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東電元副社長の説明に裁判長「聞いていると国の地震本部はバカみたい」と皮肉

奥山 俊宏

 東京電力の株主代表訴訟の法廷で6日、東京地裁民事8部の裁判官たちは、東電の武藤栄・元副社長を相手に、同社による原発安全対策の意思決定過程に次々と疑義を指摘した。福島県沖の日本海溝近辺でマグニチュード8級の津波地震が起こり得るとの国の地震調査研究推進本部(推本)の見解に基づいて東電の土木技術者たちは2008年、福島第一原発の津波対策強化が必要だと考えたが、武藤氏は同年7月、推本の見解の根拠が分からないという理由でその実施の見送りを決め、現在、法廷でその判断を正当化しようと努めている。6日の尋問で3人の裁判官たちは予定の時間を大幅に超えて47分にわたり武藤氏の判断過程に疑問を投げかけ、裁判長は「あなたの言うことを聞いていると、推本はバカみたいじゃないですか」と皮肉を口にした。

午前、株主側の反対尋問

拡大開廷前に裁判所前に立つ原告たち=6日午前9時14分、東京・霞が関
 午前9時58分、朝倉佳秀裁判長を先頭に民事8部の裁判官3人が法廷の奥の扉から東京地裁第103号法廷に入ってくる。民事8部は、会社の取締役の経営判断の是非を裁く訴訟を集中的に扱い、東京地裁でも花形の裁判部だ。朝倉裁判長は民事8部の部総括判事(部長)となる前、司法研修所教官、最高裁事務総局の民事局第二課長、第一・第三課長、内閣官房の内閣審議官などを歴任し、いわばエリートコースを歩んできた。

 報道機関による廷内の撮影が終わると、午前10時2分、武藤栄氏が被告代理人席の後ろの壁の扉に姿を見せ、軽く一礼して廷内に入ってくる。前回と同様に濃い色のスーツに灰色っぽいネクタイ、白いマスクをつけている。裁判官席の脇の壁際の椅子に座る。裁判官席の前の下、書記官席の後ろに、30冊ほどの訴訟記録がぎっしり詰まったキャスターつきの3段ラックが置かれる。

 午前10時5分、裁判長と向き合うように武藤氏は証言台の前で気をつけの姿勢をとる。朝倉裁判長が「うそをおっしゃった場合の制裁については前回の通り」と説明し、武藤氏は軽くうなずく。前回、5月27日の口頭弁論では、武藤氏の側の被告代理人弁護士による主尋問が行われた。それに続く今回の口頭弁論では、対立する原告株主側による反対尋問がある。

 10時6分、原告訴訟代理人の海渡(かいど)雄一弁護士が立ち上がって質問を始める。

 1979年3月に米スリーマイル島原発で発生したような過酷事故が起きるかもしれないという意識はありましたか、というのが最初の質問となる。
 「そういう事故が起こる可能性は低いだろうと思っていました」と武藤氏は答える。
 もし仮に「そんな意識はなかった」と答えれば、原子力安全への意識の低さを裏付けることになるところだが、武藤氏の返答はそうではなく、まずは模範解答だといえる。

拡大仏ルブレイエ原発の高波被害を報ずる2008年9月9日の朝日新聞夕刊2面記事
 フランスのルブレイエ原発で1999年12月に原子炉建屋内部まで浸水する高波被害があった問題について尋ねられると、「事故後に知りました」と武藤氏。
 福島事故の原因となった原発の弱点をその12年前に浮き彫りにした出来事だったが、武藤氏は当時、それを知らなかったという。

 インドのマドラス原発で2004年12月に非常用海水ポンプが津波で水没したトラブルについて尋ねられると、武藤氏は「事故後に聞いたと思います」。
 日本の原発規制機関だった原子力安全・保安院はこのトラブルを取り上げて、2006年に東京電力の技術者らを招いて「溢水勉強会」を立ち上げ、その年の夏から秋にかけて津波対策の強化を東電に口頭指導した。が、武藤氏はその経緯を知らなかったという。「報告は受けておりません」と答える。

拡大2008年6月10日の会議で配布された資料の1ページ目=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第268号証の4「証人髙尾誠に示す証拠」(株主代表訴訟では甲297号証の4)の資料109として一部を黒塗りにした上で原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年2月に記者に開示
 海渡弁護士が焦点を当てるのは、2008年6月10日に武藤氏を交えて東電社内で開かれた会議だ。

 「10人くらいいたかなと思います。酒井さん、吉田さんがいたなという記憶がありますが、それ以外はだれがいたか定かではありません」

 原子力立地・本部副本部長だった武藤氏はその会議で、原子力設備管理部長だった吉田昌郎氏(故人)、その部下にあたる土木グループ(2008年7月1日に土木調査グループに改組)マネージャーの酒井俊朗氏らから、国の地震調査研究推進本部(略称は「推本」または「地震本部」)が2002年7月に公表した長期評価について初めて説明を受けたという。

拡大2008年6月10日の会議で配布された資料の4ページ=避難者が国や東電を相手に大阪地裁で起こした訴訟の丙B第268号証の4「証人髙尾誠に示す証拠」(株主代表訴訟では甲297号証の4)の資料109として原子力規制委員会が情報公開法に基づき2020年2月に記者に開示
 その会議で配布された資料の1ページ目には「これまでの経緯」として推本の長期評価の簡単な説明があり、三陸沖北部から房総沖の海溝寄りで大地震が「どこでも発生する可能性がある」と書かれている。この見解への賛否について地震学者にアンケートしてその回答を平均したところ、「どこでも起きる」が多数派で、「福島沖は起きない」は少数派だったとの結果も示され、同業他社の対策の検討状況も記されている。
 2ページには、福島第一原発に最大15.7メートルの高さの津波が来て1~4号機の主要建屋の敷地が海水で覆われうるとの計算結果の平面図が添えられている。3ページには、福島第二原発に関する計算結果が同様に平面図で示されている。
 4ページには、「現在の検討状況、今後の検討内容」として「対策工に関する概略検討(土木)」という項目がある。防潮壁、防潮堤の設置が提案されており、「必要な許認可の洗い出しが必要」と書き込まれている。
 この会議について、酒井氏は2018年の刑事公判で「対策を前提に説明をしています」と証言している(注1)

 しかし

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筆者

奥山 俊宏

奥山 俊宏(おくやま・としひろ) 

 朝日新聞編集委員。
 1966年、岡山県生まれ。1989年、東京大学工学部卒、朝日新聞入社。水戸支局、福島支局、東京社会部、大阪社会部、特別報道部などで記者。『法と経済のジャーナル Asahi Judiciary』の編集も担当。
 著書『秘密解除 ロッキード事件  田中角栄はなぜアメリカに嫌われたのか』(岩波書店、2016年7月)で第21回司馬遼太郎賞(2017年度)を受賞。同書に加え、福島第一原発事故やパナマ文書の報道も含め、日本記者クラブ賞(2018年度)を受賞。 「後世に引き継ぐべき著名・重要な訴訟記録が多数廃棄されていた実態とその是正の必要性を明らかにした一連の報道」でPEPジャーナリズム大賞2021特別賞を受賞。 近刊の共著書に『バブル経済事件の深層』(岩波新書、2019年4月)。
 そのほかの著書として『パラダイス文書 連鎖する内部告発、パナマ文書を経て「調査報道」がいま暴く』(朝日新聞出版、2017年11月)、『ルポ 東京電力 原発危機1カ月』(朝日新書、2011年6月)、『内部告発の力 公益通報者保護法は何を守るのか』(現代人文社、2004年4月)がある。共著に 『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社、2019年4月)、 『検証 東電テレビ会議』(朝日新聞出版、2012年12月)、『ルポ 内部告発 なぜ組織は間違うのか』(同、2008年9月)、『偽装請負』(朝日新書、2007年5月)など。
 ツイッターはhttps://twitter.com/okuyamatoshi
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※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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