メインメニューをとばして、このページの本文エリアへ

news letter
RSS

従業員不祥事に企業はどう対応すべきか 実務上の留意点と相談動向

中川 佳宣

拡大中川 佳宣(なかがわ・よしのぶ)
 2005年、中央大学法学部法律学科中退(法科大学院へ飛び入学)。2008年、中央大学法科大学院修了(J.D.)。2009年、弁護士登録(62期)。西村あさひ法律事務所入所。2013~2016年、中央大学法科大学院 兼任講師(実務講師)。2021年8月、弁護士法人西村あさひ法律事務所 法人社員。

1. はじめに

 筆者は、弁護士登録後、特に福岡事務所を開設し赴任した2013年7月以降、企業からの労務相談、特にパワーハラスメントその他のハラスメント行為や業務上横領等の従業員不祥事に関する相談を受けることが多い。そこで、本稿では、筆者が過去に扱った事例を踏まえ、従業員不祥事に関して相談の多い論点を整理するとともに、その実務上の留意点を概説する。本稿は、従業員不祥事の対応につき網羅的に説明するものではなく、その点は予めご了承いただきたいが、他方で、筆者の経験限りにはなるものの、他の企業がどういった点に悩み、弁護士に相談しているかを知る一助としていただければ幸甚である(注1)

2. 懲戒処分

 企業は、従業員の不祥事が判明した場合、事実関係を調査した上で、当該従業員に対する懲戒処分を検討することとなる。従業員不祥事の相談として最も多いのが懲戒処分に関するものであるが、特に懲戒処分の量定、タイミング、公表の可否・方法に関する相談が多い。

(1) 懲戒処分の量定

 就業規則では、懲戒処分の内容を事案に応じて選択できる例(注2)が多く見受けられるが、他方で、懲戒処分は、就業規則に定めた懲戒事由が存在したとしても、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したとして、無効になるとされている(労働契約法第15条)。そのため、企業からは、選択する懲戒処分の内容が適切か、といった相談を受けることが多い。

 一般論としては、懲戒処分の量定を決定するにあたり、従業員の行為(不祥事)の性質や態様のほか、企業の事業特性、企業における従業員の地位や勤務歴、被害弁償の有無や反省の程度といった諸般の事情を総合考慮することとなる。また、その検討にあたっては、人事院が公務員への懲戒処分の量定を決定するに当たっての参考に供することを目的として作成した「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職-68)や、一般財団法人労務行政研究所が企業における懲戒処分の内容を調査した「懲戒制度の最新実態」労政時報3949号18頁も参考になる。

 懲戒処分の量定に関する実務上の留意点としては、公平の原則、すなわち過去に同一の懲戒事由に基づき懲戒処分を行っていた例がある場合、その後も同一の懲戒事由に関しては同じ程度の懲戒処分がなされるべきという原則がある。そのため、企業において懲戒処分の量定を検討するにあたっては、同種事案での過去の先例を確認し、当該先例と量定の平仄を合わせることを念頭に置かなければならない(注3)。かかる公平の原則に関しては、過去に同種事案がある場合に留意が必要となるほか、同種事案がない場合には、今回の量定が今後の同種事案における先例となること、すなわち悪しき先例として過度に軽い又は重い量定とならないようにも注意しなければならない。

(2) 懲戒処分のタイミング

 懲戒処分のタイミングについては、企業の迅速な対応を(社内外に)アピールしたいとして、事案全体の解明が未了であるものの、従業員不祥事の判明直後に懲戒処分を行いたいとの相談を受けることがある。

 留意すべきは、同一の非違行為について2回以上の懲戒処分を行うことができないため(一事不再理の原則)、事案解明の結果、既に行った懲戒処分よりも重い量定が適切であったと判明した場合でも、重ねて懲戒処分を行えないことである。また、懲戒処分の有効性が争いとなった場合、懲戒処分当時に企業が認識していなかった非違行為が当該懲戒処分後に判明したとしても、その認識していなかった非違行為(すなわち、当該懲戒処分当時に処分理由とされていなかった非違行為)は、原則として当該懲戒処分の有効性を根拠付ける事由とすることはできない(最判平成8年9月26日労判708号31頁)。

 そのため、懲戒処分のタイミングを検討するにあたっては、懲戒処分を基礎付ける事実を十分に確認できているかは当然のこと、不祥事に係る事案の全体像を把握できているか、懲戒処分の有効性につき後日争いになった場合においても当該有効性を立証し得るだけの証拠を収集できているかといった観点が重要となる。特に懲戒解雇や諭旨退職といった従業員たる地位を失わせる懲戒処分を行う場合には、その後に当該従業員から任意の調査協力を得られず、追加調査が事実上困難となる可能性があることも念頭に置き、そのタイミングを判断しなければならない。

(3) 懲戒処分の公表の可否・方法

 従業員に懲戒処分を行う場合、不祥事に対する企業の厳しい姿勢を示すことで再発防止を図るため、社内向けの公表を行うことや、影響を与えた取引先等がある場合には、当該取引先等への説明のため、社外向けの公表を行うことについての相談を受けることがある。

 公表については、上記のようなニーズや一定の合理性は認められるものの、一歩間違えば、公表された従業員の名誉を侵害したとして企業が不法行為責任を負う可能性がある。そのため、懲戒処分の公表を行うとしても、裁判例(注4)を踏まえ、懲戒対象者については匿名かつ個人が特定されない限度での記載、不祥事の内容については行為類型が分かる程度の記載にとどめた上で、イントラネット等での社内向けの公表にとどめるべきである(注5)。なお、懲戒処分の公表に関しても、人事院が公務員における懲戒処分の公表を行うに当たっての参考に供することを目的として作成した「懲戒処分の公表指針について」(平成15年11月10日総参-786)は参考になる。

3. 民事上の責任追及

 業務上横領等、従業員の不祥事によって企業が財産的損害を被った場合、企業は当該従業員に対する損害賠償請求その他の民事上の責任追及を検討することとなる。懲戒処分に次いで従業員不祥事の相談として多いのが民事上の責任追及に関するものであるが、特に裁判外での和解の方法及び内容、和解が成立しない場合の訴訟提起の要否に関する相談が多い。

(1) 裁判外での和解の方法及び内容

 企業が従業員に対して民事上の責任追及を行う場合、まずは、企業が被った財産的損害につき、任意の支払に応じるよう、企業と従業員とで話合いを行うことが一般的である。当該話合いは、企業が被った財産的損害が判明した後に(場合によっては、その調査と並行して)行うこととなるが、話合いをスムーズに進めるため、また、場合によっては当該支払が懲戒処分の量定を決定するにあたっての考慮事由となる可能性もあるため(上記2.(1)参照)、従業員への懲戒処分前に行うことが望ましい。

 当該話合いの結果、従業員から一部のみの支払や分割払が提示された場合、企業は、当該従業員が提示した金額や支払方法にて裁判外での和解に応じるかを検討しなければならない。

 当該検討は、訴訟提起することなく、従業員から提案を受けた内容にて裁判外での和解を行うとの経営陣の判断が善管注意義務違反となるか否かとの観点から行うこととなる。具体的には、裁判例(注6)を踏まえ、当該和解を行う旨の判断を行った時点までに収集された、又は収集可能であった資料に基づき、①債権の存在の確度(訴訟提起した場合における勝訴の蓋然性及び認容額の見込み)、②損害回収の確実性、③和解をせずに訴訟提起した場合に回収が見込まれる額とそれにより負担するコストとの比較、④レピュテーションへの影響その他の事情を総合考慮し、当該和解に応じることが経営陣の裁量の逸脱があったとされないかを検討することとなる。当該検討にあたっては、正確な事実認定、法的分析(採るべき法的主張の内容と選択)、想定される従業員からの反論及び反駁の可否、従業員の財産把握といった専門的な知識・経験を要することとなり、また、経営陣の判断の適正性を担保するためにも、弁護士の意見書ないし見解を得ておくことが望ましい。そのため、この点は、筆者を含めた弁護士への相談が多くなっているものと思われる。

 和解が整う場合、和解契約を締結する(和解合意書を作成する)のが一般的であるが、特に和解金が分割払となる場合には、不払リスクを考慮し、訴訟提起による判決等を経ずに強制執行が可能となる強制執行認諾文言付き公正証書を作成する等の対応も考える必要がある。なお、当該公正証書による強制執行を行うためには、その送達手続も必要となるが、強制執行を行うタイミングで郵便による送達手続を試みても、従業員において郵便を受け取らなかったり、転居先不明のため、当該送達手続を完了できないことが有り得る。そのため、公正証書作成時に代理人ではなく従業員本人の同席を求め、公正証書作成時に交付送達の手続も完了させておく(その手続が難しい場合には、公正証書作成直後に郵便による送達の手続を行っておく)ことが望ましい。

(2) 訴訟提起の要否

 企業と従業員との話合いで和解が整わない場合、企業は、当該従業員に対する訴訟提起を検討することとなる。当該検討は、従業員の不祥事によって企業が財産的損害を被ったと思われるにもかかわらず、訴訟提起をしないとの経営陣の判断が善管注意義務違反となるか否かとの観点から行うこととなるが、検討すべき点は基本的に上記(1)と同様である。すなわち、従業員に対する訴訟提起をしない旨の判断を行った時点において収集された、又は収集可能であった資料に基づき、①当該債権の存在を証明して勝訴し得る高度の蓋然性、②債務者の財産状況に照らした、勝訴した場合の債権回収の確実性、③訴訟追行により回収が期待できる利益とそのために見込まれる諸費用等との比較によって、訴訟提起しないことに経営陣の裁量の逸脱があったとされないかを検討することとなる(注7)

 なお、企業は、訴訟提起しない場合でも、被った財産的損害を損金算入する税務処理は検討し得るため、その内容及びタイミングについて税理士等の専門家に相談することが望ましい。

4. おわりに

 従業員不祥事の

・・・ログインして読む
(残り:約1546文字/本文:約5647文字)

全ジャンルパックなら本の記事が読み放題。


筆者

中川 佳宣

中川 佳宣(なかがわ・よしのぶ) 

 2005年、中央大学法学部法律学科中退(法科大学院へ飛び入学)。2008年、中央大学法科大学院修了(J.D.)。2009年、弁護士登録(62期)。西村あさひ法律事務所入所。2013~2016年、中央大学法科大学院 兼任講師(実務講師)。2021年8月、弁護士法人西村あさひ法律事務所 法人社員。
 主な著書・論文に「働き方改革とこれからの時代の労働法【第2版】」(共著、商事法務、2021年12月)、「基礎からわかる薬機法体系」(共著、中央経済社、2021年12月)、「和文・英文対照モデル就業規則 第3版」(共著、中央経済社、2019年1月)など。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

中川 佳宣の記事

もっと見る