2022年02月02日
2021年2月9日までに、新型コロナウイルス対応で金融機関などから資金調達を公表した上場企業は312社に達し、調達総額は13兆7,688億円に及んでいる(注1) 。また、上場企業に限らず新型コロナウイルスの影響により多くの企業が苦境に瀕しており、財務省が公表する法人企業統計によれば、2020年度の資金調達額は138兆9,611億円と前年度比で約1.6倍に増加している(注2) 。2021年9月30日には長きにわたる緊急事態宣言が解除されるに至っているが、感染率の高い新型株が流行しており、その影響や今後の状況は依然として不透明なままである。
このような状況下において、上場企業・中小企業問わず、資金繰りをしっかりと把握・分析し、当面の苦境を乗り切ることが最も肝要といえる。資金繰りを維持するためには、単純化すれば、収入を増やすか支出を減らすか(注3) の2つの方法が考えられるところであるが、本稿では、特に前者に着目し、現在のコロナ禍において新規に資金を獲得する手法として、①新規借入、②新株発行等、③その他の方策を中心に、その留意点や近時のトピックを交えつつ紹介することとしたい。
中小企業・小規模事業者向けには、コロナ禍における政府の財政出動を踏まえ、通常の融資制度に加えて、さまざまな特別の融資制度措置が設けられている(注4) 。
まず、民間金融機関による融資については、信用保証協会による制度保証融資、具体的には、セーフティネット保証4号(最大2.8億円で借入債務の100%保証)・5号(最大2.8億円で借入債務の80%保証)、危機関連保証(最大2.8億円で借入債務の100%保証)などの制度が設けられている。これらの制度によって、信用保証協会による一般の保証枠とは別枠で更なる保証枠を利用することが可能となる。
次に、政府系金融機関による融資については、従前から存在するセーフティネット貸付(但し、特例措置として貸付要件が緩和されている。)に加えて、日本政策金融公庫による新型コロナウイルス感染症特別貸付又は新型コロナウイルス感染マル経融資、商工組合中央金庫による危機対応融資の制度が設けられており、特別利子補給制度(上記の特別貸付を利用した事業者を対象にするもの)を併用することによって、利息負担を軽減あるいは実質的に無利息化して融資を受けることも可能となる。
但し、上記制度の利用に当たっては、売上高減少等の要件が設けられており、また、各金融機関等による融資審査が前提になるので、具体的に融資を検討するに当たっては留意が必要である。
大企業・中堅企業向けには、日本政策投資銀行及び商工組合中央金庫による危機対応融資や資本性劣後ローンの制度が設けられており、それぞれ一定期間適用金利(注5) が引き下げられている。
特に、日本政策投資銀行は、飲食・宿泊等の業態をはじめとする事業者に対する資金繰り支援を進めており、中堅企業や影響が特に深刻な飲食・宿泊等の業態の大企業向けに、資本性劣後ローンに係る利子補給及び損害担保制度の活用を通じた金利負担の軽減や、(融資による資金調達ではないが)2021年3月に新たに組成した「DBJ飲食・宿泊支援ファンド投資事業有限責任組合」を通じた優先株式の引受け等の支援策を設けている(注6) 。日本政策投資銀行によれば、「新型コロナウイルス感染症に関する事案」に関する危機対応業務として、2021年度上半期(2021年4月から9月まで)に実施した融資実績は累計1,685億円・85件にのぼるとのことである(注7) 。
但し、大企業・中堅企業については、制度的な措置が拡充されているというよりは、従前の取引金融機関を中心に、自主的な努力によって、新規のコミットメントライン、シンジケートローンの組成等を通じて、与信枠の確保・拡充を図ることが求められることになろう(これらデッド性資金とは異なり、エクイティ性資金については後記3.を参照のこと)。
以上のような特別な融資制度とは異なり、事業再生を目指す企業向けの融資として、いわゆる「DIPファイナンス」が存在する(注8) 。「DIPファイナンス」による融資もターム・ローン、ファシリティ・ローンの形態で行われ、その意味では通常のコーポレートローンと変わるものではないが、より窮境にある企業を(ひいては、再建型法的整理手続下にある企業をも)対象として行われるファイナンスであることから、主体となる金融機関等、求められる貸付条件、担保・保全に関する考え方、期間設定その他様々な観点で特殊性が存在する(注9) 。もっとも、窮境下、特に金融債務について元本の支払停止・返済猶予・残高維持等を要請するなど、私的整理手続を利用して事業再生を目指している企業であっても、DIPファイナンスによる資金調達を検討することが可能なケースもあるので、改めてその重要性が高まっている。
このDIPファイナンスに関連して、近時の関連トピックを2点挙げておきたい。
1点目は、担保法改正の動向である。近時、動産・債権等を目的とする担保法制についての見直しが行われており、担保目的物はもちろん、譲渡担保その他非典型担保とされてきた各種担保の効力、実行方法、法的倒産時における処遇、対抗要件及び公示制度など、様々な論点に関する多角的な検討が行われている(注10) 。特に、DIPファイナンスにおいて頻繁に用いられる集合動産譲渡担保や集合債権譲渡担保に与える影響は大きいものと思われる。そもそも、民法にはこれら集合動産譲渡担保や集合債権譲渡担保を直接想定した規定は存在せず、判例によって集積されたルールに従って実務上の運用がなされてきた。担保法改正によって、これら担保の具体的なルール化が進められ、事業再生局面における更なる利用促進も期待されるところである。
2点目は、「税金その他公租公課」との関係である。コロナ禍の影響を踏まえた事業者支援策の一環として、国税及び地方税、社会保険料や労働保険料等について、2020年2月1日から2021年1月31日までに納期限が到来するものを対象として納税等猶予の特例措置が設けられ、これにより多くの企業が公租公課の支払等に関する猶予を求めることとなった。これらの制度措置は、原則として2021年2月1日の申請をもって終了しているが、猶予期間は最大で1年間とされているため、すでに多くの企業が猶予の対象とされた公租公課の支払に迫られている状況にある。このような公租公課は、法的倒産手続における優先性が認められているとともに(注11) (したがって、その支払の目途が立たなければ、事業再生は困難となる可能性がある。)、担保権者との関係について、担保権の設定(注12) と法定納期限の先後関係で優劣が整理されている。しかしながら、納税等の猶予制度を利用したとしても、納期限そのものが延長されるわけではない(注13) 。したがって、仮に納税等の猶予が認められた(言い換えれば、納期限が到来済みの未払の公租公課が相応に存在する)状況下において、DIPファイナンスによる融資を受けるため新たな担保提供を検討するとしても、(新たに提供される担保は)納期限がすでに到来済みの公租公課には劣後する関係となるから、提供可能な担保対象資産の評価価値を超えた未払の公租公課が存在する場合、DIPファイナンスによる融資の実行がそもそも困難になる可能性が高い。
新株発行等を行う場合、新たな資金を獲得すると同時に、毀損した資本・純資産の手当を行うことも可能となる。コロナ禍の状況下においても多くの企業が新株発行等を通じた資金調達を実施している。
上場企業において新株発行を検討する場合、公募増資、第三者割当増資又は株主割当増資の3つの手法が考えられるが、窮境下であれば、財務スポンサーを募り、当該スポンサーに対して第三者割当増資を行う方法が有力となる。第三者割当増資を行う場合、普通株のみを発行する場合もあれば、割当先のニーズに合わせて、優先株その他種類株を発行することもある。財務スポンサー側の視点に立てば、リターンを確保できるよう配当・償還を有利に設定したり、再建時における将来的なアップサイドを確保できるよう取得請求権の付与を受けたりすることが考えられる。逆に、新株を発行する企業側の視点に立てば、窮境下であれば株価が低調である場合が多く、多額の資金ニーズに応えるためには、それだけ多くの新株を発行する必要があることから、希薄化(注14) を回避する観点から無議決権付株式が利用される場合もある。このように種類株の発行が望まれる場合であっても、(上記のような種類株を新設する旨の)定款変更に必要となる株主総会特別決議が障壁となり実現が困難となるケースもあるので、その点にも留意が必要である。
また、財務スポンサーに対する新株発行と同時に、又は、単独で新株予約権付社債や新株予約権による資金調達も検討される場合があり、その中でも、MSCB(転換価格修正条項付新株予約権付社債)やMSワラント(転換価格修正条項付新株予約権)が利用される例もある(十分な財務スポンサーが得られない場合に利用される例もあるようである。)。もっとも、それらの発行条件や利用方法によっては、株価が下落して希薄化(ダイリューション)が進む結果となりかねず、既存株主に対して不利益を生じさせるリスクもあるので、発行に当たっては慎重な検討が必要になろう。
なお、資金調達の手法それ自体とは少し離れるが、これらエクイティファイナンスと同時に、資本金の額の減少によって税負担を軽減する例が増加している。すなわち、新株発行等によって資本金の額が増加することになるが、同時に減資を行うことで資本金の額を1億円以下にすることによって、税制上の優遇措置、特に法人事業税の外形標準課税の対象外とすることが可能となる。近時、資本金1億円超から1億円以下に減資した企業は、2020年度(2020年4月~2021年3月)に997社(前期比39.4%増)、2021年度も上半期(2021年4~9月)だけで684社の利用が存在するとのことである(注15) 。
また、2022年4月には東京証券取引所の市場再編が予定されており、これに伴い上場審査基準又は上場維持基準としての「流通株式」(注16) の定義が改正される点も今後の重要論点になると考えられる。創業者一族が多数の株式を保有している場合や、財務スポンサーに大規模な第三者割当増資を実行しているような場合、今般の改正によって「流通株式」の確保に向けた対策が必要な場合も想定される。
コロナ禍において、雇用調整助成金、持続化給付金等を利用するケースが急増している。特に、雇用調整助成金については、多くの企業がコロナ禍における雇用支援策の一環として設けられた特例措置制度を利用しており(注17) 、上場企業における雇用調整助成金の計上額は、2021年7月末までに814社・合計5,190億4,450万円にのぼる(注18) 。
しかし、これらの利用に当たっては、いわゆる「不正受給」(注19) に該当することがないよう細心の注意を払う必要がある。典型的な例としては、申請する休業等を水増しする、教育訓練中に通常業務を行ったことを隠して申請するなどのケースが挙げられるが、経営陣にそのような意図がなくとも、従業員が不適切な処理を行っていたことが事後的に発覚する場合もあり得る。このような場合、支給を受けた助成金の返還に留まらず、事業主・事業所名称公表や最悪、刑事事件に発展するおそれもあり、実際、悪質なケースに関する実名報道も散見される。
したがって、申請を検討する経営者・労務担当者としては、このようなケースに該当することのないような水際策を設けることが求められ、たとえば、休業等に関する社内ルールを明確化する、現場従業員を直接指揮すべき立場の管理監督者にも社内ルールが徹底されるよう十分な指導・監督等を行う、無理な休業によって助成金の取得を行うことのないよう業務量・時期の繁忙度・対象者・対象部門などを吟味する、勤怠管理・アクセスログ等を通じた定期的なチェックを行う等々の方策が考えられるところである。
以上見てきたとおり、苦境下であっても新規に資金を調達する方法は様々考えられるところであり、これらの方法を活用して、まずは資金繰りを維持して当面の苦境を乗り切ることが何より肝要である。もっとも、当面の苦境を乗り切った後は、苦境下で増加することとなった負債を圧縮していくことが次の重要なテーマになる。その意味では、真の「苦境」はその後に待っていると言えるかも知れない。業績回復が早期に達成される又は見込まれるようであれば良いが、業績回復後に見込まれる収益に比して負債が過剰である限り、(資金調達とは異なる文脈で)上記3.で言及したような資本・純資産の手当を行う、あるいは、債権放棄・金融支援を通じて負債そのものを圧縮する等の方法を検討せざるを得ない。今後そのようなケースは益々増加していくことが予想されるが、決して検討の時期を失してはならない。時期を失した検討は、法的整理を通じた事業再生すら困難になる可能性をも孕む。その際に検討されるべき抜本的な財務リストラクチャリングの手法等の解説については、また別の機会に譲ることとしたい。
▽注1:新型コロナ関連 上場企業「資金調達状況」調査 : 東京商工リサーチ (tsr-net.co.jp)
▽注2:コロナ禍における企業の資金調達・収益環境と今後の見通し 2021年09月17日 | 大和総研 | 遠山 卓人 (dir.co.jp)
▽注3:苦境下にお
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