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京都市児童相談所の事例に見る公益通報者の資料持ち出しの違法・適法

山本 憲光

はじめに

山本弁護士拡大山本 憲光(やまもと・のりみつ)
 1991年、東京大学法学部卒。司法修習47期。1995年検事任官、東京地検、法務省民事局などを経て、2006年に退官、弁護士登録、西村あさひ法律事務所入所。専門は、一般企業法務、会社関係訴訟、公益法人法制、海事法、企業危機管理(コンプライアンス)、刑事事件等。
 公益通報者保護法の改正法(「改正法」)が令和2年(2020年)に成立、公布され、令和4年(2022年)6月1日からの施行が予定されている。改正法における改正内容は、①それまで労働者(派遣労働者を含む)に限られていた通報主体について役員や退職1年以内の退職者への拡張、②外部通報(監督官庁やマスコミ等)への通報要件の一定の緩和、③事業者に対する内部公益通報受付窓口の設置義務付け等、多岐に亘る、影響力の大きいものであるが、他方において、改正に至るまでの経緯の中で、重要論点として議論されながらも今回の改正項目には残らなかったものも少なくない。本稿ではその中から、公益通報者が自己の通報内容の信用性(真実相当性)を確保するため、内部資料を持ち出す行為の違法性に関する問題を、最近の裁判例(本件裁判例)を取り上げることにより、考えてみたい。

事案の概要

(森井利和「よくわかる!労働判例ポイント解説」(労働法学研究会報2733号26頁を参考にしている)

(1) 前提事情

 2014年 8月下旬、京都市の児童養護施設B園に人所する児童(「本件児童」)の母親から、2回に亘り、京都市児童相談所に、B園の施設長(「本件施設長」)が本件児童に性的な行為をしようとしていたことが発覚した等の電話相談があった。

 児童相談所の所長は、この相談を虐待通告としては取り扱わなかったものの、関係者から事情聴取をすることとし、10月1日に本件施設長を児童相談所に呼んだ。これをたまたま目撃した児童相談所職員Xは、B園で過去に不祥事があったことなどから、B園でまた不祥事があったのではないかと疑い、同月9日以降、勤務時間中に職場のパソコンから児童情報管理システムとそのバックアップフォルダにアクセスして、自分の担当ではない、本件児童とその妹(本件児童ら)の児童記録データ等を繰り返し閲覧し、上記相談があったことを知った。その後、Xは、本件児童らの児童情報に、2014年10月9日から2015年10月8日にわたり、16日間、88回、延べ72分間の閲覧をした(本件行為①)。

 本件児童は2014年10月9日にB園を退所したが、12月24日に母親が児童相談所を訪れて、本件児童に性的被害のあったことを通告した。児童相談所は、この段階で初めて正式な虐待通告の受理とし、その後は、関係者への聞き取り調査や上局報告(市長及び副市長への報告)などがなされ、結局、本件施設長は2015年 9月8日に児童福祉法34条1項6号違反の容疑で逮捕され、その後起訴されて有罪判決を受けた。

(2) Xの行動

 Xは、2015年1月の職場外の店舗で行われた職場の新年会や、同年3月の職員労働組合の団体交渉でも、B園や本件児童に関する話題を出したが、これらの場での間答で、2014年8月の母親からの相談は上局報告では触れられていないのではないかとの疑いを持つようになった。そこで、Xは、3 月15日、京都市の公益通報窓口であるH弁護士に、電子メールで、京都市児童相談所の不作為を隠ぺいするような情報の取捨選択が行われている可能性が強い等の内部通報を行った(第1回内部通報) 。しかし、同年6月23日にH弁護士から返信された電子メールでの回答は、児童相談所の取り扱いに不適切な点はなかったというものであった。

 Xは、H弁護士からの回答に納得できず、2015年9月の本件施設長の逮捕を知り、H弁護士に再度内部通報をしようと考え、その説明のため、業務用のパソコンからアクセスして、本件児童の妹の児童記録データのうち本件児童の母親からの相談内容を含む記載がされた文書ファイルの片面l頁をプリントアウトして複数枚コピーをし、そのうちl枚(「本件複写記録」)を自宅に持ち帰って保管した(本件行為②-1)。その上で、10月9日にH弁護士に面談の上、この複写記録のうちの1枚を提出して、2014年8月の時点で京都市児童相談所に相談がされていることを説明した(第2回内部通報)。しかしこの通報に対する11月14日のH弁護士からの回答は、京都市児童相談所の対応に不適切な点はなかったというものであった。

 Xは、2015年11月10日、上司から事情聴取を受けた。その際、Xは本件複写記録を持っていることを認め、その日のうちに本件複写記録を自宅でシュレッダーにかけて廃棄した(本件行為②-2)。

(3) Xに対する懲戒処分

 2015年12月4日、本件行為①、②-1及び②-2並びに平成27年1月に行われた新年会の席上及び2015年3月に行われた組合交渉で、B園の名前を出して本件児童の個人情報を含んだ内容について発言をしたこと(本件行為③)により、停職3日の懲戒処分(本件処分)を受けた。Xは、本件処分の取消しを求めて提訴した。

裁判所の判断

【第1審判決の要旨】

 第1審判決(京都地判令和元年8月8日労働判例1217号67頁)は、本件行為②-1及び②-2のみが懲戒事由に該当するとしたが、以下のように判示し、本件処分を取り消した。

(1) 目的・動機

 「本件複写記録の持ち出し行為については、(略)いわゆる公益通報を目的として行った2回目の内部通報に付随する形で行われたものであって、少なくとも原告(X)にとっては、重要な証拠を手元に置いておくという証拠保全ないし自己防衛という重要な目的を有していたものであり、(略)その原因や動機において、強く非難すべき点は見出し難い。」

(2) 性質・態様

 自宅での保管状況が「必ずしも情報漏洩の危険性の高い不適切な態様での保管状況であったとまではいい難い」うえに、自宅でのシュレッダーによる廃棄も大きく非難すべき点はない。

(3) 結論

 その他、文書が外部に流出してはいないこと、廃棄についてのXの反省の態度などの事情を併せて、本件懲戒処分は、重きに失し、社会観念上著しく妥当を欠いて、その裁量権を逸脱又は濫用した違法がある。

【控訴審判決の要旨】

 控訴審判決(大阪高判令和2年6月19日労働判例1230号56頁)は、原判決をほとんど引用して、「自宅への持ち出し行為(本件行為②-1)は、2回目の内部通報に付随するものであり、職務上の関心に起因し、かつ、重要な証拠を手元に置いておきたいという証拠保全ないし自己防衛の目的を持ったものであるから、その原因や動機において強く非難すべきとはいえず、持ち出した記録は1枚のみで、その保管状況が情報漏洩の危険性の高い不適切なものであったとも認め難い」と判示し、1審判決を維持(京都市の控訴を棄却)した。

公益通報者保護法に関する「真実相当性」の要件

 公益通報者保護法(保護法)3条は、①職場(「労務提供先」。改正法では「役務提供先」)、②監督官庁である行政機関、③マスコミ等に対する通報を、公益通報として保護するための要件を規定している。①に対する通報(「1号通報」)は、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると「思料する」ことが要件をされているが、②の「2号通報」及び③の「3号通報」については、「思料する」だけでは足らず、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると「信ずるに足りる相当の理由がある」ことが必要とされている(なお、3号通報については、これ以外にも要件が加重されている)。

 この、「信ずるに足りる相当の理由がある」という要件を、以下「真実相当性」の要件と呼ぶが、消費者庁の解説によると、「『信ずるに足りる相当の理由がある場合』とは、例えば、通報対象事実について、単なる憶測や伝聞等でなく、通報内容を裏付ける内部資料等がある場合や関係者による信用性の高い供述がある場合など、相当の根拠がある場合をいう」とされているので、通報者としては、2号通報や3号通報をしようとする場合には、通報に「相当の根拠」があると認めてもらうに足る、内部資料や関係者の供述等を得なければならないということになる。また、真実相当性の要件がない1号通報をしようとする通報者にとっても、通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料するだけで通報することができると分かっていても、通報をする以上は、担当者に、自分の通報に根拠があり、適切に調査、是正活動を行ってほしいと思うわけであるから、何がしか根拠になる資料も併せて提供したいと考えることは自然であろう。実際に、数社の公益通報外部窓口を担当している筆者においても、通報が来た場合、「通報いただいた内容について何か根拠とか資料のようなものがもしあれば、提供していただくことは可能でしょうか?」と通報者に問い返すことが通例になっている(もちろん、その提供ができないという回答であっても通報を受け付けることはいうまでもない)。窓口を担当する者からしても、通報者からいくらかでも根拠や資料があった方が、その後の調査を含む通報の取扱いについて判断する上で望ましいものである。

 真実相当性の要件についてはこうした問題があるため、改正法では一部緩和され、2号通報については、真実相当性の要件を満たさなくても、(イ)公益通報者の氏名又は名称及び住所又は居所、(ロ) 通報対象事実の内容、(ハ) 通報対象事実が生じ、又はまさに生じようとしていると思料する理由及び(ニ)当該通報対象事実について法令に基づく措置その他適当な措置がとられるべきと思料する理由の全てを記載した書面(電子メール等含む)を提出すれば、公益通報の要件を満たすこととされた(改正後の保護法3条2号)。

 とはいえ、3号通報については引き続き必ず真実相当性が要求されることは変わらないし、1号通報に関する通報者、通報窓口担当者を巡る上記のような事情は、改正法施行後も基本的に変わるものではない。

問題の所在

 以上のような事情から、通報者が通報内容の真実相当性を確保するために、内部規則違反を犯して職場の内部資料等を外部に持ち出すという事例が度々発生している。

 もとより、公益通報をしたことを理由とする解雇は無効であるとともに(保護法3条柱書)、降格、減給等の不利益処分は禁止されている(保護法5条1項)。しかし、通報をするための資料持出しは、通報そのものとは別の行為であるから、内部資料を持ち出したことが内部規則に違反し、懲戒等の対象となっても、このこと自体は、公益通報をしたことを理由とする解雇無効や不利益処分の禁止に当然には牴触するものではない。しかし、上記のとおり、根拠資料の提供は、通報行為そのものに密接に関連し、必要性の高い行為であるから、通報者の立場からすると、通報行為そのものについて保護されても、根拠資料の持ち出しについて法的責任を問われることは、公益通報をしようとするインセンティブを減殺する効果を持つ。他方、公益通報に必要という理由だけでどのような内部資料持出しも適法であるとされてしまうと、企業や法人の情報管理体制を維持することが困難となり、多大な混乱と対関係者をも含む損害を招くこととなってしまう。

 このような事情から、公益通報や内部通報をするための内部資料の持出しについて適法とされる(違法性が阻却される)場合があるか、あるとしてどのような要件の下でか、が争われてきた。本件裁判例はこの点に関する直近の事例である(なお、本件裁判例で問題となった通報は、保護法別表の法律に係る犯罪事実を内容とするものではないため、保護法上の公益通報の要件を満たすものでなく、京都市児童相談所における内部通報制度上の内部通報として取り扱われたものであるが、本稿で取り上げる論点の観点からは、公益通報における問題と変わるところはない)。また、前記のとおり、今回の改正に至る議論の中で、上記の要件を法定しようとする試みもなされたが、結論が出ず、見送りとされた。

内部資料持出しの適法化要件

 この点、本件裁判例は、前記の通り、内部資料の持出し(及び指示違反の廃棄)行為を、目的・動機及び性質・態様の観点から考察し、1審京都地裁は、前者について「いわゆる公益通報を目的として行った2回目の内部通報に付随する形で行われたものであって、少なくとも原告(x)にとっては、重要な証拠を手元に置いておくという証拠保全ないし自己防衛という重要な目的を有していたものであり、(略)その原因や動機において、強く非難すべき点は見出し難い」とし、後者については、自宅での保管状況が「必ずしも情報漏洩の危険性の高い不適切な態様での保管状況であったとまではいい難い」うえに、自宅でのシュレッダーによる廃棄も大きく非難すべき点はない、とし、全体として懲戒処分とすべきまでの違法性はない(裁量権の濫用)としており、実務上参考になる。2審の大阪高裁も、ほぼ同様の判示をし、1審判決を支持した。

 このように、形式的には違法となる行為について、行為の目的・動機及び性質・態様という事情を判断して実質的観点から違法性を阻却ないし減殺する判断は、いわゆる社会的相当性の法理等として、法律専門家にとってはいわば馴染みのあるものである。そもそも、保護法制定以前においては、同様の法理によって、公益通報行為(内部告発行為)に対する不利益処分そのものが違法とされていた。即ち、公益通報に関する裁判例の嚆矢ともいうべきトナミ運輸事件に関する富山地判平成17年2月23日は、「(内部)告発に係る事実が真実であるか、真実であると信じるに足りる合理的な理由があること、告発内容に公益性が認められ、その動機も公益を実現する目的であること、告発方法が不当とまでいえないことを総合考慮すると、原告の内部告発は正当な行為であって法的保護に値する」と判示し、内部告発者である原告に対する閑職への異動等を違法とし、勤務先会社に損害賠償を命じた。

 したがって、本件裁判例が、このような法理を用いて、公益通報(内部通報)行為に伴う内部資料持出し行為の違法性阻却ないし減殺について判断することは十分に合理性を有していると考えられる。

 実際に、これまでの類似の事例に関する裁判例においても、例えば、原告が被告の管理する多様の文書を無断で複写して持ち出した行為は懲戒事由に該当するとし、また、相当性を欠く面があることは否定し難いものの、こうした行為は内部告発を行うために不可欠である一方、持ち出した文書の財産的価値自体はさほど高いものではなく、原本を取得するものではないから、被告に直ちに被害を及ぼすものではなく、内部告発全体を不相当とするまではいえないとして、全体として内部告発は正当なものであったとし、結論として、持出し行為を理由に懲戒解雇を行ったことは違法であるとする(大阪地裁堺支判平成15年6月18日労働判例855号22頁)等、基本的に同様の法理が用いられている。

 これに対し、大阪高判平成21年10月16日は、「何らの証拠資料もなしに公益通報を行うことは困難な場合が多いから、公益通報のためには必要な証拠書類(又はその写し)を持ち出す行為も、公益通報に付随する行為として、保護法による保護の対象となると解される」とし、通報と持出し行為とを一体として考えた上で、被告(勤務先)による不利益処分を保護法5条1項が禁止する「その他不利益な取扱い」に該当するとし、原告(通報者)による損害賠償請求を認めている。この裁判例は、資料持出し行為について、公益通報行為とは別個の行為としてその目的・行為及び性質・対象を考察し、違法性阻却について判断した本件裁判例等とは異なり、資料持出し行為を公益通報行為と一体のものと考えた上で、資料持出し行為に対する不利益処分に、公益通報行為に対する不利益処分の禁止を及ぼしたものである。

 確かに、通報者の立場からすれば、あくまで公益通報に必要不可欠のものと認識して資料持出しを行っているものであり、その意味で、上記大阪高判平成21年は通報者の意識に沿った内容ということができるが、他方において、保護法5条1項の条文は、「公益通報をしたことを理由として」「その他不利益処分をしてはならない」と明示的に規定しているため、本来は内部規則に違反しない資料持出し行為を、公益通報に用いたことを理由に不利益処分をしたのであれば別論、資料持出し行為自体が内部規則に違反しているのであれば、上記大阪高判平成21年のように解釈することは文言解釈の点からはやや苦しいように思われる。ただ、この判決においても、実質的価値判断としては、本件裁判例等と同様、行為の目的・動機及び性質・態様の観点から実質的に違法性阻却が可能であると考えたのではないかと推察されるところである。

おわりに

 以上、公益通報行為に伴う資料持出

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筆者

山本 憲光

山本 憲光(やまもと・のりみつ) 

 1991年、東京大学法学部卒。司法修習47期。1995年検事任官、東京地検、法務省民事局などを経て、2006年に退官、弁護士登録、西村あさひ法律事務所入所。現在、同事務所パートナー。
 専門は、一般企業法務、会社関係訴訟、公益法人法制、海事法、企業危機管理(コンプライアンス)、刑事事件等。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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