 午前10時5分、裁判長と向き合うように武藤氏は証言台の前で気をつけの姿勢をとる。朝倉裁判長が「うそをおっしゃった場合の制裁については前回の通り」と説明し、武藤氏は軽くうなずく。前回、5月27日の口頭弁論では、武藤氏の側の被告代理人弁護士による主尋問が行われた。それに続く今回の口頭弁論では、対立する原告株主側による反対尋問がある。

 10時6分、原告訴訟代理人の海渡(かいど)雄一弁護士が立ち上がって質問を始める。

 1979年3月に米スリーマイル島原発で発生したような過酷事故が日本でも起こるかもしれないという意識はありましたか、というのが最初の質問となる。
 「そういう事故が起きる可能性は大変に低いだろうと思っておりました」と武藤氏は答える。
 もし仮に「そんな意識はなかった」と答えれば、原子力安全への意識の低さを裏付けることになるところだが、武藤氏の返答はそうではなく、まずは模範解答だといえる。

拡大仏ルブレイエ原発の高波被害を報ずる2008年9月9日の朝日新聞夕刊2面記事
 フランスのルブレイエ原発で1999年12月に原子炉建屋内部まで浸水する高波被害があった問題について尋ねられると、「事故後になって知りました」と武藤氏。
 福島事故の原因となった原発の弱点をその12年前に浮き彫りにした出来事だったが、武藤氏は当時、それを知らなかったという。

 インドのマドラス原発で2004年12月に非常用海水ポンプが津波で水没したトラブルについて尋ねられると、武藤氏は「それも事故後に聞いたと思います」。
 日本の原発規制機関だった原子力安全・保安院はこのトラブルを取り上げて、2006年に東京電力の技術者らを招いて「溢水勉強会」を立ち上げ、その年の夏から秋にかけて津波対策の強化を東電に口頭指導した。が、武藤氏はその指示を知らなかったという。「報告は受けておりません」と答える。

 海渡弁護士が焦点を当てるのは、2008年6月10日に武藤氏を交えて東電社内で開かれた会議だ。

 「10人ぐらいはいたかなと思います(中略)。酒井さん、吉田さんがいたなという記憶があるんですが、それ以外だれがいたのかというのは私ちょっと記憶定かでありません」

 原子力立地・本部副本部長だった武藤氏はその会議で、原子力設備管理部長だった吉田昌郎氏(故人)、その部下にあたる土木グループ(2008年7月1日に土木調査グループに改組)マネージャーの酒井俊朗氏らから、国の地震調査研究推進本部(略称は「推本」または「地震本部」)が2002年7月に公表した長期評価について初めて説明を受けたという。

拡大2008年6月10日の会議で配布された資料の1ページ目=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第268号証の4「証人髙尾誠に示す証拠」(株主代表訴訟では甲297号証の4)の資料109として一部を黒塗りにした上で原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年2月に記者に開示
 その会議で配布された資料の1ページ目には「これまでの経緯」として推本の長期評価の簡単な説明があり、三陸沖北部から房総沖の海溝寄りで大地震が「どこでも発生する可能性がある」と書かれている。つまり、福島県の沖合の日本海溝近辺で大地震が発生する可能性があるということだ。この見解への賛否について地震学者にアンケートしてその回答を平均したところ、「どこでも起きる」が多数派で、「福島沖は起きない」は少数派だったとの結果も示され、同業他社の対策の検討状況も記されている。

 海渡弁護士が「6月10日のときに長期評価の信頼性がないというふうに判断されたというふうに証言されているわけですが、これは酒井さんが言ったためだということをあなた根拠にされてますよね」と質問する。

 武藤氏は「酒井さんの説明全体、彼もそう言ってたと思いますし、説明全体がそういうことだったと思います」と答える。

 他方、この会議について、酒井氏は2018年の刑事公判で「地震本部の話を無視して進めることはできませんというのを主眼に説明をしていました」と証言している(注1)

 これについて、武藤氏は「大変に難しい問題だという説明だったと思います」と言う。

 会議の資料の2ページには、福島第一原発に最大15.7メートルの高さの津波が来て1~4号機の主要建屋の敷地が海水で覆われうるとの計算結果の平面図が添えられている。3ページには、福島第二原発に関する計算結果が同様に平面図で示されている。

拡大2008年6月10日の会議で配布された資料の4ページ=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第268号証の4「証人髙尾誠に示す証拠」(株主代表訴訟では甲297号証の4)の資料109として原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年2月に記者に開示
 4ページには、「現在の検討状況、今後の検討内容」として「対策工に関する概略検討(土木)」という項目がある。防潮壁、防潮堤の設置が提案されており、「必要な許認可の洗い出しが必要」と書き込まれている。

 酒井氏は2018年の刑事公判でこの会議について「対策を前提に説明をしています」とも証言している(注2)

 他方、武藤氏は会議の趣旨について「それ(長期評価)をどう扱ったらいいんだということがよくわからない、整理ができなかったんで(土木グループや吉田部長が自分のところに)相談に来た」と思ったと主張する。

拡大2008年6月10日の会議で出た「宿題」を列挙したメモ=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第269号証の3「証人酒井俊朗に示す証拠」(株主代表訴訟では甲298号証の3)の資料63として一部を黒塗りにした上で原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年2月に記者に開示
 ここで海渡弁護士が切り込むのは、6月10日の会議で武藤氏が出した「宿題」の内容だ。会議後に土木グループがまとめたメモによれば、武藤氏は以下の4点について部下に回答を求め、その結果に基づいて再度の会議を持つことにした。

  • 津波ハザードの検討内容について詳細に説明すること。
  • 4m盤への遡上高さを低減するための概略検討を行うこと。
  • 沖に防潮堤を設置するために必要となる許認可を調べること。
  • 平行して機器の対策についても検討すること。

 「津波ハザード」というのは、津波の高さごとにその発生頻度(確率)を示したグラフのことで、武藤氏は「いったいどうやって計算してるんだ?」とその根拠を知りたかったという。メモには「津波対策を実施するか否かの判断に係わるため」とあるが、武藤氏はこの部分に限っては「私は言ってません」と否定する。
 「4m盤」というのは、1~4号機の原子炉建屋のある海抜10メートルの高さの敷地の海側にあるやや低い敷地を指し、海面からの高さは4メートルほどで、津波で冠水するリスクが相対的に高い。非常用発電機のエンジン部の過熱を防ぐための冷却水を海から取り込むためのポンプ(DGSW)、そして、原子炉の熱を逃がす残留熱除去系(RHR)や格納容器冷却系(CCS)の熱交換に必要な海水を取り込むポンプなどが配置されている。原子炉内の核燃料からやむことなく出続ける熱を取り除いて海に捨てる「最終ヒートシンク(heat sink)」の機能の中枢が4m盤にあるので、安全上、軽視できない。
 4つの「宿題」のうち最初の1つを除く3つはいずれも、何らかの対策をとることを前提としている、といえる。

 一方、この4つの「宿題」のなかに、福島県沖の日本海溝沿いで巨大な津波地震が起こり得るとの推本の長期評価の根拠について調べてこい、との指示は含まれていない。長期評価の根拠が分からなかったと言うのならば、なぜ、その根拠に関する調査を「宿題」にしなかったのか。海渡弁護士はそう質問する。

 「何か決められるような状況ではないなというふうに思いました」と武藤氏。「で、もう一回これは議論しなきゃしようがないだろうというふうに思ったわけですが、そのときに資料に書いてあったようなことをいくつか拾って、こういうところをもう少し検討して、じゃ、次回もう一回やりましょうということにしたということであります」

 「宿題」について、武藤氏は「資料の中に書いてあることを拾った」と言い、「全体を何か対策をやるんだと決めて出した宿題ではありません」と強調する。

 長期評価の見解の根拠に関する「宿題」を出さなかった理由についての質問への正面からの回答はない。

 6月10日の2時間ほどの会議の内容について改めて問われて、武藤氏は「具体的な対策工だとか(中略)そんなとこまでは(話が)いってないです」と説明する。

 その「宿題」の結果を聞くための再度の会議は2008年7月31日に開かれた。
 この会議が始まるより前、内心で方針を決めていたのか、との質問に、武藤氏はそれを否定し、「話を聞いて決めようと思いました」と答える。
 武藤氏はその会議で、推本の長期評価の扱いについては土木学会に研究を依頼し、その結論が出るまでは、従来の津波想定のままとし、つまり、津波対策の実施を先送りする方針を決めた。

拡大2008年8月6日に東電、日本原電、東北電力、原子力機構の関係者が出席して開かれた「海溝沿い津波に関する打合せ」のために用意された資料=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第269号証の3「証人酒井俊朗に示す証拠」(株主代表訴訟では甲298号証の3)の資料76として一部を黒塗りにした上で原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年2月に記者に開示
 この方針が決まってから1週間後の2008年8月6日、東京電力と同様に、東日本の太平洋岸に原子力施設を保有する東北電力、日本原子力発電(原電)、原子力機構(JAEA)の3事業者に東電の方針を説明する会議が東電社内で開かれ、酒井グループマネージャーらが出席した。
 その際のメモや資料によれば、東電側は、推本の長期評価について「簡単に採用する訳にもいかず、慎重な対応が必要」と保留にし、「当面」は従来どおりの想定で「進める」との方針を説明する一方、「推本見解を否定することは不可能」「推本を無視することは困難」とも口にした。

拡大2008年8月6日に、東電、日本原電、東北電力、原子力機構の関係者が出席して開かれた「海溝沿い津波に関する打合せ」の内容のメモ=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第269号証の3「証人酒井俊朗に示す証拠」(株主代表訴訟では甲298号証の3)の資料75として一部を黒塗りにした上で原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年2月に記者に開示
 これを示されて、武藤氏は「これは担当がつくったもんだと思いますが、どういう考えでこれを書いたのかというのは私知りませんので、よく分かりません」と答える。

 15.7メートルの高さの津波が福島第一原発にもし襲来したときに原子炉がどうなるかを考えなかったのか、まったく考えなかったのか、と海渡弁護士が尋ねる。武藤氏は肯定も否定もせず、ただ、「一番最初に酒井さんたちに私が聞いたのは、何か新しいことが分かったのかということを聞いてるわけで、それはないんだと。何遍も僕は聞いたと思いますけど、それはないです」と言う。前提を崩すような新しい知見があるわけではないので、想定を変更する必要はない、と考えたとの主張なのだろう。しかし、その酒井氏ら土木グループが2008年3月末に福島県庁に赴く武藤氏のために準備した想定問答集(QA)に、東電の方針として「地震調査研究推進本部等から発表された最新の知見を踏まえ」と書かれており、土木グループとして長期評価そのものを「最新の知見」ととらえていたのは明白だ。武藤氏は当時、このQAに目を通していた。海渡弁護士からそこを指摘されると、武藤氏は次のように述べる。

 「それは知見ではなくて、ご意見だと思います」

 その理由として、武藤氏は「何か新しい知見があったのかと何度も聞いたんですけど、ないわけです」と説明する。

 事故後に一部国有化された東京電力が新しい経営陣のもとで2013年3月にまとめた「福島原子力事故の総括および原子力安全改革プラン」の添付資料「根本原因分析図」では、武藤氏ら東電経営層の問題点として「津波は来ない(来ると考えたくない)と思い、思考停止した」と分析されている(注3)

 これについて問われると、武藤氏はそれを「読んでません」と断言する。にもかかわらず、「こんなふうには思っておりませんでした」と内容を否定する。

 東電の正式な文書ではあるが、武藤氏としては、聞き取りもなく、勝手にまとめられ、公表されたと不愉快に感じているようだ。筆者(奥山)のいる傍聴席からは見えなかったが、閉廷後の海渡弁護士の説明によれば、このとき武藤氏は憤然とした表情だったという。

 2008年9月10日に福島第一原発の幹部らを対象に開かれた説明会で配布された資料が武藤氏に示される。その2ページ目の「今後の予定」の欄の最後に「津波対策は不可避」と書かれている。

拡大2008年9月10日に福島第一原発の幹部に説明するために東電本店の土木調査グループが用意した資料=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第270号証の3「証人金戸俊道に示す証拠」(株主代表訴訟では甲299号証の3)の資料74として原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年2月に記者に開示

 武藤氏は「対策が不可避だという議論、説明は一切ありませんでした。(中略)この資料があることも知りませんでした」と答える。

 午前11時40分から海渡弁護士に代わって、甫守一樹(ほもり・かずき)弁護士が主に貞観地震について質問していく。

 午前11時58分、朝倉裁判長が甫守弁護士と武藤氏のやりとりに割って入る。

 「質問をさっきからちょっと、はぐらかすんだけど」

 そう注意し、質問への正面からの返答を武藤氏に促す。

 午後零時10分、反対尋問はひと段落し、1時間の休憩に入る。

午後、裁判官による補充尋問

 午後1時10分、朝倉裁判長や武藤氏らが法廷に入ってきて、口頭弁論が再開される。証言台の前で武藤氏が裁判長に促されて着席する。

 原告側の席に顔を向けて、朝倉裁判長が「午前中、笑い声があった」と注意する。

 「肝心なところで音がすると、私は、何があったかと見なければいけないので」

 原告の訴訟代理人弁護士の後ろには、原告当人が10人ほど座っている。傍聴席にも原告用の席がいくつか用意されている。朝倉裁判長はそちらに顔を向け、笑いたくなったときは心の中で笑って、と言う。

 尋問の最中、たしかに朝倉裁判長は、答える武藤氏の顔を凝視するように見入っている。そこに雑音が聞こえてくると、その注意をそらされてしまう、ということなのだろう。原告からすれば思わず笑ってしまうような、常識から離れたように聞こえる供述こそ、裁判長にとっては「肝心」であり、武藤氏の表情や目の動きをしっかり観察し、どこまで信用できるかどうかを推し量りたい、ということなのだろう。裁判長の真剣さが伝わってくる。

 被告側の弁護士のよる再主尋問と原告側の甫守弁護士による再反対尋問がひとしきりあった後、午後1時15分、裁判官による補充尋問が始まる。

 まず左陪席の川村久美子裁判官が2008年6月10日の会議の趣旨や「宿題」の締め切りについて尋ねる。2008年7月31日の再度の会議で、推本の長期評価の根拠に関する資料はなかったのかとも尋ねる。武藤氏は「資料ないです」と答える。

 川村裁判官が「その根拠がないということについて、資料はなくて口頭で説明を受けたということですか」と尋ねると、武藤氏は「はい、そうです」と肯定する。

 川村裁判官が「あなたはこの分野は、特にご専門ではないというお話だったんですけれども、その資料がなくても分かるような内容でしたか」と尋ねる。武藤氏は「要は一言でいうと(中略)根拠はよく分からない、ということだったと思います」と繰り返す。

拡大口頭弁論が開かれた裁判所庁舎=東京・霞が関
 右陪席の丹下将克裁判官の補充尋問は午後1時25分に始まる。

 その尋問への返答によれば、武藤氏は、新入社員だったとき福島に配属され、その際に、1960年のチリ地震で福島県内で観測された津波の高さ3メートルより高い敷地となるように福島第一原発は設計されている、と聞いたという。

 丹下裁判官の質問もやはり、2008年6月10日と同年7月31日の2度の会議の趣旨や内容に集中する。

 2008年6月10日の会議で土木グループの酒井マネージャーから武藤氏に持ちかけられた話の趣旨は、長期評価の見解に基づいて計算した高い津波水位について、「どうしたらいいんでしょうか」という「丸投げ」の質問だったのか、と確認を求める。酒井氏から「どういうことをしたいんだ」という相談があったのか、とも質問する。武藤氏は「あんまりこうしたいという話はあんまり記憶はないですね」と答える。

 「対策工事をする」という話はひとことも出なかったのか、と丹下裁判官は重ねて詰めていく。武藤氏は「資料にいくつかそういうことが書いてあったので、まったく話がなかったということでもないかもしれませんが、少なくとも私の理解では何か成案になっている、これをやれば大丈夫だというようなものには到底思えませんでした」と答える。「そもそもこの水位って何だ、という話になっちゃった」と武藤氏は言う。

 丹下裁判官による補充尋問は25分間に及ぶ。

拡大武藤栄・元東京電力副社長=2019年9月19日
 午後1時50分、朝倉裁判長による補充尋問が始まる。

 推本の長期評価が仮に根拠があるものだとすれば、それまでの想定を大幅に超える津波が来て何らかの大変なことになる、ということを認識していたか、と質問する。

 武藤氏はその認識があったことを認めず、「そういうことまで考える状況になっていなかった」と述べる。「今回の事故のようなことになるかは、定量的な評価をしてみなければ分からない」

 朝倉裁判長は「あなた自身は地震学の専門家じゃないですよね」と確認を求め、武藤氏は「はい」と認める。

 朝倉裁判長は「酒井さんも地震学の専門家ではないんですよね」と確認を求める。本人の刑事公判での証言によれば、酒井氏は工学部土木工学科卒で、大学では地盤工学や岩盤力学を専攻していた(注4)。一般に、地震学は理学部で専攻する学問で、工学部では地震学の知見を基礎にして地震への対応を研究する。つまり、酒井氏の大学での専攻は地震学ではない。武藤氏は「地震学かどうか分かりませんけど、そういう設計を社内では担当してました」「私なんかよりよっぽどいろんなこと知ってたと思いますけれども」と言う。すると、朝倉裁判長は「あなたよりはそうだろうけど」と応じる。武藤氏は「はい。で、その根拠ということについて彼も分からないと言ったわけで」と付け加える。

 2008年の東電の意思決定を主導した武藤氏と酒井氏が地震学の専門家ではないことを前提に、「で、そこで、だからそれで聞きたいんだけれども」と前置きし、朝倉裁判長は、推本で長期評価を検討した学者たちがどういう顔ぶれだったか知っていたかと尋ねる。武藤氏は「知りませんでした」と答える。

 すると、朝倉裁判長は「知らないけれども、それは知見ではなくて、意見だと思っておられたの?」と尋ねる。午前中の尋問で武藤氏が推本の長期評価について「それは知見ではなくて、ご意見だと思います」と述べたことへの皮肉だが、武藤氏の供述の信用性を推し量ろうと、あえて、挑発的に疑問を投げかけているのだろう。

 長期評価をとりまとめた推本の地震調査委員会のメンバーは、当代きっての地震学者たちであり、まさに専門家の中の専門家だった。

 武藤氏は「それは酒井さんたちに何か(中略)具体的なファクトがあったのかということを聞きましたけど、それはないんだということなんで、それがないということであれば、それは評価だろうというふうに思ったということです」と答える。事実(fact)と意見を対比させた上で、長期評価の内容は前者ではなく、後者に該当するという主張である。

 朝倉裁判長はこのファクトという言葉を引き受け、「ファクトがないのにそんなことをいきなり国の機関が言い出した、国の検討体が言い出したというのは、じゃ何でなんだ?」と聞かなかったのかと武藤氏に質問する。

 武藤氏は「ですから、なぜ言ったんですかと聞いたわけですよね。で、よく分かりませんというのが彼の答えだった」と答える。聞いた相手の「彼」というのは、酒井土木調査グループマネージャーを指す。

 社内の担当者が「根拠がよく分からない」と言うのは、単に、その担当者の理解能力が低いからに過ぎないかもしれないではないか。専門家に話を聞いてみようとか、長期評価そのものを読んでみようとか、何らか裏付けを見ようと思わなかったのか。朝倉裁判長は担当者の酒井氏の名前を挙げて、そう武藤氏に畳みかける。

 武藤氏が「そこは、社内の担当が分からないと言うんであれば、それは社外の専門家のご意見聞かなきゃしようがないだろうというふうに私は思いました」と答えると、朝倉裁判長は「そこなんだけれども」とそれを引き取り、

  • 分からないことを専門家に聞いて教えてもらうこと(非専門家が理解できないことを専門家に聞く場合)と
  • 専門家の見解について専門家同士で検討させること(非専門家だから分からないというのではなく、専門家同士で議論させないと正しいかどうか分からないような場合)

は次元がまったく違う話だと指摘する。

 「分からない」というのにも次元がある。地震学者は根拠を分かっているけれども、武藤氏や酒井氏がそれを理解できていないところがあるというだけの次元のことだったのか。それとも、地震学者たち自身も根拠を分からずに、つまり、根拠なしに長期評価を出したという「何かよっぽど変」な次元のことだったのか。どちらの次元だったのか。

 武藤氏は2008年7月、前者の次元の話ではないこと、すなわち、「自分たちが理解できていないことがあるから『分からない』というだけの話」ではないことを確認するプロセスを経ることなく、つまり、そうであるに過ぎない可能性を差し置いて、専門家中の専門家の見解(推本の地震学者たちの長期評価)について、別の分野の専門家(土木学会)に扱いを研究させる、という道をいきなり選んだ。それはすなわち、推本の地震学者たちが根拠なしに長期評価を出したという「何かよっぽど変」な次元のことだった可能性を前提に武藤氏の判断は下されたことになる。

 「あなたから聞く酒井さんの話によると、何か推本がバカみたいじゃないですか」

 「だって根拠が分かんないのに何かとんでもないことを言い出して」

 そう言い放つ裁判長を前に、武藤氏は、やるとなれば大きな工事になり、機関決定が必要になる、と従来の主張を繰り返す。

 ふつうに考えればおよそあり得ないような可能性を前提に武藤氏の判断が下されたのだとすれば、それはなぜか。

 朝倉裁判長は「そうすると」と前置きし、津波の高さの想定を変えて対策工事を行う際には、その想定にどのぐらいの根拠があるかどうかは別にして、土木学会に検討してもらうプロセスを経る必要があったということなのかと質問する。

 この質問の趣旨を武藤氏はなかば肯定する。「津波というのは(中略)その隣の発電所がどういう評価やってるかということも大いに関係してくるんですね。地震というのはもうその発電所にかなり固有の話なので決めたらそれで済むわけだけれども、津波というのはお互いに関係するので、で、そういうことを考えると今まで土木学会でそれを標準的に扱ってたんであれば、そこで見ていただいたほうがより合理的だろう」

 午後2時2分、裁判官による補充尋問が終わる。立ち上がると、武藤氏は椅子を証言台の下に戻し、一礼して、被告側弁護士の後ろの壁際の席に戻る。

 裁判官による補充尋問は予定の10分を大きく超えて3人で47分間に及ぶ。

 通常、補充尋問は2~3問で終わることが多い。まったくないこともある。30年あまりの筆者の裁判取材の経験の中で、武藤氏への補充尋問はもっとも長く、もっとも供述人に挑発的だった。

 午後2時3分、5分の休憩に入る。

武黒元副社長の主尋問

拡大武黒一郎・元東京電力副社長=2019年9月19日
 午後2時8分、再開した法廷に、武藤氏の前任の原子力・立地本部長だった武黒一郎・元東電副社長が入ってくる。武藤氏がそれに続く。

 朝倉裁判長が手で示すのに従って、武黒氏は証言台の前に立つ。宣誓する。自分の代理人弁護士の主尋問に答えていく。

 武藤氏が言葉に力を込めているように聞こえたのに対し、武黒氏の言葉は、抑揚に乏しく、ボソボソしている。途中、海渡弁護士が割って入り、マイクを口元に近づける。朝倉裁判長が「だんだんと声が小さくなっているので、声を大きく」と注意する。

 武黒氏によれば、2009年4月または5月に、原子力設備管理部の吉田部長から長期評価について「専門家の間にはいろいろと異論がある」「かなりラディカルな見解をまとめたものだ」と説明を受けたという。

 福島第一原発について何らかの津波対策が必要だという説明はありましたかとの質問に、武黒氏は「そんなものはありませんでした」と答える。

 2009年6月に土木調査グループの酒井マネージャーからも、長期評価について「このままで設計用として扱うことができるようなものではない」と説明を聞いたという。

 長期評価について、武黒氏も武藤氏と同様、「具体的な根拠が示されていない」と言う。もし仮に長期評価を想定に採り入れるとしても、その波源をどのように設定して津波の想定高さを計算するかが分からず、武黒氏からすれば、「無から有を生ずるような面がある」と主張する。

 午後3時3分、10分の休憩に入る。

勝俣元会長の主尋問

拡大勝俣恒久・元東京電力会長=2019年9月19日
 午後3時13分、再開した法廷に、武黒氏、武藤氏の次にやや遅れて勝俣恒久氏が入ってくる。

 2002年10月から2008年6月まで東電の社長を務め、震災発生当時は会長だった。小柄で白髪なのは以前と同じだが、白いマスクで顔の下半分を覆う一方で、メガネが見あたらず、目のまわりの印象が異なる。

 「良心に従って真実を述べ…」と宣誓する。

 「三陸沖から房総沖にかけて日本海溝に沿った、長さ約800キロ、幅約100キロの領域では、津波地震がどこでも起こりうる」との長期評価の内容を報じた2002年8月の朝日新聞記事について、「当時見たり聞いたりしたことはありましたか」と尋ねられ、勝俣氏は「ありません」と答える。

 福島原発事故より前、長期評価について「知りませんでした」と言い、地元の首長らから「津波対策を心配している」という話が出たことも「ありません」と答える。

 福島第一原発の敷地の海面からの高さについて「知りませんでした」と答える。社内で津波の具体的な高さの記載のある資料を見たという記憶は「ありません」。

 2009年2月11日の社内会議で原子力設備管理部の吉田部長が「14メートル程度の津波がくる可能性があるという人もいて、前提条件となる津波をどう考えるかそこから整理する必要がある」と発言したことの記憶については、勝俣氏は「あります」と明言し、その吉田部長の発言について「非常に懐疑的なニュアンスだった」と振り返る。「これはいずれまとめる、というお話でした」と説明する。

 弁護士から「最後におっしゃりたいことは」と促されると、勝俣氏は「ひとこと、お詫びを申し上げたいと思うのですが、よろしゅうございますか」と言い、立ち上がる。

 福島第一原発事故について、「大変申し訳なく、深くお詫びを申し上げいたします」と言い、裁判官席に向かって一礼する。

 まるで原稿を棒読みしているかのような言葉遣いだが、手元に原稿はない。かつてカミソリと呼ばれた切れ味のほどは感じさせない。

 「誠に痛恨の極み、深く深くお詫びを申し上げます。どうも申し訳ございませんでした。以上です」と締めくくる。

 午後4時前、朝倉裁判長は「換気のため」と言い、5分の休憩に入る。

清水元社長の主尋問

拡大国会事故調に出席した東京電力の清水正孝元社長=2012年6月8日午後、東京・永田町の参院議員会館
 福島第一原発事故が発生した当時の東京電力社長、清水正孝氏は法廷で、濃紺のスーツと白いマスクを身につけているものの、ネクタイは締めていない。

 武黒、武藤の両元副社長は壁際の席で清水元社長の供述を聞いている。

 勝俣元会長と同様の質問が清水氏にも投げかけられていく。福島第一原発の敷地の海面からの高さは「知りませんでした」。同原発を訪問したときも敷地の高さを意識したことは「特段ありませんでした」。長期評価を取り上げた2002年8月の朝日新聞記事についても「その記事は見たことがありません。話も聞いたことがございません」と答える。

拡大東電社内で2008年2月16日に開かれた会議の資料。東京地検が押収し、東電の株主代表訴訟に証拠として提出された
 2008年2月16日に副社長だった清水氏が勝俣社長、武黒副社長、武藤副本部長らとともに出席して開かれた社内会議の資料には、「津波高さの想定変更」という項目があり、日本海溝沿いを震源とする地震を考慮して、従来の想定の津波高さ5.5メートルを見直して、7.7メートル以上に引き上げるとの方針が記載されている。しかし、それを見た記憶は「残っておりません」と清水氏。「もし津波の高さに関する報告があったとすれば(中略)必ず質疑になると思います。そうすればそこで初めて、津波に関する情報がここにあるという認識といいますか、記憶は必ず残るはずだ」と付け加えて言う。

 一方、2009年2月11日の会議での吉田部長の「14メートル程度の津波がくる可能性」発言については、それに続いて武黒副社長と土木調査グループの酒井マネージャーの間で質疑が実際にあったが、清水氏は「この発言は記憶にありません」と答える。

 「最後に何かおっしゃりたいことは?」と弁護士に促され、清水氏は「多くの方々に甚大な被害を…」と話し始める。勝俣氏が起立したのに対し、清水氏は座ったまま、「改めて心から深くお詫びを…」と言う。そして「取締役としての注意義務・忠実義務も果たしてきたものと私は考えております」と締めくくる。

 午後4時35分、清水元社長、武藤元副社長、武黒元副社長が列をつくって退廷する。

 午後4時42分、閉廷する。

記者の視点:経営判断の審査を専門とする民事8部

 2008年6~7月の武藤氏の判断の過程には軽視できない不備があった――。2021年7月6日の補充尋問での3人の裁判官の発言を聞くかぎり、裁判所がそういう心証を固めているのは間違いないように筆者(奥山)には思える。

 武藤氏は、長期評価の根拠について専門家に尋ねて把握しておくべきだったのに、その過程を経ることなく、そして、酒井グループマネージャーの言う「根拠が分からない」の内実を把握することなく、2008年7月31日、土木の専門家同士で長期評価の扱いを研究させる道をいきなり選んだ。長期評価の根拠について専門家から聞き取ったり土木調査グループの真意を把握したりするだけならば数日ないし数週間で簡単に済んだだろうが、土木学会に研究を依頼した結果、結論を得るまでに年単位の歳月を要することになり、その間に東日本大震災は発生した。これが経営判断として正しいのかと裁判所は疑問視しているのだろう。

 福島県沖を含め三陸沖から房総沖にかけての太平洋の海底では、日本列島の東側が載る北アメリカプレートの下に太平洋プレートが沈み込みつつあって、両プレートの境界にある日本海溝の近辺で大地震が繰り返し起きている。そのことは広く報道され、よく知られている。推本の長期評価の取りまとめに関わった地震学者の島崎邦彦・東京大学名誉教授は、岩波書店の月刊誌『科学』2011年10月号に寄稿した論考『予測されたにもかかわらず、被害想定から外された巨大津波』で次のように書いている。

 海溝の北部、中部、南部には、地形など、大きな違いは見られない。よって、津波地震は、日本海溝のどこでも発生すると判断した。プレートの沈み込みにより、北部と南部だけで津波地震が発生し、中部だけでは起こらないとは考えにくい。また、そのような主張(もしあれば)を支持する証拠もない。(中略)プレートテクトニクスにもとづけば当然の結論である。

 この「中部」に福島県沖の日本海溝近辺が含まれる。江戸幕府の成立で史料が残る過去400年ほどの間にたまたま福島県沖の日本海溝近辺で巨大地震がなかったからといって、今後も福島県沖だけは津波地震が起こらない、と即断できるものではない、ということなのだろう。

 東京電力の土木調査グループの技術者たちにとって、こうした長期評価の根拠を知るのは簡単だっただろうし、おそらく知っていただろう。一方、これを否定するのは不可能だっただろう。一流と目される地震学者らが集まって総合的に評価・検討した末に下した、国の最高権威による一定の結論が推本の長期評価だ。だから、土木調査グループは「津波対策は不可避」と判断し、同業他社や福島第一原発幹部らにそう説明した。にもかかわらず、武藤氏はそれを知らなかった、という。本当に知らなかったのかどうかは疑問だが、もしそうだとすれば、武藤氏は、それをあえて知ろうとしなかった、つまり、目を背けていたのも同然だということができる。

 会社の取締役による経営判断には広い裁量が認められており、悪い結果となって会社に損害が生じたからといって、それだけでは法的な責任は生じない。経営判断の是非を判断するにあたって、裁判所は通常、

  • その経営判断の前提となった事実の認識について不注意な誤りがあったか、
  • その事実に基づく意思決定の過程やその内容が会社経営者として著しく不合理なものであったか、

との観点から経緯を審査する。いずれかに該当する場合は、その経営判断は許容範囲を逸脱するものとして、その取締役は、会社に負う注意義務に違反した、と判定される。2008年7月31日の武藤氏の判断もまた、この基準に沿って審査されるだろう。

 東京地裁の民事8部は商事専門部として、様々な企業の様々な経営判断についてこうした審査を積み重ねてきており、その裁判官は、その審査の相場を最もよく知っている人たちだ。

拡大閉廷後に記者会見する海渡雄一弁護士(右から2人目)ら=6日午後5時15分、東京・霞が関
 6日夕、原告訴訟代理人の海渡弁護士は閉廷後の記者会見で「手応えを感じた」と尋問を振り返った。「ああいうふうに(武藤氏が)言っていることには相当、裁判所としてはマイナスの心証を持っているなと感じました」

 甫守弁護士は「武藤さんの言っていることは刑事裁判のときと何も変わらないんですが、刑事裁判よりも裁判所がずっと関心をもって、あまりにもおかしすぎるだろうというような印象を示しながら武藤さんに詰め、武藤さんの言っていることに裁判所が疑問を呈した」と述べた。

 たしかに、武藤氏は2019年に東京地裁の刑事4部で無罪の判決を受けている。しかし、刑事4部は、このような企業の経営判断の是非を専門的に審査している裁判部ではない。それに比べ、専門性の高い民事8部の判断は、上級審にも影響を与える、より重いものになるだろう。日本長期信用銀行の粉飾決算事件で、東京地裁の民事8部と刑事1部で判決が真逆の結論になったが、最高裁は民事8部の判断を是とした、という前例がある。

 次回の口頭弁論は7月20日に103号法廷で開かれ、武黒、勝俣、清水の3氏に対する原告側の反対尋問が予定されている。このあと、健康上の理由で延期されている小森明生元常務(元福島第一原発所長)への尋問と福島第一原発の現地調査が10月に予定されており、最終弁論を経て早ければ11月に結審する見通しだ(注5)。民事8部の裁判官たちが武藤氏の判断に不備があるとの心証を得たとしても、それについて「不注意な誤り」とか「著しく不合理」とかと断定できるかどうかは、判決を見るまでは定かではない。

 ▽注1:酒井証人尋問調書69頁、2018年4月24日、第8回公判。株主代表訴訟では甲298号証の1。
 ▽注2:酒井証人尋問調書46頁、2018年4月27日、第9回公判。株主代表訴訟では甲298号証の2。
 ▽注3https://www.tepco.co.jp/cc/press/2013/1225948_5117.htmlhttps://www.tepco.co.jp/cc/press/betu13_j/images/130329j0403.pdf#page=32
 ▽注4:酒井証人尋問調書96頁、同上。
 ▽注5http://tepcodaihyososho.blog.fc2.com/blog-entry-386.html
 
 ▽注6:法廷での発言の引用部分の細かな言い回しについて、2022年1月8~9日、本人調書(反訳書)に基づいて修正した。

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。 近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
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