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夏の法務省・検察幹部人事を診断 次の検事総長は甲斐氏で決まりか 人材難の予兆

村山 治

 7月16日発令の法務省人事は、安倍政権による人事介入で大揺れとなった検察が、ようやく独自の人事路線に戻ったことを実感させた。同時に、検察が抱える「人材難」というもうひとつの構造的な危機が抜き差しならないところまで来ていることも明らかになった。

介入の原点

検察庁法改正案に抗議する声は昨年5月に広がった=国会前
 まず、安倍政権による検察首脳人事への介入を簡単に振り返っておく。今回の人事の背景を読み解くのに必要だからだ。

 発端は、検事総長への登竜門とされる法務事務次官人事だった。法務省は2016年夏、同省刑事局長だった林真琴・現検事総長(司法修習35期、64歳)を、当時の大野恒太郎検事総長(28期、69歳)の「次の次の次の検事総長」と決め、法務事務次官に昇格させる人事案を官邸に打診したところ、官邸は、官房長の黒川弘務検事(35期、64歳、その後、東京高検検事長で辞職)を事務次官にしたいと強く希望した。黒川氏は国会議員に対する法案のロビーイングや危機管理で政権を支え、特に、官房長官の菅義偉・現首相のお気に入りといわれた。

 法務省側は、1年後の17年夏には林氏を次官に起用するとの「約束」が官邸から得られたと受け止め、要求に応じたが、官邸は、この「約束」をなかったものであるかのように、結局、林氏を次官に起用しないまま18年1月、名古屋高検検事長に転出させた。官邸は19年1月には、黒川氏を検察ナンバー2の東京高検検事長に起用。検事総長登用に向けて「外堀」を埋めた。

筋悪の勤務延長

 黒川氏の63歳の定年(20年2月8日)を数か月後に控えた19年秋、法務省が黒川氏の20年1月退官の人事案を示したのに対し、官邸は黒川氏の検事総長起用を強く希望した。

 法務省側は官邸の意向に沿い、稲田伸夫検事総長(33期、64歳)に黒川氏を検事総長にするため、黒川氏の誕生日の前日までに勇退するよう打診したが、稲田氏は、20年4月までは勇退せず、その後に林氏を後継に起用する方針を変えなかった。それだとは黒川氏を検察官のまま検事総長に起用する道はなくなる。

 そういうギリギリの局面で法務省がひねり出したのが、黒川氏の勤務を延長して総長に起用しようとする奇策だった。安倍政権は20年1月31日、定年を約1週間後に控えた東京高検検事長の黒川氏の勤務を半年延長する人事を閣議決定した。稲田氏も最終的に黒川氏の後継含みの勤務延長を容認したとみられる。

 他の一般の行政官庁では国家公務員法の規定をもとに勤務を延長した例はあるが、検察官については、定年が検察庁法で規定されており、どれほど業績を上げた検事でも定年が来れば粛々と辞めていくのが当たり前だった。本来は、検察庁法を改正しないと、勤務延長はできない。国会では、野党が「恣意的法解釈による違法人事」と追及した。林氏はそのまま名古屋で退官する見通しとなり、検察内外で「検事総長人事への政治の介入」との衝撃が走った。

筋悪の検察庁法改正案

 さらに3月13日、安倍政権は、検察官の定年を、現行65歳の検事総長を除き、63歳から65歳に段階的に引きあげ、63歳で幹部ポストから退く「役職定年」を設けたうえ、内閣や法務大臣が「特別の事情」を考慮して必要と認めた幹部については、最長で3年間の勤務延長を可能にする特例規定を盛り込んだ検察庁法の改正案を閣議決定。通常国会での成立を目指した。

 これに世論や検察OBらが猛反発。元検事総長の松尾邦弘氏(20期)ら検察OB有志は「検察人事への政治権力の介入を正当化し、政権の意に沿わない動きを封じて、検察の力をそごうと意図している」などと政権を批判した。Twitter投稿は3日間で700万近くに膨れ上がった。安倍首相は国会などで「恣意的な人事はしない」と弁解しつつ、「撤退」に舵を切り、法案は国会閉会の6月17日、審議未了で廃案となった。

 そのさなかの5月20日、黒川氏がコロナ自粛中に記者と賭け麻雀をしていたことが週刊文春の報道で発覚。5月22日に黒川氏は辞職した。政権は、法務・検察の混乱を早期に収拾するため、稲田氏の後継に林氏を充てることを決め、林氏は東京高検検事

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