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東電元会長らに13兆円賠償命令 東電社内の「当たり前」を許さず

奥山 俊宏

 民事訴訟の判決言い渡しではめったにないことだが、2022年7月13日午後、東京地方裁判所民事第8部の朝倉佳秀裁判長は判決理由要旨の抜粋を読み上げていく。通常、主文の読み上げだけで終わり、判決理由の口頭説明がまったくないのが民事裁判だが、この訴訟は違う。

東京電力株主代表訴訟の判決が言い渡された東京地裁103号法廷=2022年7月13日午後3時、東京地裁、代表撮影

 「本件の経緯をつぶさに見ると」と前置きし、朝倉裁判長は次のように指摘する。―― 福島第一原発事故が発生するより前、東京電力は、安全確保の意識に基づいて行動するべきだったのに、実際にはそうではなく、むしろ一貫して、現状維持を旨として行動し、担当部署から「もはや現状維持ができない」と本格的に津波対策を講ずるべきだと意見が上がってきたときも、役員はそれを認めず、結果として、一切の津波対策を講じなかった。

 開廷してから31分、朝倉裁判長はそんな福島事故以前の東電社内の実情を明らかにしていく。

 東京電力の元会長ら4人に福島第一原発事故の損害の賠償として13兆3210億円を東京電力ホールディングスに宛てて支払うよう命じる判決主文を言い渡し、判決理由骨子の読み上げを始めてから25分。元会長らに対する裁判長による非難の度合いは最高潮に達する。

 棒読みではない。マイクとスピーカーを介するとはいえ、その声は時折、東京地裁でもっとも広い103号法廷にびんびんと響くように聞こえ、裁判長があえて力を込め、声量を増やしていることが傍聴人に伝わってくる。

 「このような被告らの判断及び対応は、当時の東京電力の内部では、いわば当たり前で合理的ともいい得るような行動であったのかもしれない」

 東京電力の企業体質・社内風土に対する痛烈な皮肉である。

被告側の弁護士たち=2022年7月13日午後3時、東京地裁、代表撮影
 顔を手元の紙に向けたまま、一瞬、朝倉裁判長は、まなざしを、上目遣いにして被告役員側の席にじろりと向ける。

 いかにできるだけ現状を維持できるか、そのために、いかにして、有識者の意見のうち都合の良い部分を利用し、また、いかにして、都合の悪い部分を無視し、その顕在化を抑え込むか、そんな弥縫策に腐心することが、東電社内で生きていくために合理的な行動だったのかもしれない、というのだ。この訴訟の法廷に提出された数多くの社内メールや社員らの証言調書を読んで筆者が思うに、そのような企業体質・風土は確かに東電社内に存在する。

 「が、原子力事業者及びその取締役として、本件事故の前後で変わることなく求められている安全意識や責任感が、根本的に欠如していたものといわざるを得ない」

 被告役員5人全員の行動に任務懈怠(けたい)があったと判断した理由について、朝倉裁判長はこのように述べて説明を締めくくる。この指摘はある意味、事故の真因を突いている、そのように筆者には思える。

10年の審理で証拠充実

 2011年3月に発生した福島第一原発事故で東京電力が被った巨額の損害を賠償するよう求め、同社の株主が会社に代わって旧経営陣を相手取った株主代表訴訟を起こしたのは翌2012年3月のことだった。

 審理の過程で最終的に請求額は22兆円に増える一方、被告は、▽元会長の勝俣恒久、▽元社長の清水正孝、▽元副社長兼原子力・立地本部長の武黒一郎、▽元副社長、元常務兼原子力・立地副本部長の武藤栄、▽元常務、元福島第一原発所長の小森明生――の5氏に絞り込まれた。東京電力が被告側の立場で補助参加した。

 東京地検が2012~14年に業務上過失致死傷の容疑で捜査した際に東京電力や同業他社の日本原子力発電から押収した資料や検察官が関係者を取り調べたときに作成した供述調書、刑事公判での東電社員の証人尋問速記録が書証として提出されたのに加え、株主代表訴訟の法廷でも独自に被告役員らの尋問を行った。さらに、朝倉裁判長らは福島第一原発に実際に赴き、建屋の扉などの現物を見た。先行する他の避難者訴訟、刑事訴訟に比べ、この株主代表訴訟では「福島原発事故の原因に関して最も包括的な証拠調べ(注1)」が行われた。

 昨年11月30日の第62回口頭弁論で結審し、朝倉裁判長は、7カ月半後の2022年7月13日を判決期日に指定した。提訴から結審に至るまでに9年8カ月近く、判決までに10年4カ月を経ることになった。

 筆者が思うに、東京地裁民事8部の株主代表訴訟は、大阪地裁第22民事部に係属する避難者訴訟とともに、審理に長い時間をかけたぶん、証拠が充実しており、また、最も水準の高い議論がなされてきたといえる。大阪地裁の避難者訴訟については、被告・国の側の原子力専門家が感心するくらいに議論の質が高い。

 ところが、そうしたなか、なぜか、最高裁第二小法廷(菅野博之裁判長)は今年3月初旬、先行する福島、群馬、千葉、愛媛の4件の避難者訴訟で、国の責任をめぐって4月に口頭弁論を開き、夏に判決を出す方針を明らかにし、実際に6月17日、国の責任を否定する判決を出した(注2)

 福島県沖の日本海溝沿いでマグニチュード8級の津波地震が起こり得るとの政府の地震本部(推本)の長期評価の見解を前提に、福島第一原発の敷地の南東側前面で海抜10メートルの敷地を最大で5.7メートル超える高さの津波が来るとの東電社内の2008年の試算について、第二小法廷は「合理性を有する」と述べ、もし仮に経産大臣が規制権限を行使して東京電力に適切な措置を義務づけていたとすれば、防潮堤が設置されていた蓋然性が高い、と指摘した。しかし、第二小法廷の多数意見によれば、その防潮堤は、敷地の南東側からの海水の浸入を防ぐことに主眼を置いたものとなる可能性が高く、東側からも来襲した2011年3月11日の津波を防ぐことはできなかった可能性が高いと判断した。そのため、経産大臣が適切な措置を講ずることを東京電力に義務付け、東京電力がその義務を履行していたとしても、2011年3月11日、津波の到来に伴って大量の海水が敷地に浸入することは避けられなかった可能性が高く、実際に発生した事故と同様の事故に至っていた可能性が相当にある、というのが多数意見の結論だった。

 これに対し、第二小法廷でただ一人、検察官出身の三浦守裁判官は反対意見を付した。その反対意見のなかで、三浦裁判官は、敷地南東側で高さ15.7メートルの津波が来るとの試算について「一つのモデルにとどまり、実際に発生する津波地震における断層の数値がこれらに必ず一致するものでもない」と指摘。「本件敷地の南東側からだけでなく、東側からも津波が遡上する可能性を想定することは、むしろ当然というべきである」と断じ、さらに「浸水を防止する水密化等の措置を講ずる必要があった」と述べた。

 国が規制権限を適切に行使せず、東京電力が適切な対策をとらなかったことは、多数意見もなかば認めているが、筆者が考えるに、もし適切な対策がとられていたとすれば、おそらく事故の様相はまったく異なり、小規模なものにとどまった可能性が相当にある。敷地を5.7メートル超える津波が敷地の南東側から来襲するのに備える際、東側から来襲する津波にまったく備えない、ということはあり得ない。また、防潮堤が完成するまで数年間を要するので、その間は、隣の東海第二原発で現に行ったように、建屋や室内の水密化など応急対策をとったはずだと思われる。最高裁第二小法廷の多数意見の裁判官たちは、東京地裁民事8部の株主代表訴訟や大阪地裁第22民事部の避難者訴訟に比べて、薄い証拠関係で無理に判断するのではなく、そこは下級審に差し戻して審理を尽くさせるべきだった。

 一般論として筆者が思うに、最高裁は、同種訴訟で主な下級審の判断がひととおり出そろったところで満を持して、統一した判断を示すのがその役割であり、これまでの通例だった。しかし、菅野裁判長らの第二小法廷はこれと異なる行動をとった。なぜ、そのような異例の行動を選んだのかは定かではない。しかも、第二小法廷の4人の裁判官の全員一致ではなく、検察官出身の三浦裁判官は多数意見の結論に真っ向から異議を唱える反対意見を付した。これは法令や憲法の解釈をめぐる意見の違いではなく、事実認定をめぐる意見の違いであり、証拠によって決せられるべきことがらだ。証拠の前ではどんな権威ある人の意見も屈しなければならない。にもかかわらず、時間をかけて充実した審理が行われているであろうことが明らかな後続訴訟の証拠の全体を見ることなく、また、小法廷の裁判官全員の意見が一致するまで議論を尽くすのではなく、結論を急いだ。これは結論ありきであったことをうかがわせる。拙速との批判を免れず、また、不可解だ。そのように筆者には思われる。

 このように質の低い第二小法廷の多数意見をどうおもんぱかればいいのか、同種訴訟を扱う下級審の裁判官にとってはとても悩ましいところだろう、と筆者には思われる。証拠関係が違えば結論が違うのも当然として、異なる結論にしてもいいのかもしれないが、最高裁で確定した判断であり、それを無視するのは、サラリーマンである裁判官にとってとてつもない度胸を要するだろう。

 そもそも、第二小法廷がこの時期に異例の行動をとった要因が定かではなく、7月13日の法廷で、東京地裁民事8部の朝倉裁判長がどのような結論を示すのか、証拠関係からだけでは推し量れないものがあるようにも筆者には思われた。

 筆者は同日午前、以下のようにツイートした。

 敷地に達する大津波が来るかもしれないと予見できたのに、対策実施先送りを決めたとして原子力・立地本部長らの注意義務違反を指摘するだろう、と予測。ただし、賠償責任を認めるには、先月の最高裁判決を乗り越えなければならない(注3)
 最高裁の先月のおかしな判決を無視する度胸がもし裁判長にあるのであれば、建屋の内外の水密化(扉の目張りなど)で事故被害をかなり軽減できた可能性があったとして、賠償責任を認める、と思う。しかし現実には、最高裁を無視することはできず、結果回避可能性について立証不十分として請求棄却?(注4)

裁判長の険しい顔つきに「勝った」と原告弁護士

 2022年7月13日午後3時前、東京地方裁判所、第103号法廷。原告側の席の最前列にいる河合弘之弁護士は薄いピンク色のジャケット、海渡(かいど)雄一弁護士は水色のジャケットにウグイス色のネクタイを身につけている。甫守一樹(ほもり・かずき)弁護士はワイシャツ姿。その3人の後ろには同僚の弁護士や原告の男女がいる。被告役員側の席には背広姿の16人。全員、男性だ。被告役員当人の姿はない。傍聴席はほぼ満席となっている。

 午後2時59分、裁判官席後ろのドアが開き、朝倉裁判長は、ゆったりした足取りで法廷に入ってくる。ゆっくりと一礼し、裁判長席に腰をかける。陪席の2人の裁判官も両脇の席につく。

 朝倉裁判長の表情は硬い。何かを決したような、切羽詰まったようにも見える顔つきだ。対照的に左陪席の川村久美子裁判官の顔に硬さはない。自然体といった風情だ。右陪席の丹下将克裁判官は黒縁のメガネをかけ、白いマスクをつけているため、表情を読み取りづらい。

原告側=2022年7月13日午後3時、東京地裁、代表撮影
 海渡弁護士は前夜から「最高裁であの判決が出て、何が起きてるか分からない」との不安に襲われ、「もしかしたら負ける可能性がないこともない」と覚悟していた。しかし、法廷に入ってきた朝倉裁判長の「すごく険しい顔だったけど、力強い顔」を見て、「勝ったな」と思う。陪席の2人の裁判官も「すがすがしい顔」に見える(注5)

 報道機関の代表による廷内撮影について廷吏から許可を求められ、朝倉裁判長は「けっこうです」と小さな声で答える。

 午後3時2分、撮影が終了し、事件番号が読み上げられる。朝倉裁判長は「それでは開廷します」と言う。(つづきはこちら

 ▽注1:東電株主代表訴訟弁護団、2022年7月13日、弁護団声明。http://tepcodaihyososho.blog.fc2.com/blog-entry-403.html
 ▽注2:最高裁判所第二小法廷、2022年6月17日、国が津波による原子力発電所の事故を防ぐために電気事業法(平成24年法律第47号による改正前のもの)40条に基づく規制権限を行使しなかったことを理由として国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うとはいえないとされた事例。https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail2?id=91242
 ▽注3https://twitter.com/okuyamatoshi/status/1547017331490291712
 ▽注4https://twitter.com/okuyamatoshi/status/1547019761430974464
 ▽注5:海渡雄一弁護士、2022年7月13日夕、東京・永田町の参議院議員会館101会議室で開かれた原告団、原告弁護団の報告集会での発言。