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新時代の羅針盤「新・三方よし」 社会・会社・個人のバランスを考える

中山 達樹

拡大中山 達樹(なかやま・たつき)
 東京大学法学部,シンガポール国立大学法学部ロースクール卒業。シンギュラリティ大学エグゼクティブ・プログラム及びリー・クアンユー公共政策大学院リーダーズ・プログラム修了。Drew & Napier法律事務所などを経て,現在は中山国際法律事務所の代表弁護士。環太平洋法曹協会(IPBA)にて要職を歴任。

社会・会社・個人のバランスを考える「新・三方よし」

 渋沢栄一が新紙幣の顔になることから、企業が利潤を追求するのみならず、経営倫理との両立を図るべきという「論語と算盤」の考えが再び脚光を浴びています。

 時代もESG・SDGs・脱炭素・LGBTQなど多様性等を要請しており、上場会社はこれらの要請に応えなければ投資対象から外されつつあります。このような社会(世間)の価値観を重視する時代の流れは、近江商人の「三方よし」(売り手よし・買い手よし・世間よし)を想起させます。実際、近江商人に淵源を持つ伊藤忠商事は、株価・純利益・時価総額でトップとなる「商社三冠王」に輝き、財閥系商社を凌ぐ好業績を収めています。

 また、現代は、個人の価値観をより重視すべき時代です。昭和から平成前期まで(20世紀)は、リゲインの「24時間戦えますか」のCMで象徴される「会社人間」「会社至上主義」がはびこっていました。当時はパワハラやブラック企業という言葉もありませんでした。しかし、21世紀、特に令和の現在は、副業解禁の流れや、コロナ後に加速したテレワークのため、個人の働き方がより自由になっています。そのため、昔よりはるかに従業員個人の幸せ(ウェルビーイング)を重視すべき時代になっています。

 このように、会社が、自社利益のみならず、社会や個人の価値観に寄り添うことで、社会・会社・個人の利益のバランスを取る要請はかつてないほど強まっています。私は、この3者の利益を一致させる考え方を「新・三方よし」(新しい三方よし)と呼んでいます。3つの円がいずれも重なる③(ど真ん中)が、社会・会社・個人の利害が一致する場面です。

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 この3者の重なりを個別に分類すると、会社の営みや社会のあり方は、すべてこの図の①~⑦のどこかに当てはめて考えることができます。社会と会社と個人の3者の利害がいずれも一致する③(ど真ん中)が理想です。

 例えば、ESGやSDGsは、時代の流れに伴う①社会の要請であるところ、⑦会社及び⑤個人が、その①社会の要請の方向に寄り添って行くベクトルであると理解できます。会社や個人が社会の要請に寄り添うことにより、3つの円が重なる③の領域(=社会と会社と個人の利害が一致する状況)が広がります。

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 会社の理想は、会社の進む方向性が「社会」の要請に合致し、かつ、会社で働く「個人」もその会社・社会の要請・ベクトルに満足して働いている状態です。これは、⑦会社が①社会及び⑤個人に寄り添うというベクトルでイメージできます。会社の独善的な利潤追求を戒めて社会・個人との調和を要求するこのような考え方は、江戸時代の角倉素庵や石田梅岩、海外でもアダム・スミス『道徳感情論』(1759年)などに淵源を求めることができます(上田和勇著『企業倫理リスクのマネジメント』)。

新・三方よしの具体例

 新・三方よしの①~⑦の7分類のうち、③(ど真ん中)以外の具体例を見てみましょう。

 1 ①(社会に会社・個人が反する)

 社会の要請に、会社や個人が追いついていなかったり、反対していたりするのが①(最上の点)です。

 ESGやSDGsは、市民権を得て会社や個人に理解されつつあるため、③(ど真ん中)に近づきつつあります。もっとも、脱炭素やLGBTQ尊重の流れには完全に付いていけていない会社や個人も多いです。そのため、これら脱炭素などは①に位置します。

 他の例では、メディアが社会悪を取り上げ、社会の木鐸として個人や会社のリテラシーを上げる啓蒙活動も、①社会の良い方向に⑤個人・⑦会社を引き上げるベクトルとして理解できます。

 以上は①の良い例を挙げましたが、メディアの過激報道が勇み足で名誉毀損を起こせば、個人や会社の利益に反します。また、硬直的な年功序列、同調圧力、官僚主義などの社会の悪しき因習も、個人・会社の賛同を得ていない点で、①に位置します。

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 2 ⑤(個人が会社・社会に反する)

 個人の利益が、社会・会社の要請に反したり、社会や会社と無関係だったりするのが⑤(左下)です。

 個人が会社を裏切り、社会の規範に反し、身勝手に窃盗、横領やセクハラをすることが典型例です。これらは「ムシ型(個人型・作為型)不正」と呼ばれます。

 また、個人が発したTweetが炎上するケースも、個人の独りよがりな言動が会社や社会の利害に一致しないため、⑤に位置します。

 さらに、大企業にありがちな意識の低い「ぶら下がり社員」は、会社のみならず社会からも許されないと考えると、⑤に位置します。一方、大組織ではぶら下がることがやむを得ないとして、社会構造がそれを予定していると考えれば、②に近づきます。

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 3 ⑦(会社が社会・個人と乖離する)

 会社の利益が社会や個人の利益と乖離するのが⑦(右下)です。

 セクショナリズムやサイロ化は、どの組織にも内包されているリスクですが、特に大企業では、「会社の常識が社会の非常識になる」傾向があります。そのため、「見て見ぬフリをする」という消極的な態様で不正を続ける「カビ型(組織型・不作為型)不正」が起こりやすいです。例えば、神戸製鋼による40年間のデータ改ざん、三菱電機による35年間の検査不正、関西電力による30年間の金品受領が挙げられます。これは、「⑦会社の常識が①社会と乖離しやすい」という位置関係で理解できます。

 この⑦に位置するカビ型不正の具体例としては、データ偽装、贈賄、カルテル、サービス残業が挙げられます。いわゆるブラックな職場も、会社のマッチョな考えが社会や個人の要請に合致していないため、⑦に位置します。

 以上は⑦の悪い例ですが、良い例として、社会や個人が気づいていない価値を会社が創造するイノベーションがここに該当します。企業のイノベーション活動は、「⑦を探し、それを③(ど真ん中)に近づけてスケールさせ、⑦が③に近づいたら、また別の⑦を探す」ことです。

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 以上の①⑤⑦は、社会、個人、会社が、それぞれ他の2者の利益に反する場合(ベン図においてそれぞれの円が重なっていない部分)です。

 次に、いずれか2者の利益に合致するものの、残り1者の利益に反する場合の②④⑥(ベン図において2つの円のみが重なっている部分)を見てみましょう。

 4 ②(社会と個人の利益内だが、会社の利益を害する)

 社会と個人の要請に合致するものの、会社の利益を害する場合が②です。

 例えば、会社の機密情報や不祥事を従業員がTwitterで拡散する場合がこの②に該当します。従業員個人の身勝手な動機から行われるこの暴露行為は、野次馬的にそれを知りたい世間の利益に合致しても、不都合な情報を開示され、会社の利益に反するからです。

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 5 ④(社会と会社の利益内だが、個人の意思に反する)

 社会と会社の要請に合致していても、個人の意思に反する場合が④です。

 例えば、社内のオンライン会議で顔を出してもらえば、オフラインと同じ状態で業務に従事していることをしっかり確認できます。このメリットがあるため、オンライン会議で顔出しを求めることは、会社や社会の要請と言えそうです。しかし、常に顔出しを強制するのは、お化粧する労を取りたくない女性の希望に反することもあるでしょう。この点で、オンライン会議での顔出し強制は④に位置し得ます。

 また、出産後に長期の育児休暇を取った女性が、復職しても昇給・昇格が難しいことを「マミートラック」と言います。多くの女性にマミートラックを強いている日本の現状は、安価に外国人家政婦を雇えない社会構造や会社の現状からやむを得ない部分があるとしても(望ましいことではありませんが)、女性個人の意思に反するでしょう。それゆえ、このマミートラックも④に位置するといえます。

 一方、社会がマミートラックを許容していないと考えれば、マミートラックは⑦に位置します。

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 6 ⑥(会社と個人の利益内だが、社会の要請に反する)

 会社と個人の利益に合致するものの、社会の要請に反する場合が⑥です。

 例えば、パワハラは、上司の高慢な感情の発露であり、会社のコンプライアンスの要請にも反するので、⑤(社会や会社の要請に反する)に位置します。ただ、パワハラと区別が微妙な厳しい指導は、上司の身勝手な部分もありますが、会社のために、愛社精神が勢い余って強権的になることも多いです。そのようなパワハラ的指導は、⑥(会社と上司個人の利益内だが、社会の要請に反する)に置くことができそうです。

 また、上場した途端にオーナー経営者が事業意欲を失ってしまう「上場ゴール」も、経営者個人とその会社が選択した帰結ですが、株式市場を裏切る結果になれば、それは⑥(会社と個人の利益内だが、社会を裏切る)に位置します。

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新・三方よしの全体像の中で俯瞰する

 最近話題になるサステナビリティ、レジリエンス、インテグリティ、エンパシー、パーパス、エンゲージメントなどの概念も、この新・三方よしの図の中で俯瞰的に考えると非常に分かりやすいです。

 1 サステナビリティ

 ど真ん中の③を外れるということは、3者のいずれかの利益に反しているため、どこかに無理を強いています。その状態は長続きせず、サステイナブル(持続可能)ではありません。サステイナブルであるためには、③の領域を広げていく(=社会・会社・個人の利害を一致させる)必要があります。

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 2 レジリエンス

 3者の利害が合致する③(ど真ん中)から外にはみ出た場合に、真ん中の③へ戻ろうとする力が、レジリエンス(しなやかさ・回復力)です。本来あるべき姿へ戻ろうとするのがレジリエンスだからです。このレジリエンスの力(ベクトル)は、サステナビリティを求める求心的な方向と一致します。

 レジリエンスを身につけるために、「③ど真ん中からどのようにズレているのか」を俯瞰的にメタ認知し、ど真ん中に戻ることができる能力と柔軟性を備えましょう。

 3 インテグリティ

 会社理念やMVV(ミッション、ビジョン、バリュー)として、(1)挑戦・革新、(2)社会貢献、(3)誠実さ・インテグリティの3つを3本柱として掲げる企業が多いです。実際、日本企業の時価総額ランキング20位中、6割の12社がホームページで「インテグリティ/Integrity」を掲げています。このインテグリティは、「完全」を原義としており、「高潔さ」や「完全性・一体性」と訳されます。

 このインテグリティも、完全を求める概念であるため、社会・会社・個人の利害を包摂して、会社や個人の営みを③(ど真ん中)に集める働きをします(拙著『インテグリティ -コンプライアンスを超える組織論』、中央経済社、12月23日発売)。それゆえ、インテグリティの求めるベクトルは、サステナビリティやレジリエンスを求める求心的な方向と同じです。

 4 エンパシー

 エンパシー(共感)は、やや上から目線のニュアンスを持つシンパシー(同情・哀れみ)と異なり、目上の人が目下の人に寄り添って考えたり、当事者の立場でその視点に立って考えたりするという概念です。価値観が多様化する今、エンパシーはあらゆる場面で求められるスキル・能力です。

 このエンパシーは、⑦会社が、①社会や⑤個人に寄り添うベクトルにあると理解できます。また、⑤個人が、①社会の要請に配慮することをエンパシーと呼ぶこともあります。このいずれのベクトルでも、③ど真ん中が広がります。

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 5 パーパス

 会社の理念や価値観を「MVV」(ミッション、ビジョン、バリュー)で表す企業が多いです。デジタル庁もMVVを掲げています。しかし、なぜ「MVV」なのか、「ミッション」と「ビジョン」はどう違うのかを真に理解している人はほとんどいません。取って付けたようなMVVではどうしても「キレイごと」ばかりになり、組織理念を本当に「腹落ち」することは難しいです。そこで、MVVに代わるものとして、会社の志や存在意義を「パーパス」と表現することが増えています(名和高司著『パーパス経営』)。

 このパーパスは、「会社は何のためにあるのか」という根源的な問いかけをするものです。改めて問い直してみると、会社が社会貢献や従業員個人をなおざりにすることはできません。そのため、パーパスは、⑦会社が、①社会や⑤個人に寄り添う方向にあると位置付けることができます。

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 6 エンゲージメント

 エンゲージメントは多義的ですが、「従業員の会社に対する自主的貢献意欲」と定義します。エンゲージメントが向上するためには、単に個人が会社を向くのではなく、会社が個人に寄り添う必要もあります。例えば、エンゲージメントを高める工夫として、新入社員を手厚く歓待する「オンボーディング」が効果的です。このエンゲージメントは、⑤(個人)と⑦(会社)が相互に近づくベクトルにあるといえます。

 会社の進む方向が社会とそっぽを向いていては、従業員は会社の方向性に共鳴できず、エンゲージメントも上がりません。そのため、⑤個人と⑦会社を繋げるエンゲージメントは、同時に、⑦会社が①社会へ寄り添う方向で考えることもでき、これは結局③(ど真ん中)を広げることに繋がります。

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 7 ダイアログ

 議論(ディスカッション)のように答えを求めず、柔らかくカジュアルに会話できる雰囲気を強調する場合、「対話(ダイアログ)」という表現が好まれます。年功序列や同調圧力が未だ強い日本社会では、上司が上から目線で話しかけても、部下は忖度して口を開きません。上司は部下に寄り添ってソフトな対話(ダイアログ)をする必要があります。

 また、多様な価値観が尊重される現代社会においては、相手方に共感(エンパシー)して対話(ダイアログ)を重ねることで、考えをより柔軟に洗練させる必要があります。

 このように、会社や個人が他の2者に寄り添うことで、③(ど真ん中)を拡大させるための実践的な方法論・コミュニケーション戦術が、対話(ダイアログ)であるといえます。

 8 ミレニアル世代・Z世代

 30代以下の若手をミレニアル世代やZ世代と表現することがあります。この世代は、愛社精神や会社に対する帰属意識が上の世代より低いです。社会企業やNPOなどに関心が高く、視線が会社よりも社会を向いています。この若手世代の視線や価値観は、「⑤個人が⑦会社を向くのではなく、①社会を向いている」というベクトルで理解できます。昭和の昔は⑦会社の求心力が強かったですが、令和の今は、①社会の求心力が強いのです。

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新・三方よしが新時代の羅針盤

 このように、世の中の営み

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筆者

中山 達樹

中山 達樹(なかやま・たつき) 

 1998年、東京大学法学部卒業。2010年、シンガポール国立大学ロースクール修士課程(アジア法専攻)修了。シンギュラリティー大学エグゼクティブ・プログラム修了、リー・クアンユー公共政策大学院リーダーズ・プログラム修了。
 2005年10月、弁護士登録(第一東京弁護士会、58期)。2010年6月から2011年6月までDrew & Napier LLC(シンガポールの法律事務所)。2015年8月、中山国際法律事務所開設、代表弁護士。2016年1月、公認不正検査士登録。2022年、経営倫理士。
 主要著書に『グローバル・ガバナンス・コンプライアンス』、『インテグリティ -コンプライアンスを超える組織論』(中央経済社)など。グローバル・ガバナンス・コンプライアンス及びインテグリティに関する講演多数。環太平洋法曹協会(Inter-Pacific BarAssociation)にて要職を歴任。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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