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株主間契約(JV契約)の効力に関する裁判例に変化の兆し

坪井 崇

1. はじめに

坪井 崇(つぼい・たかし)
 2005年、東京大学法学部卒業。2007年、東京大学法科大学院修了。2009年、第二東京弁護士会登録。2014〜2015年、アメリカポートランド州のLane Powell PCで勤務。2016年、Georgetown University Law Center(LL.M.)修了。2021年1月、西村あさひ法律事務所パートナー。
 企業が新規事業分野に進出する際に、リスク負担を軽減し、また、迅速かつ効率的な事業展開を可能とするため、一定のシナジーを共有できる事業者との間で共同事業体(ジョイント・ベンチャー)を組成すること、あるいは既存の事業者に出資することが、広く行われている。そうした共同事業体の組成ないし既存事業者への出資の際に、当該事業者(以下「JV」という)の株式や持分の過半数を保有し、JVの意思決定を実質的に支配することが可能な場合を除き、少数派となる出資者(以下「少数派出資者」という)は、JV及びJVの意思決定を支配する出資者(以下「多数派出資者」という)との間で株主間契約又は議決権拘束契約(以下「株主間契約」という)を締結し、JVの意思決定に対する一定の関与の権利及び拒否権を確保する必要がある。そのための規定として、具体的には、会社法上定められた機関決定に関する定め(例えば、株主総会の通常決議事項であれば出席株主の議決権の過半数による決議により決定されるといったこと)を修正して、①少数派出資者がJVの一定数の取締役及び監査役の選任に当たって、候補者を指名する権限を有する旨の定めや、JVが株主総会で定款変更や新株発行等の承認決議を行う際に、少数派出資者による書面による事前の同意を必要とする旨の定め(拒否権条項)を置くことが考えられる。

 このようにして確保されるJVの意思決定に関する少数派出資者の契約上の権利は、株主間契約の当事者間の関係が良好である間は、適切に尊重される。しかし、株主間契約の当事者間の関係が悪化した場合は、必ずしもそれら契約が遵守されるとは限らない。即ち、多数派出資者が、少数派出資者を排除してJVを運営することを目的として、株主間契約の定めを無視して、会社法の規定のみに則って、JVの機関決定を強行することも考えられる。そのような場合、少数派出資者としては、株主間契約に基づいて、多数派当事者に対して債務不履行に基づく損害賠償請求権を行使したり、(株主間契約の規定次第ではあるが)所定の規定に基づいて、プット・オプションを行使して、自身が有するJVの株式を多数派出資者に高値で売り付けたりことが考えられるが、それを超えて、株主間契約に基づいて、このような多数派出資者による会社法の規定のみに従ったJVの機関決定(例えば、取締役会決議事項であれば出席取締役の過半数による決議、株主総会の通常決議事項であれば出席株主の議決権の過半数による決議)を阻止することができるのかが問題となる。

 この場合に、少数派出資者が執り得る措置としては、多数派出資者が実行する機関決定の内容次第ではあるが、それが取締役の選任、定款変更、新株発行等である場合には、例えば、①当該事項を議題とする株主総会の開催及び決議の禁止を求める仮処分(会社法360条、民事保全法23条2項)、②これらの株主総会決議の取消・無効確認の訴え(会社法831条、830条2項)、又は③契約に従った議決権行使をしない株主が存在する場合にその意思表示に代わる判決(民事執行法177条)を求めること等が考えられる。

2. 株主間契約の効力を債権的効力に限定する伝統的な議論

 この点、株主間契約による当事者間の合意に基づく拒否権や議決権行使の拘束に関して、伝統的には、契約当事者間の債権的合意としては有効であるが、例えば、株主総会の決議取消事由を列挙する会社法831条1項も契約違反を取消事由として明示していないといった点に鑑み、そのような合意に違反して議決権が行使されたとしても、株主総会決議の効力には影響がなく、当該合意の当事者たる株主は、裁判所に対して株主総会開催禁止の仮処分や決議禁止の仮処分、又は株主総会決議の取消しや無効確認を求めることはできないとする見解が多数説とされてきた(例えば、鈴木竹雄=竹内昭夫『会社法〔第3版〕』239頁、大隅健一郎=今井宏『会社法論(中)〔第3版〕』79頁、棚瀬孝雄=米盛泰輔「合弁会社における少数派株主保護とデッドロック解消のためのプランニング」旬刊商事法務2132号7頁、棚橋元「合弁契約における株主間の合意とその効力」『ジョイント・ベンチャー契約の実務と理論【新訂版】』262頁)。

3. 株主間契約の効力の一環として、株主間契約に反する内容の株主総会決議の事前の差止め及び事後の取消・無効確認を認める近時の議論

 このような伝統的な多数説に対しては、そのような考え方は出資者全員が当事者となる株主間契約においては妥当せず、拒否権・議決権行使の合意に反する株主総会決議については、事前の差止め(株主総会開催禁止仮処分や決議禁止仮処分)や事後の取消・無効確認(株主総会決議の取消しや無効確認)を求めることができるとする見解が、近時有力化しつつある。その中でも有力な見解は、株主全員が当事者である株主間契約がある場合には、当該契約に基づく議決権行使の違反は、定款違反と同視できるとされており、かかる見解を前提とすると、契約による当事者間の合意に基づく拒否権や議決権行使の拘束の違反は、株主総会開催の差止事由(会社法360条1項)及び株主総会決議の取消事由(会社法831条1項1号)に該当することになる(例えば、江頭憲治郎『株式会社法〔第8版〕』351~352頁、田中亘『会社法〔第2版〕』181~182頁参照)。

 このような近時における学説の展開を踏まえ、近時、株主間契約の効力の一環としての事前の差止め及び事後の取消・無効確認の余地に言及する新たな裁判例が登場してくるに至っている。そこで、以下では、そのような裁判例として、名古屋地決平成19年11月12日金融・商事判例1319号50頁〔スズケン対小林製薬事件〕(以下「平成19年決定」という)及び東京高判令和2年1月22日金融・商事判例1592号8頁(以下「令和2年判決」という)を取り上げて分析する。

(1) 平成19年決定

 この件の事案は、JVの株式の74.22%を所有する仮処分債務者と同20%を所有する仮処分債権者との間で、それぞれが所有するJVの「株式の譲渡」を禁止する旨の条項を含む株主間契約が締結されていたところ、JVの取締役会が第三者との間で当該JVを当該第三者の完全子会社とすることを内容とする株式交換を進めることを決定し、株式交換契約の承認を会議の目的たる事項とする臨時株主総会を開催しようとしたところ、仮処分債権者が仮処分債務者を相手方として、当該株主総会において当該議案に賛成する旨の議決権行使をすることの差止めを求めて仮処分を申し立てた、というものである。

 これに対して、平成19年決定は、「株式の譲渡」に株式交換が含まれるか否かに疑義が残ることを理由に、仮処分債権者の議決権行使禁止仮処分の申立てを却下したが、当該判断の傍論において、原則として株主間契約に基づく議決権行使の差止めは認められないが、①株主全員が当事者である株主間契約であって、②契約内容が明確に議決権を行使しないことを求めるものといえる、という2つの要件が満たされる場合には、例外的に、株主間契約に基づく議決権行使の差止請求が認められるとした。

(2) 令和2年判決

 この件の事案は複雑ではあるものの、単純化すると、その概要は、A社の発行済株式総数の約3分の1ずつを保有するB、C及びDの3名が、自身又はその指名する者をA社の取締役に選任する旨の株主間契約を締結していたところ、Bの相続人であるXらが、CからA社の株式の信託譲渡を受けたYに対して、XをA社の取締役に選任するよう求め、A社の株主総会において、かかる内容の取締役選任議案に賛成する旨の意思表示を求めた、というものである。

 これに対して、令和2年判決は、結論として、契約当事者が、上記の株主間契約に沿った議決権行使の履行を強制できる効力を当該契約に付与する意思があったことを基礎付ける間接事実が非常に乏しいことを理由として、株主間契約の法的拘束力自体は否定した。しかしながら、同判決は、傍論において、以下のとおり述べており、注目される。

  1.  会社法その他の関係法令の趣旨を考慮に入れて、契約当事者の属性、契約内容、契約締結の動機目的、契約当事者の有する株式の種類や議決権の総株主に占める割合、契約の締結時期等の各要素を検討の上で、契約当事者たる出資者の合理的意思を探求し、株主間契約の効力の内容・程度(損害賠償請求ができるにとどまるか、契約に沿った議決権行使の履行強制ができるか、契約に沿わない議決権行使により成立した株主総会決議の決議取消事由を肯定するか)について、契約当事者の意思を事実認定した上で、法的効果を判断すべきである。
  2.  株主間契約をめぐる法的状況の十分な知識とこれに基づく会社経営の企画力がある株式会社間で締結された株主間契約であって、契約当事者の保有する株式の合計が発行済株式総数の全部又は大半を占め、内容が具体的で違反の有無が判断しやすく、方針や意図が明確な合意ほど、法的効力を発生させる意思のもとに契約当事者が合意をしたという事実を推認しやすい。
  3.  その内容、方針、意図から法的効力を発生させる意思が明確に認定できる株主間契約については、契約に沿った議決権行使の履行を強制する内容の裁判(判決・仮処分命令)をすることが可能であり、契約に沿わない議決権行使により成立した株主総会決議について、定款違反があった場合に準じて、株主総会決議取消の判決をすることも可能である。ただし、後者の株主総会決議取消判決ができるのは、株主間契約の当事者ではない株主に予想外の影響を及ぼすことを避けるために、発行済株式の全部を株主間契約の当事者が保有している場合に限られる。

(3) 平成19年決定及び令和2年判決の評価

 上記の各裁判例は、いずれも、結論としては、株主間契約における拒否権の定めや議決権行使の合意に反する株主総会決議に関して、事前の差止めや事後の取消・無効確認を認容しなかった事案であるため、上述した傍論については、その射程を慎重に分析することが必要と考えられる。特に、令和2年判決が詳細に考慮要素を挙げているとおり、最終的には、個別具体的な事実関係に照らして、株主間契約の当事者の合理的意思を個別に検証して、当事者が当該契約にどの程度の法的効力を付与することを意図していたかを解釈・判断することが必須である。

 しかしながら、裁判所は、少なくとも理論的には、近時の有力説と同様に、十分な法的素養を有する契約当事者間で締結された株主間契約であって、少なくとも全株主が契約当事者となっている株主間契約については、契約規定に沿った内容の議決権行使の履行を強制する旨の裁判を許容する余地が十分にあると考えているように思われる(なお、令和2年判決が、株主間契約の当事者ではない株主に予想外の影響を及ぼすことを避ける点を強調していることに鑑みると、株主間契約締結時にその当事者がJVの発行済株式の全部を保有するだけではなく、問題となる株主総会決議の時点においても同様である必要があるのではないかと解する見解も見られる(松元暢子「議決権拘束契約の法的効力」ジュリスト1559号118頁参照))。

 従って、今後は、これらの裁判例や近時の有力説を踏まえて、少なくとも、発行済株式の全部を株主間契約の当事者が保有している場合であって、株主間契約の当事者が、当該契約に強い法的拘束力を発生させる意思を有していると認められる場合には、契約規定に沿った内容の議決権行使の履行強制や、契約規定に沿わない内容の議決権行使により成立した株主総会決議の決議取消しが認められる方向で議論が進むのではないかと予想される。

4. 今後の株主間契約の実務

 伝統的な学説について紹介する中でも述べたとおり、従来、株主間契約の作成に当たって、必ずしも当該契約に債権的効力を超えた法的効力が肯定されることを前提とする実務が積み上がってきたとはいえないように思われる。

 そうであるが故に、少数派出資者の拒否権の実効性を担保する方法としては、従来は、①定款で一定事項を(取締役会決議事項ではなく)株主総会決議事項とした上で、決議の定足数又は決議要件を多数派出資者の出資比率よりも高くすること、②JVが全株式譲渡制限会社であって指名委員会等設置会社でない場合に限られる(会社法108条1項柱書但書)ものの、取締役の選任については、少数派出資者に取締役選任権付種類株式(会社法108条1項9号)を発行するといった方法や、③やはりJVが全株式譲渡制限会社であって指名委員会等設置会社でない場合に限られるものの、少数派出資者に発行する株式を拒否権付種類株式とすることが検討されてきた(なお、この場合における拒否権の対象事項は、株主総会や取締役会等における決議事項とされるが(会社法108条1項8号)、会社法上、定款で株主総会決議事項でない事項を株主総会決議事項とすることも可能である(会社法295条2項)ほか、定款に法定の取締役会決議事項以外の取締役会決議事項を定めることも可能であるため、実質的には、株主総会又は取締役会の法定決議事項以外の事項も拒否権の対象とすることができる)。何故なら、例えば、上記②に関していえば、取締役選任権付種類株式が発行されている場合における取締役の選任については、当該種類株主総会決議が存することが会社との関係でも効力発生要件とされている(会社法347条1項)ところであるし、上記③に関していえば、拒否権付種類株式によって拒否権の対象とされた事項については、株主総会又は取締役会による決議の他、当該種類株主総会決議が存することが会社との関係でも効力発生要件となる(会社法323条本文)とされている(つまり、これらの場合には、種類株主総会決議を経ない限り、会社法上は効力を有せず、少数派出資者の取締役選任権

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