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日産の監査役はゴーン会長の疑惑を検察にゆだねてよかったのか

加藤 裕則

 日産自動車のカルロス・ゴーン前会長(68)が金融商品取引法違反の疑いで逮捕・起訴された事件で、ゴーン前会長の側近とされた元代表取締役のグレッグ・ケリー被告(65)が今春、東京地裁で執行猶予付きの有罪判決を受けた。2020年9月から1年半にわたる公判審理で明らかになったのは、日産のある一人の監査役が事件の発覚に大きな役割を果たしていたことだ。日産では当時、ゴーン前会長が神格化され、役員らも異を唱えることができない企業風土があり、コーポレート・ガバナンス(経営を律する仕組み)の脆弱性があったと事件後に指摘されている。しかし、実際には、ガバナンスの要とも言われる監査役制度が一定程度は機能していた。法廷で明らかになった新たな事実をもとに、監査役に求められる法的な権限と実務との関係を考えてみた。

拡大カルロス・ゴーン会長の逮捕を受け、夜に記者会見する西川広人社長(当時)=横浜市の日産自動車本社、2018年11月19日
 ゴーン前会長は2018年11月19日午後に逮捕された。その直前まで、疑惑に関する報道は一切なかった。が、日産の動きは素早かった。この日午後10時、横浜市の日産本社の会議室に社長だった西川(さいかわ)広人社長(68)が一人で現れ、記者会見した。朝日新聞東京本社経済部員だった私(筆者)は出先から、東京・神田にあった事務所に戻り、記者会見の模様をインターネット経由で視聴して同僚と発言録をつくる作業にあたった。

 西川氏は記者会見の冒頭から「ゴーン」「ゴーン」と現職会長だったゴーン氏を呼び捨てにした。私はそれに驚くと共にゴーン会長と決別しようとする強い意思を感じた。
 同時に「監査役」という言葉も私の耳に入った。西川氏は「本件は内部からの通報に端を発して、監査役からの問題提起を経て、社内調査を行い……」と経緯を説明した。

 発言をパソコンに打ち込みながら、私は「監査役が主導したのか。珍しいケースだな」と思った。「内部からの通報に端を発して」と言っているので、相当の強い証拠が監査役に突きつけられ、監査役も動かざるを得なかったのだろう、と想像した。

 その後、逮捕から4カ月後の2019年3月、日産は自ら設置したガバナンス改善特別委員会の調査報告書を公表。その中に監査役が果たした役割についてこう記されていた。

 2018年夏ごろ、日産の監査役は、同社取締役会長(当時)であったカルロス・ゴーン氏の不正行為の疑いに関する内部通報を受けた。当該監査役は、内部通報が信用できるか否かについて社内外のリソースを活用して内部調査を実施した。当該監査役は、2018年10月ころ、それまでに得られた内部調査の結果を現CEOと共有し、コンプライアンス部門が当該監査役から内部調査を引き継いだ。

 監査役が一定の役割を果たしていたことは分かった。しかし、この監査役が誰なのか。具体的な行動など詳細は依然としてはっきりしないままだった。

監査役が証言

 監査役の動きが明確になったのは、事件発覚から1年半後だった。ゴーン被告の共犯とされた元代表取締役のケリー被告の公判でのことだ。ケリー被告は全面的に無罪を主張し、当時の関係者の証人尋問が念入りに行われた。

拡大日産自動車の副社長や監査役を務めた今津英敏氏
 2021年3月23日、日産自動車の元監査役、今津英敏氏(73)が証言台に立った。
 九州工業大学(北九州市)を出て日産に入り、技術畑で副社長まで昇り詰めた人物だ。副社長としての担当は生産、物流、サプライチェーンマネジメントと幅広く、日産のモノづくりを支えた。その評価は社外にも及び、工業都市である北九州市の顧問にもなった。
 副社長退任後は監査役に転じ、2014年6月から2019年6月の5年間それを務めた。
 法廷でも、検察官や弁護人の尋問に感情を交えず、どんな質問にもよどみなく過不足なく答えた。

 ケリー被告の弁護人が聞いた。

 弁護人「2018年、あなたはゴーンさんの調査をしていましたね」
 今津氏「はい」
 弁護士「いつから、どのような調査したのか、その経緯を教えてください」
 今津氏「2014年に監査役になったとき、前の監査役から『ジーアという会社が気になる』と聞いており、これを気にしていました」

 ジーアとは、オランダに投資目的で設立したジーア・キャピタル社のことだ。前の監査役がどこまで調査したかにはふれられなかったが、事件発覚の発端のやりとりだったといえる。

二つの疑惑に水面下で動く

 法廷で今津氏は、2017年7月になってアムステルダムに出向き、ジーアの親会社を訪れた経緯を説明した。このとき会計報告に遅れが出ていることを知り、法務を担当していた元専務執行役員のハリ・ナダ氏(57)に伝えたという。

 結果的にのちに、ジーア社はゴーン前会長の不正とされる取引に深く関与していたことが判明している。日産自動車が2020年1月16日付で東京証券取引所に出した「改善報告書」によると、ゴーン氏は、ジーア社を使ってリオデジャネイロやベイルートに住宅を購入し、同社から改装費用を支払わせたことなどが報告されている。これらは「私的利用」とされ、不正行為と断定された。

 実は今津氏は、アムステルダムに出向く2カ月前にも、ゴーン前会長が絡む別の子会社のトラブルを耳にしていた。

拡大逃亡先のレバノン・ベイルートで会見するカルロス・ゴーン被告=2020年1月8日
 その会社は、日産の子会社であるNICS(日産クリエイティブサービス)。法廷で今津氏は、2017年の5月ごろ、NICSの社長から、ある相談を受けたと証言した。
 ゴーン氏側からNICS社長に対し、「航空運賃が高いので、(差額分を)返してほしい」と言われているというのだ。
 ここで航空運賃というのは、ゴーン氏の家族の航空チケットの料金のことだ。
 日産の子会社がゴーン氏の家族用のチケットを取得して、ゴーン前会長側に渡した(ゴーン前会長がその分を支払った)ところ、後日になってそれが最安値ではないことがわかり、損をしたとして、最安値との差額分を戻すよう求めてきたという。

 ただ、今津氏は、2017年は日産の経営を揺るがしていた検査不正問題の対応を優先し、NICSの調査に着手したのは2018年3月だったとした。今津氏の証言によると、同年6月ごろになって、NICSから資料提供があり、2012年から5年間のチケット分について損害賠償としてNICSがゴーン前会長に差額を払っていたことがわかったという。ケリー被告側の弁護人の「航空券の問題というのはどのくらの相場」との質問に対し、今津氏は「総額で3500万円弱だったと思います」と述べている。

 大きな進展はなかったが、ジーア社もあり、今津氏の調査は続けられた。

3人がつながる

 公判を傍聴して分かったのは、実際の調査は、今津氏は含めた3人で進められたことだ。

 その3人というのは今津氏、ナダ氏、そして、副社長も務めた川口均・元専務執行役員(68)だ。3人は、2018年に入り、ゴーン被告の疑惑について情報共有を始めたという。

 今津氏は「組織化したわけではないが、3人で疑問点を共有化した」と法廷で語った。ただ、3人の情報共有を始めた時期については「いつか分からないが、少しずつしていた」。他の監査役には相談をしなかったという。

 川口氏は法廷で「(今津さんと私は日産で)長年働き、お互いに

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筆者

加藤 裕則

加藤 裕則(かとう・ひろのり) 

 1965年10月、秋田県生まれ。岩手大人文社会科学部卒業。89年4月に朝日新聞社入社。静岡支局や浦和支局(現さいたま総局)などに赴任した後、99年東京本社経済部員。その後、名古屋本社経済部員、青森総局次長、大阪本社経済部員。2011年4月から14年9月まで2度目の東京本社経済部員で、金融情報面(株式面)や社会保障取材班を担当した。2020年4月から静岡総局次長。2021年12月から西部本社駐在の経済担当記者。
 経済記者としては、これまで通産省(現・経産省)、鉄鋼業界、トヨタ自動車(名古屋)、関西空港などを取材してきた。通産省クラブ時代から、コーポレート・ガバナンスや会計監査について自主的に取材を重ね、朝日新聞のオピニオン面に掲載される記者有論などで論じてきた。2014年9月から石巻支局員として東日本大震災からの復興の過程を取材。2018年4月から東京本社の経済部員として財界などを取材した。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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