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老人ホーム入所者の意識消失、行政への「事故報告」と家族への説明

老人ホームのおやつ提供で過失責任を問われた看護職員(3)

出河 雅彦

拡大特別養護老人ホーム「あずみの里」
 長野県安曇野市にある特別養護老人ホーム「あずみの里」で、利用者におやつのドーナツを提供し、のどに詰まらせて窒息死させたとして、ホームの職員である准看護師が業務上過失致死罪に問われた事件を検証する本シリーズの第3回は、おやつに出したドーナツによる「窒息事故」と判断した施設が同種の事故を再び起こさないようにするための対応策を検討し、それを家族や行政に報告するまでの経緯をたどる。

 前回は、「あずみの里」で2013年12月12日、入所していた85歳の女性利用者(以下、Kさんと言う)が午後のおやつの時間に突然意識を失い、施設職員や救急隊員による救命措置の後、同市の南隣にある松本市内の病院に搬送されるまでの経過を紹介した。「窒息事故」の発生を前提にした、あずみの里の再発防止策の検討について述べる前に、Kさんの入所から意識消失に至るまでを振り返ってみよう。

 Kさんは、おやつの最中に意識を失う前々月の2013年10月23日、それまで同居していた安曇野市内の二女夫婦の家を離れ、あずみの里に入所した。のちに業務上過失致死罪で起訴された准看護師(以下、Yさんと言う)の公判における二女(以下、Nさんと言う)の証言によると、KさんはNさんが結婚した翌年の1977年ころ、高血圧で体調を崩したことをきっかけにNさん夫婦と一緒に暮らすようになった。

 Nさんの証人尋問ではYさんの弁護人が、1999年にKさんが入院した豊科病院(安曇野市)の医師が2010年に作成した診断書の内容に触れているが、それによると、Kさんは2000年8月に「アルツハイマー型認知症」と診断されていた。Kさんはあずみの里に入所するまでの約14年間、デイサービスやショートステイ(短期入所)を利用しながらNさんの介護を受けて暮らしてきた。この間、2009年7月には自宅2階の窓から転落し、頭にけがをして、松本市内の相澤病院で治療を受けた。

 高齢になって体の機能が衰え、さまざまな持病を抱えている利用者にサービスを提供する介護施設では、利用者の特性に応じた食事を用意する。あずみの里では、朝昼夕の三食の食事の形態は以下のように、主食が3種類、副菜が9種類だった。

 主食=米飯、全粥、ミキサー食
 副菜=常食、一口カット食(一口で食べられる程度の大きさに切って提供)、あらきざみ食(数ミリ程度に刻んで提供)、きざみ食(フードプロセッサーを使って1ミリ程度にきざんで提供)、きざみとろみ食(きざみ食にとろみ剤とだし汁をまぜたものを提供)、ミキサー食(ミキサーにかけて液状として粒が残っていない程度にしたものを提供)、嚥下食3、嚥下食2、嚥下食1

 おやつの形態は2013年12月当時、大きく二つに分けられていた。三食の副菜が「常食」「一口カット食」「あらきざみ食」「きざみ食」の利用者については、ホットケーキやカステラ類、まんじゅう、どら焼き、ドーナツなど、いわゆる常食系のおやつを提供し、三食の副菜が「きざみとろみ食」「ミキサー食」「嚥下食3」「嚥下食2」の利用者については、豆乳デザートやプリン、嚥下用ゼリー、あずきムースなど、いわゆるゼリー系のおやつを提供していたのである。「嚥下食1」の利用者にはおやつはなかった。

 三食については利用者ごとの食札の付いたお膳が厨房から各食堂に運ばれ、そこで介護職員によって各利用者に配膳されていた。おやつについては利用者ごとの食札はなく、常食系とゼリー系のおやつがひとまとめにされて厨房から各食堂に運ばれ、介護職員によってそれぞれのおやつが利用者に配られていた。

 Kさんの食事は入所時から、主食が全粥、副食がきざみ食で、おやつは常食系だった。これは、施設の相談員による担当ケアマネジャーや娘のNさんからの聞き取りに基づいている。Nさんからの聞き取りは、Kさんがあずみの里に入所する6日前の2013年10月17日に行われた。当日、相談員がケアマネジャーと一緒にNさん宅を訪問した。その際、Kさんの食事についてNさんがどんなことを相談員に伝えたかについて、Nさんと相談員の言い分には食い違いがある。

 のちにYさんの刑事裁判に出廷したNさんの証言によると、Kさんは80歳ころに歯をすべて失ったが、入れ歯は使っていなかった。自宅でNさんはKさんのためにご飯は全粥にし、おかずはたまねぎのみじん切りくらいの大きさに刻んでとろみを付けたり、すりつぶしたりしたものを用意していた。Kさんは箸やスプーン、フォークを使って食事を口に運び、かまないで飲み込んでいた。食べ物を口に運ぶスピードが速く、口の中が食べ物でいっぱいになってしまうことがあり、のどに詰まらせるようなこともしょっちゅうあった。そんなときNさんは食べ物を吐かせたり、背中を叩いたり、水を飲ませたりしていた。そのため、Kさんの入所に当たっては、食事を口に入れるのが速くて飲み込みがそれに追いついていないので、食事をするときはとなりにいて見ていてほしい、食事は細かく刻んでとろみを付けて飲み込めるような状態のものをあげてほしい、との要望を施設側に伝えたという。

 これに対し、相談員はYさんの刑事裁判で、Nさんが食事にとろみを付けているという話や、Kさんが食事をするときには職員が横について、注意をして見守ってほしいという話は聞いていないと証言した。また、こういうものを食べさせてもらっては困る、ということも言われていないと述べた。弁護側が証拠として提出したKさんの入所判定会議録(相談員がNさん宅を訪問してからKさんが入所するまでの間に作成)の食事欄は、「ひとりでできる」が丸で囲まれ、相談員がNさんから聞き取った情報として「全粥、きざみ。スプーンを使い、何とか自力で食べている。詰め込むことが時々あり」と記載されていた。

 あずみの里では、利用者の体調や食べ方を細かく観察しながら食事やおやつの量、形態を調整していた。Kさんについても、入所から意識消失までの約50日間に何度か変更されている。

 入所から約2週間後の2013年11月7日夜、Kさんは居室で嘔吐した。ノロウイルスなどによる感染症が疑われたため、48時間は食堂に出るのを控え、居室で生活してもらった。また、嘔吐した翌日の8日の昼食から食事の量が半分にされた。これは、看護師が、Kさんに食べ物を丸のみする傾向があり、食べ過ぎと判断したことによるもので、3日後の11日の昼食から元の量に戻された。

 Kさんは12月1日夜、居室で再び嘔吐した。このときも感染症対策が取られ、翌2日の朝食は絶食となった。

 12月4日夜、KさんらC棟で生活する利用者を担当しているCチームの会議が開かれ、介護職員やYさんが出席した。感染症対策を話し合う中で、Kさんの嘔吐の原因が話題となり、食事の量が多いのではないか、食後すぐに動くことがよくないのではないか、おやつをゼリー系に変更してはどうか、といった意見が出された。その後、管理栄養士とも相談、検討のうえ、12月6日からおやつを常食系からゼリー系に変更し、それまで200グラムだった全粥を7日の昼食から100グラムに減量することになった。

 このほかにも、あずみの里の介護職員は食事の提供時にきめ細かい配慮をしていた。

 12月6日の昼食には「お楽しみ食」としてスーパーで購入したにぎりずしを出したが、Cチームの介護主任の男性職員は、Kさんが硬いネタをのどに詰まらせることを心配して、おかゆの上にネギトロとイクラをのせて提供した。以前、別の利用者がすしをどんどん口に入れたのを見た経験から、Kさんに同じようなことが起こるのではな

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筆者

出河 雅彦

出河 雅彦(いでがわ・まさひこ) 

 1960年生まれ。上智大学文学部新聞学科卒。朝日新聞社で医療、介護問題を担当し、医療事故や薬害エイズ事件のほか、有料老人ホームや臨床試験について取材。2002~2013年、編集委員。2013~2016年、青森総局長。2021年4月からフリーランス。
 著書に『ルポ 医療事故』(朝日新聞出版、「科学ジャーナリスト賞2009」受賞)、『混合診療』(医薬経済社)、『ルポ 医療犯罪』(朝日新聞出版)、ルポライター鎌田慧氏の聞き書き『声なき人々の戦後史』(藤原書店、第16回「パピルス賞」受賞)、『事例検証 臨床研究と患者の人権』(医薬経済社)。橳島次郎氏との共著に『移植医療』(岩波書店)。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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