続・東電元役員4人に13兆円支払いを命じた株主代表訴訟判決ルポ
2022年07月18日
2022年7月13日午後3時2分、東京地方裁判所第103号法廷で、同裁判所民事第8部の朝倉佳秀裁判長は開廷を宣言した後、「4つほど事前に申し上げます」と言う。(この原稿は、初報「東電元会長らに13兆円賠償命令 東電社内の『当たり前』を許さず」の続編です)
1点目は新型コロナウィルス対策だ。
「できればマスク常時着用でお願いします」
前回までの口頭弁論では、1席おきに傍聴人が座るようにあらかじめ使用不可の椅子が指定されていた。しかし、この日、13日の法廷は、ほぼすべての席が傍聴人で埋まっている。その分、廷内は「密」となっている。そのことに裁判長は注意を促す。マスクのなかでも不織布マスクを着用するよう呼びかける。不織布マスクを持っていない人には裁判所から「特別」にそれを提供する、と朝倉裁判長。
2点目として、朝倉裁判長は、「途中で、おっしゃりたいこと、表現したいことがあったとしても、声を出したり、音を出したりせず、心の中でそうしてください」と呼びかける。「法廷から出ましたら思う存分、ただしディスタンスを保って、そうしてください」と付け加える。
これは、請求認容判決に喜びの声を上げず、法廷の静粛を保ってほしい、と原告側に注意する趣旨なのだろうか、と筆者は一瞬想像する。しかし、請求棄却判決に抗議の声を上げるな、と釘を刺す趣旨もあり得ないことではない、と考え直す。
朝倉裁判長は「7カ月かけて私どもが書いた判決です」とも言う。
「最後までしっかり聞いてください」
「判決理由を30分ほどかけて告げます」
民事訴訟の判決言い渡しでは通常、法廷では主文だけを読み上げて、判決理由の口頭告知は省略し、書面で示す形で済ませる。が、この訴訟では、原告側も被告側も多くの関係者が法廷に詰めかけており、あえて異例の口頭説明をすることにしたのだろう。朝倉裁判長自身のこの判決への思いもあるのかもしれない。
これを聞いて筆者は想像をめぐらす。もしかしたら、主文は原告敗訴でも、判決理由のなかで東京電力元役員らの注意義務違反を認定するなど原告の主張の相当部分を認める、というような内容なのだろうか、だから「最後までしっかり聞いてください」なのだろうか、と。
言い渡しにあたって5人の被告をどう呼ぶかについて、朝倉裁判長から事前説明がある。勝俣恒久・元東京電力会長は「被告勝俣」。清水正孝・元東電社長は「被告清水」。武黒一郎・元東電副社長(元原子力・立地本部長)は「被告武黒」。武藤栄・元東電副社長(元常務、元原子力・立地副本部長)は「被告武藤」。小森明生・元東電常務(元福島第一原発所長)は「被告小森」。東京電力は事故後の2016年4月、東京電力ホールディングス株式会社へと会社名を変更したが、「東京電力」と呼ぶことにする。
午後3時5分、朝倉裁判長は「それでは判決を言い渡します」と言う。
手元の紙に目を落とす。
「被告勝俣、被告清水…」
声をひときわ大きくして、一人ひとり叩きつけるように被告の苗字の列挙を始める。
その瞬間、勝俣元会長、清水元社長ら東電元役員に支払い命令が出るであろうことが多くの関係者に判明する。そうでなければ、「原告の請求を棄却する」と言うはずだからだ。
裁判長の主文言い渡しの言葉が「ヒ」で始まるか、「ゲ」で始まるか、弁護士たちはそこに注目する。朝倉裁判長の言い渡す判決主文はたしかに「ヒ」で始まった。ということは、被告敗訴だ。だからなのだろう、原告側の席に、右手をグーの形にして縦に振っている人がいる。声を出せないなか、身ぶりによって勝訴の喜びを表しているのだろう。
裁判長が判決主文言い渡しで被告の名前を口にするからには、その被告に何らかの支払いを命ずるはずであり、この訴訟で、それはおそらく自動的に兆円単位になるだろう。これは大きなニュースになるし、経済界から反発が出るだろう、と筆者の頭に予測が浮かぶ。
裁判長は続ける。
「……被告武黒及び被告武藤は、東京電力に対し、連帯して、13兆3210億円及びこれに対する平成29年6月2日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え」
13兆円というのは、東京電力の年間売上高6兆円の2倍、その総資産12兆円を優に超える巨額である。被告ら個人で支払える金額でないことは明らかで、これが確定すれば、全員、破産して全財産を差し出さなければならない。
原告側は、将来に発生すると見込まれる損害を含め、総額22兆円を請求していたが、朝倉裁判長は「その余の請求及び被告小森に対する請求をいずれも棄却する」と言う。
東電社内での地位が最も低かった小森氏ひとりだけ、賠償命令を免れる。
「この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる」
主文の最後、第4項として、朝倉裁判長は、13兆円3210億円の支払い命令をただちに強制執行できることを意味する仮執行宣言を付する。全額の強制執行はもちろん不可能だが、預金や株券、自宅などの財産を差し押さえて有無をも言わせず会社に入金することができる。それを止めるには、民事8部の許可を得た上でそれなりの金額について法務局に供託をするか、または金融機関の保証書を差し入れるかすることが必要だろう。
午後3時7分、朝倉裁判長は「もう一度、主文を繰り返します」と言い、再度、主文を読み上げ始める。
「被告勝俣、被告清水、被告武黒及び被告武藤は、東京電力に対し、連帯して、13兆3210億円及び……」
「この判決は、第1項に限り、仮に執行することができる」と裁判長が読み上げるとき、最初の言い渡しではひときわ大きな声に聞こえたが、繰り返しの2度目では、フェードアウトするように声が小さくなっていく。
午後3時8分、主文読み上げが終わると、朝倉裁判長はふつうの声量の話し言葉に戻り、主文は要するに、13兆3210億円の支払いを命じ、その余の請求を棄却するものです、と言う。
「判決は600ページを超えるものなので、骨子を以下説明します」。そう前置きし、朝倉裁判長は、再び声を大きくして、判決理由骨子の朗読を始める。
本稿では、福島第一原発事故を発生以来取材してきた筆者が、前回の初報に続いて、13兆円あまりの支払いを命ずる判決が言い渡された7月13日の法廷の内外をルポします。この株主代表訴訟に関してこれまで筆者が「論座AJ」に出してきた原稿は以下の通りです。
事案の概要の説明を簡単に終えると、続けて朝倉裁判長は、原子力事業者における取締役の善良なる管理者としての注意義務の一般論について考え方を明らかにする。
原子力発電所において、一たび炉心損傷ないし炉心溶融に至り、周辺環境に大量の放射性物質を拡散させる過酷事故が発生すると、当該原子力発電所の従業員、周辺住民等の生命及び身体に重大な危害を及ぼし、放射性物質により周辺環境を汚染することはもとより、国土の広範な地域及び国民全体に対しても、その生命、身体及び財産上の甚大な被害を及ぼし、地域の社会的・経済的コミュニティの崩壊ないし喪失を生じさせ、ひいては我が国そのものの崩壊にもつながりかねないから、原子力発電所を設置、運転する原子力事業者には、最新の科学的、専門技術的知見に基づいて、過酷事故を万が一にも防止すべき社会的ないし公益的義務がある。
これは、伊方原発訴訟で1992年10月29日、最高裁第一小法廷(小野幹雄裁判長)が国による原発規制について「災害が万が一にも起こらないようにするため、原子炉設置許可の段階で、原子炉を設置しようとする者の技術的能力などにつき、科学的、専門技術的見地から、十分な審査を行わせることにある」との解釈を示した判例をなぞっている(注6)。
これに加え
有料会員の方はログインページに進み、朝日新聞デジタルのIDとパスワードでログインしてください
一部の記事は有料会員以外の方もログインせずに全文を閲覧できます。
ご利用方法はアーカイブトップでご確認ください
朝日新聞デジタルの言論サイトRe:Ron(リロン)もご覧ください