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特別養護老人ホームで発生した「異変」85歳女性の意識消失

老人ホームのおやつ提供で過失責任を問われた看護職員(2)

出河 雅彦

特別養護老人ホーム「あずみの里」
 前回、死因究明制度の欠陥が冤罪を生み出す要因の一つになっていることを紹介したが、具体的事例を検証するシリーズの第一弾として取り上げるのは、社会福祉法人協立福祉会が運営する特別養護老人ホーム「あずみの里」(長野県安曇野市)で、利用者におやつのドーナツを提供し、のどに詰まらせて窒息死させたとして、ホームの職員である准看護師が業務上過失致死罪に問われた事件である。

 協立福祉会は中信勤労者医療協会・松本協立病院が母体となり、介護保険法が施行される2年前の1998年に設立された社会福祉法人である。1999年4月に老人保健施設「あずみの里」(現在の入所定員100人。対象は介護認定で要介護1~5)を開設し、2002年5月、同じ敷地内に特別養護老人ホーム「あずみの里」(現在の入所定員63人、短期入所2人。短期以外の入所は原則要介護3以上)を開設した。このほか、ケアハウス、住宅型有料老人ホーム、認知症対応型高齢者グループホームなどの入所施設や、訪問看護ステーション、ヘルパーステーションなどの在宅支援事業所も運営している。安曇野市は長野県のほぼ中央部に位置し、南側に松本市が隣接している。

 ちなみに老人保健施設は、介護を必要とする高齢者を対象に医師による医学的管理の下でリハビリテーションなどを提供し、高齢者の自立支援と家庭復帰を目指すための施設として位置づけられている。

 これに対し特別養護老人ホームは、「65歳以上の者であって、身体上又は精神上著しい障害があるために常時の介護を必要とし、かつ、居宅においてこれを受けることが困難なものを入所させ、養護することを目的とする施設」と老人福祉法で定義されているように、介護が必要な高齢者に対し入浴、排泄、食事などの介護サービスを提供する施設で、入所する利用者にとっては自宅に代わる生活の場であり、いわゆる終の棲家でもある。

 特別養護老人ホーム「あずみの里」で、職員である准看護師(61、以下「Yさん」と言う)が業務上過失致死罪に問われることになる「異変=入所していた利用者の意識喪失」が発生したのは2013年12月12日のことである。

 当時の「あずみの里」の入所者と職員の勤務体制は、Yさんの刑事裁判の一審での弁護側の最終弁論によると、以下のとおりであった。

 利用者=61人が入所し、短期入所を含めると計63人。A棟(定員17人)、B棟(同21人)、C棟(同27人)の三つの棟に分かれて生活していた。平均年齢と平均介護度はA棟が88.5歳、4.06、▽B棟が84.3歳、4.05、▽C棟が83.8歳、3.84だった。

 介護職員=A~C棟のそれぞれを担当する介護職員はAチームが7人、Bチームが8人、Cチームが8人。各チームの介護職員は日勤、夜勤、早番、遅番などの勤務により、各チームについて、平日の昼間は常時2人以上、土曜日の昼間は1.5人以上、夜間及び日曜日の昼間は1人以上の職員が介護にあたるように勤務表が組まれていた。

 看護職員=看護師長を除き4人(2013年12月当時は退職予定者がいるなどの事情で5人)が勤務し、平日の昼間の時間帯は常に2人以上の看護職員が勤務し、日勤の看護職員のうち1人が日勤日の夜間に自宅待機し、その時間帯に発生する看護業務に対応することになっていた。看護職員は、入所者全員に対し、医療上の処置、経管栄養の実施、内服薬のセットを作り各チームの介護職員に配布、摘便の実施、利用者の健康状態の把握、医師への連絡、医療上のカルテの記載などを行っていた。看護職員は介護のA、B、C各チームのいずれかを担当することになっており、日勤で時間的な余裕のある場合は、食事介助、おやつ介助の手伝いをすることがあった。

 前述した利用者の意識喪失は、2013年12月12日午後のおやつの時間にC棟の食堂で発生した。意識を失ったのは、食堂にいたC棟の85歳の女性(以下、Kさんと言う)である。

 この日、Cチームの遅番(午前10時45分~午後7時)だった男性介護職員がC棟の利用者をおやつのために食堂に集めた。おやつは本来午後3時から始めることになっており、この日は遅番の男性介護職員と日勤(午前8時45分~午後5時15分)の女性介護職員がおやつの担当だったが、日勤の女性介護職員が排泄ケアを午後3時までに終了することができなかったため、男性介護職員が一人で利用者の離床を促し、食堂に連れてきた。

 この日おやつのために食堂に集まったC棟の利用者は17人だった。C棟の利用者のうち残り10人は、経管栄養で自室にいたり、入院中であったり、食堂でのおやつを希望しなかったりした人たちである。食堂に集まった17人の中には食事の介助が必要であったり、動静を観察する必要があったりする利用者が複数いた。のちにYさんの刑事裁判で証言した男性介護職員の証言などに基づき、一審判決はそうした利用者を以下のように列挙している。

  • 嚥下障害を有し誤嚥性肺炎での入院歴もあることなどから、一口ずつ間食の飲み込み等を確認して介助の必要がある者
  • てんかんの発作の既往歴があり誤嚥性肺炎の危険もあるため見守り、介助が必要な者
  • スプーンが上手に使えず、様子を見て、職員により介助が必要な場合がある者
  • 自力で食べる量が少ないときは介助が必要となり食事中のむせもあった者
  • 自力摂取できるが食べ遊びがあり場合によっては食事の一部介助が必要となる者
  • パーキンソン病のため体がよく動かないときがあるなど食事時の様子の観察が必要である者
  • よく噛まずに食べむせることがあり動向に注意する必要がある者
  • 脳梗塞により姿勢が崩れることがあるなど食事時観察が必要な者
  • 義歯の不具合によるむせが生じることがある上、食べ終わった際すぐに動いてしまい動静を観察する必要がある者
  • 他の利用者とトラブルを起こしやすく動向を見る必要がある者
  • 気管支炎、喘息などの既往があり、吐き気、嘔吐の有無、食欲・食事量の観察などが必要である者
  • 塩分制限が必要であったが、他利用者と菓子のやり取りをするなどその動向に注意が必要である者

 男性介護職員が利用者のための飲み物を配り始めていた午後3時10分ころ、当日の日勤だったCチーム担当の看護職員であるYさんが利用者の洗濯物を畳み終わって、食堂の様子を見に来た。

 Yさんが食堂に入ってきたのは、男性介護職員が3人の利用者にコップに入ったお茶を配り終わったところだった。何か手伝えることはないかとYさんに声をかけられた男性介護職員はYさんにおやつの配膳を頼み、自分は残りの利用者に牛乳を配って回った。

 その日のおやつはドーナツとゼリーだった。厨房の担当者がおやつを載せて運んできたキャスター付きのワゴンは食堂内のキッチンの横に置いてあった。3段に分かれたワゴンの上段にドーナツが載せられ、小さなカップに入ったゼリーは中段に載せられていた。Yさんはワゴンを押しながら、九つのテーブルに分かれていた利用者におやつを配って歩いた。ゼリーは糖尿病がある人と摂食障害のある人の2人に配り、ドーナツは小分けにするなどして14人に配った。

 16人におやつを配り終えたYさんは男性利用者のところにゼリーを持って行った。その男性は食べ物を飲み込む機能が低下する「嚥下障害」があり、一口ずつおやつの飲み込みなどを確認する食事介助の必要があった。男性がいたテーブルには、他に二人の女性利用者がいた。そのうちの一人が、この直後に意識を失うKさんだった。

 Yさんは男性の食事介助をするため、男性とKさんの間にあったいすに座った。Kさんに背を向ける形で男性の方を向き、喉仏の動きを見てゼリーをしっかり飲み込めているかどうか確認しながら一口ずつ食べさせた。Yさんが男性に三口目のゼリーを食べさせようとしたとき、男性介護職員が別の男性利用者の食事(ゼリー)介助に入ることをYさんに告げた。

 その直後、Yさんは、「どうしたの」という、日勤の女性介護職員の声を聞いた。女性介護職員は排泄ケアを終えて午後3時15分ころに食堂にやって来て、手を洗ってから、直前まで行っていた排泄ケアの結果を排泄リズムチェック表に記入した。その後、食堂内を見たところ、Kさんの様子がおかしいことに気づいて声を上げ、Kさんのところに駆け寄ったのだった。女性介護職員の目に映ったKさんはいすの背もたれに寄りかかり、体を左に傾け、左手を下げ、あごが上がった状態だった。Kさんからの返事はなかった。

 Kさんに背を向けて男性利用者の食事介助をしていたYさんは、女性介護職員の声を聞くと、すぐにKさんのほうを向いた。だらんと垂れ下がったKさんの左手の指の色が変わっており、意識はなかった。

 施設の職員がKさんの異変に気づいてから病院に救急搬送

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