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会社の「実質的支配者」リストを法務局で保管する制度の創設

金子 佳代

実質的支配者リスト制度の創設

金子 佳代(かねこ・かよ)
 2004年、京都大学法学部卒業。2006年、京都大学法科大学院修了。2007年9月、司法修習(60期)を経て、西村あさひ法律事務所に入所。2015年、ベルリン自由大学卒業(MBL)。2015~ 2017年、ベルリンのHengeler Mueller法律事務所で勤務。2020年~2021年、法務省民事局(会社法・商事法担当)にて勤務。
 2022年1月31日から、商業登記所において、株式会社(旧有限会社法に基づいて設立されている特例有限会社を含む。以下同じ)からの任意の申出によって、商業登記所が実質的支配者情報の一覧を保管し、その写しを無料で申出会社に交付する制度(以下「実質的支配者リスト制度」という)が開始された。

 我が国では、2018年11月30日より、株式会社、一般社団法人、一般財団法人の原始定款の認証に際し、実質的支配者の申告を求める制度が導入されていたところであるが(公証人法施行規則13条の4)、国際的には、実質的支配者を公的機関に登録させる制度を有する国もあるところ、実質的支配者リスト制度は、我が国において、法人の設立後の実質的支配者を把握するため手段の一つとして新たに創設された制度である。

 本稿では、この実質的支配者リスト制度について、その概略を紹介したい(注1)

1 制度背景等について

 法人の実質的支配者を把握することは、法人の透明性を向上させ、資金洗浄及びテロ防止資金供与防止の観点から重視されている。国際的にも、FATF(金融活動作業部会。 Financial Action Task Force)の法令等遵守に関する勧告24において、実質的支配者の把握が具体的に言及されており、ベストプラクティスでは、複数の情報源(実質的支配者の登録機関に登録された情報、会社から取得した情報、既存の情報源から取得する情報)を組み合わせて法人の実質的支配者の把握を行うことが奨励されるなど、実質的支配者確認強化の動きがみられるところである。

 我が国における実質的支配者の把握に関する取り組みは、犯罪による収益の移転防止に関する法律(平成19年法律第22号。以下「犯収法」という)等に基づき、金融機関等の特定事業者(犯収法2条2項)において、顧客が取引の開始を求めた際に、マネーロンダリング実行行為者でないことを確認し、その際、顧客が法人である場合には、原則として、その実質的支配者に該当する本人の個人確認を必要とすると共に(同法4条)、疑いがある取引である場合には、行政庁に報告する(同法8条)との枠組みに基づいて行われている。

 実質的支配者リスト制度は、このような犯収法に基づく特定事業者が行う顧客や顧客の実質的支配者の本人確認作業の標準化・効率化による社会的コストの低減を企図して導入されたものであると説明されている。

 実質的支配者リスト制度は、商業登記所における実質的支配者情報一覧の保管等に関する規則(令和3年法務省告示第187号、以下「本規則」という)により導入された制度であって、商業登記所が関与するものの、商業登記固有の事務ではなく、商業登記所の人的・物的資源を活用した新たな行政サービスと位置付けられ、保管及び認証文付きの写しの交付のいずれにおいても、無料で利用できる。また、国民や企業に対し、何らの義務が課されるものではない任意の制度とされている。

2 制度の内容について

 実質的支配者リスト制度は、大きく分けて、(1)会社の代表者や代理人により実質的支配者情報一覧の保管等の申出がされる、(2)商業登記所の登記官により確認され、当該実質的支配者情報一覧が保管される、(3)商業登記所の登記官により、認証文付きの実質的支配者情報一覧の写しの交付がされる、という流れで成り立っている。申出会社は、認証文付きの実質的支配者情報一覧の写しを、犯収法に基づく特定事業者等の実質的支配者の確認を要する企業等に提出することができる。

(1)会社の代表者や代理人による実質的支配者情報一覧の保管等の申出

 実質的支配者情報一覧の保管等の申出を行うことができるのは、株式会社に限られる。

 また、保管を行う実質的支配者情報一覧に記載できるのは、犯収法施行規則(平成20年内閣府・総務省・法務省・財務省・厚生労働省・農林水産省・経済産業省・国土交通省令1号)11条2項1号の自然人に該当する者とされており(本規則2条2号)、議決権割合により判断できる実質的支配者のみである。犯収法4条1項4号に列挙されている実質的支配者には、議決権割合により判断された実質的支配者が存在しない場合には、出資、融資、取引その他の関係を通じて当該法人の事業活動に支配的な影響を有すると認められる自然人や、そのような自然人が存在しない場合に当該法人を代表し、その業務を執行する自然人も含まれているが、これらは、商業登記所の登記官による審査になじまないとされ、実質的支配者情報一覧に記載できる者には含まれていない。

 なお、犯収法施行規則11条4項の規定により、当該自然人の国、地方公共団体、人格のない社団・財団、独立行政法人、上場会社及びその子会社は、自然人とみなされる。

 従って、具体的には、次の(ア)又は(イ)のいずれかに該当する者が、実質的支配者情報一覧に記載できる者となる。

 (ア) 会社の議決権の総数の50%を超える議決権を直接又は間接に有する自然人(この者が当該会社の事業経営を実質的に支配する意思又は能力がないことが明らかな場合を除く)

 (イ) (ア)に該当する者がいない場合は、会社の議決権の総数の25%を超える議決権を直接又は間接に有する自然人(この者が当該会社の事業経営を実質的に支配する意思又は能力がないことが明らかな場合を除く)

 実質的支配者情報一覧の保管等の申出は、会社の本店所在地を管轄する商業登記所(変更の登記等を申請する商業登記所と同一の商業登記所)に行うこととなる。

 申出は、郵送や代理人による申出も可能とされている。申出を行う会社は、実質的支配者情報一覧(実質的支配者について、その要件である議決権の保有に関する情報を記載した書面)及び申出書を作成し、添付書面として、実質的支配者情報一覧に記載された内容を裏付ける資料(株主名簿の写し等)、代理権限を証する書面、申出会社の代表者の本人確認書面等を付して、実質的支配者情報一覧の保管等の申出を行うこととなる。

 なお、実質的支配者情報一覧に記載することができる実質的支配者情報の基準日は、申出日前1ヶ月以内のものに限るとされている(本規則2条2号)。

(2)商業登記所の登記官による確認及び保管

 登記官は、実質的支配者情報一覧の保管等の申出があったときは、すみやかに申出の内容を確認することとされている(令和3年9月17日法務省民商第159号法務省民事局長通達「商業登記所における実質的支配者情報一覧の補完に関する規則の施行に伴う事務の取扱いについて」(以下「施行通達」という)第二2(1))。内容に不備等がある場合には、登記官から申出会社に対し、補完や誤り修正の要請がされることになる(施行通達第二2(2))。

 不備のない実質的支配者情報一覧については、商業登記所に保管される。

(3)商業登記所の登記官による写しの交付

 申出会社は、保管された実質的支配者情報一覧につき、商業登記所の登記官による認証文を付した写しの交付を請求することができる。写しの交付については、必要に応じて再交付の申請も可能とされており、申出をした会社に係る最新の申出に基づく実質的支配者情報一覧の写しが再交付される。保管されている実質的支配者情報一覧に記載されている会社の商号、本店又は作成者である会社の代表者が変更されている場合には、再交付の申出をすることができず、新たに実質的支配者情報一覧を作成して、申出をする必要がある。

3 結びに代えて

 上記のとおり、直接的には、実質的支配者リスト制度は、金融機関等からの求めに応じて、実質的支配者情報一覧の写しが当該金融機関等に提出され、当該金融機関等における実質的支配者情報の確認のための資料として利用されることを主な利用目的として想定し、設計されたという背景がある。

 もっとも、企業にとって、自社の実質的支配者を把握するためには、自社の株主である他社の実質的支配者が誰であるかを精査することが必須となるところ、本制度の利用は、上記のような金融機関等による確認資料の一つとしての利用にとどまらず、自社の株主である他社に実質的支配者を問い合わせた際、当該他社から、金融機関等にも提出をしている一種の公的かつ信用性のある資料として、実質的支配者情報一覧の写しが提出され、活用される等の活用方法が考えられるところである。また、この制度による実質的支配者情報一覧の保管等の申出は会社が任意に行うものではあるが、当該会社とM&Aその他の取引を行おうとする相手方が、反社会的勢力や反市場勢力等との関係がないか等を確認するために、当該会社に対して実質的支配者情報一覧の保管等の申出を行うように求め、当該申出がなされたことに基づいて取得できる当該会社の実質的支配者リストに基づいて、当該相手方が必要な検証を行う、といった利用方法も考えられるであろう。

 国際的には、より効果的かつ円滑な実質的支配者の把

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