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コロナ禍は働き方にどのような影響を与えたか ー労働法弁護士の立場から

高 亮

高 亮(こう・りょう)
 2008年3月、早稲田大学法学部卒。2011年3月、京都大学法科大学院修了(法務博士(専門職))。2012年12月、司法修習修了(65期)。2012年12月~2020年5月、高井・岡芹法律事務所勤務。2020年6月、アンダーソン・毛利・友常法律事務所入所。
 新型コロナウィルスの流行が始まってから間もなく2年になろうとしている。最近は感染者数も落ち着き、ようやく平常に戻りつつあることを実感している(しかし、先日新たにオミクロン株なる変異株が発生したとの報道があり、なかなか安心はできないようである。)。

 筆者は、労働法を専門としているが、特に昨年の3月から4月頃にかけては、業務の5割以上が新型コロナウィルスに関連する法律相談であり、その後も、コンスタントに同様の相談があった。コロナ禍において働き方に大きな変化があったことは、読者の皆様も十分ご存じのことと思うが、それが法律上どのような考えに基づいているものか、参考までに紹介させていただきたい。

在宅勤務の増加

 新型コロナウィルスの流行が始まる前より、柔軟な働き方を認める観点から、在宅勤務を認める動きは広がっていた。もっとも、従前の在宅勤務は、週に1日または2日程度在宅で勤務することを想定しているものが大半であり、制度を利用する従業員も少数であった。しかし、コロナ禍において、三密を避け、職場におけるクラスターの発生を防止するといった観点から、在宅勤務を導入する企業は格段に増加した。特に管理部門やITエンジニアといった職種においては、ほぼ全ての従業員を常時在宅勤務とする例も多くみられた。

 在宅勤務における法律問題としては、①在宅勤務を命じる/命じないことの可否、②在宅勤務における労働時間の把握方法といった相談が多く寄せられた。

 ①については、在宅勤務を「命じる」ことの可否は、雇用契約や就業規則において、労働者の自宅を勤務場所とすることを命じる旨の定めがあるかにより定まる。もっとも、昨年のコロナ禍においては、むしろ労働者も在宅勤務を希望することが多かったことから、この点が大きな問題になることはなかった。他方で、業務の性質上、どうしても出勤して業務を行わなければならない者(例えば、接客業や、事務系の職種であっても、押印や郵便物対応を必要とするもの)を在宅勤務とせず、出社を命じて構わないかという相談もあり、こちらについては、労働者の側も感染を恐れてできれば在宅勤務を希望することが多かったことから、より切実な相談であった。

 この点については、政府の「新型コロナウイルス感染症対策の基本的対処方針」において、「職場への出勤について、人の流れを抑制する観点から、在宅勤務(テレワーク)の活用や休暇取得の促進等により、出勤者数の7割削減を目指すこと。」と定められており、感染予防の観点から、全員をテレワークの対象とすることまでは推奨されていないことからも、職場において、距離の確保、換気や消毒の履行といった適切な予防対策が取られているのであれば、労働者に対する安全配慮義務(労働契約法5条)の観点から、テレワークを命じなければならない義務までは存しないと考えられる(ただし、基礎疾患、妊娠中や高齢といった事情がある場合は、特にリスクが高いことから、別段の考慮を要する。)。

 ②については、在宅勤務では当然オフィスに設置しているタイムカードは利用できないところ、事業場外みなし労働時間制を適用し、常に一定の時間勤務したとみなすことの可否に関する質問が多く寄せられた。この点については、厚生労働省の「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」において、「(1)情報通信機器が、使用者の指示により常時通信可能な状態におくこととされていないこと」及び「(2)随時使用者の具体的な指示に基づいて業務を行っていないこと」との2つの要件を満たす場合は、事業場外みなし労働時間制を適用することができるとされており、事業場外みなし労働時間制を適用することは理論上は可能である。もっとも、実際には、テレワークにおいては、常時インターネットに接続していることが一般的であり、(1)の要件をみたすことは容易でないと思われること、及び、常に事業場外みなし労働時間制を適用して一定の労働時間勤務したとみなすことは、長期間の在宅勤務においては労働実態に沿わないことから、事業場外みなし労働時間制を適用する例は少なく、システム上の打刻や、メールで始業終業時刻を報告させるといった方法により、時間管理を行う例が多くみられた。

休業手当の支払いの要否

 2020年4月に最初の緊急事態宣言が発出され、商業施設等が長期間休業する事態となるなど、経済活動が停止する事態となった。このような状況下において、①需要減に伴う工場の操業率の低下や、店舗の営業停止に伴い、従業員を休業させた場合や、②感染者や濃厚接触者を休業させた場合、休業手当の支払いが必要なのか、という相談が多数寄せられた。

 労働基準法26条により、「使用者の責に帰すべき事由による休業」の場合は、平均賃金の6割以上の休業手当の支払いが必要とされており、不可抗力の場合を除き、休業手当の支払いが必要である。①に関しては、不可抗力といえるか、すなわち、事業主が最大の注意を尽くしてもなお避けるものができない事態といえるかが主な問題となり、ケースバイケースではあるが、例えば商業施設に入っているテナントで施設全体が閉鎖されたためやむなく休業し、かつ他の場所で勤務させることも困難な場合など、事業主の判断では如何ともしがたいことが明白な場合を除き、休業手当の支給を不要と判断することは難しいケースが多かった。②に関しては、不可抗力の有無よりも、客観的に勤務できる状態といえるかが問題となり、感染者の場合は、感染が発覚した時点で、医師より自宅療養や入院の判断がなされることが一般的であり、客観的に勤務させることができない状況にあるといえ、原則として休業手当の支払い対象とならないが、濃厚接触者に留まる場合は、症状の有無や在宅勤務の可否等の事情を踏まえて個別に判断する必要があるものの、休業手当を支払う必要があるとの結論に到るケースが多かった。

業績悪化に伴う解雇・雇止め

 コロナ禍により業績が悪化した企業(特に、飲食業・観光業等)において、業績の悪化を理由とする労働者の解雇や、有期雇用者の雇止めの相談も寄せられた。これらの相談については、業績の悪化の原因がコロナ禍に基づくものであることにかかわらず、通常の解雇や雇止めの要件を満たすか否か判断することになる。

 例えば、解雇であれば、①人員削減の必要性、②解雇回避努力の実施の有無、③人員選定の妥当性、④手続きの妥当性、といった4つの要素を総合して判断することになるが、①に関しては、国による雇用調整助成金、休業要請の対象となった業種に対する支援金といった様々な支援措置が取られており、このような点も考慮して、解雇の有効性について判断した。

 なお、筆者の感覚としては、解雇や雇止めの相談は少なからず存したものの、これらの相談が殺到するといった事態には至っておらず、雇用調整助成金等の支援制度は、少なくとも雇用の維持という観点からは一定の成果を挙げたのではないかと受け止めている。
ワクチンの接種

 新型コロナウイルスのワクチンが開発・承認され、自治体による接種及び職域接種が開始されて以降、感染予防や取引先・顧客に対する安全対策としての説明の観点から、ワクチンの接種を義務付けることの可否に関する相談が寄せられるようになった。

 この点については、ワクチンを接種することは副反応のリスクがあり、接種者の生命・身体に危険を及ぼすおそれがあることから、ワクチン接種の義務付けをすることはできないと考えられる。
終わりに

 以上のとおり、新型コロナウィルスの流行に伴う働き方の変化について、法律上の問題となるものを紹介してきたが、法律上の問題とならない変化も、採用や研修のオンライン化等多数存する。テレワークについては、解除する企業もみられるが、これを機に定着させる企業も存し、従前の働き方に完全に戻ることはないだろうと予測される。今後とも、新たな時代に適合した働き方の推進を労働法の観点からサポートできるよう、尽力していきたい。