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老人ホームで85歳意識消失、業務上過失致死罪で職員起訴に衝撃

老人ホームのおやつ提供で過失責任を問われた看護職員(5)

出河 雅彦

 長野県安曇野市にある特別養護老人ホーム「あずみの里」で、利用者におやつのドーナツを提供し、のどに詰まらせて窒息死させたとして、ホームの職員である准看護師が業務上過失致死罪に問われた事件を検証する本シリーズの第5回は、准看護師や施設の関係者、代理人となる弁護士が起訴をどう受け止めたかを紹介する。

特別養護老人ホーム「あずみの里」
 前回述べたように、「あずみの里」に入所していた85歳の女性利用者(以下、Kさんと言う)が2013年12月12日のおやつの時間に突然意識を失い、救急搬送された病院で2014年1月16日に死亡した事案で、Kさんにおやつを提供した准看護師(以下、Yさんと言う)は同年12月26日、業務上過失致死罪で起訴された。起訴状記載の公訴事実によれば、Kさんの食事中の動静を注視して、食物誤嚥による窒息等の事故を未然に防止すべき業務上の注意義務があるのにこれを怠り、他の利用者への食事の介助に気を取られ、Kさんの食事中の動静を注視しないままKさんを放置したことが、Yさんの過失とされた。

 Kさんがおやつの最中に意識を失ったことから、あずみの里ではドーナツをのどに詰まらせたことによる窒息事故であると受け止めて、見守りの徹底などの再発防止策を実施し、遺族にも損害賠償金を支払った。しかし、Yさんは自分が刑事責任まで追及されることになるとは考えてもいなかった。東京高裁の無罪判決が確定してから1年近く経過した2021年7月、筆者の取材に応じたYさんは、捜査当局による取り調べが行われていた当時のことを次のように振り返った。

 私が事件の捜査について無知であったということもありますが、自分自身が立件される対象だとはまったく思っていませんでした。ご家族の通報で警察が調べを始めたのだから、警察や検察という組織は、あずみの里やそこで働く私たち職員とご家族との間の橋渡しをしてくれる存在だと思っていました。こちらの話をよく聞いて、それをご家族に伝えてくれるのではないか、それによってご家族の理解が得られるのではないかと思い込んでいたのです。施設を運営する法人の事務局長からも包み隠さず話をするように言われていたので、仕事の内容とかKさんが意識を失ったときの対応について正直に話しました。裁判にかけられるなんてまったく考えていなかったので、起訴されたときはたいへんなショックでした。

 起訴されたことに衝撃を受けたYさんは、「仕事を失うのではないか」と強い不安に襲われた。起訴された直後、あずみの里の施設長である細川陽子さんに「このまま働いていいですかね」と尋ねると、「もちろん、いいよ」と言われた。

 医療事故などで医師や看護師の刑事責任が追及されるケースは最近では少なくなっているが、そのような場合に医療機関を運営する組織が当該職員を支える側に回るとは限らない。医療機関を運営する組織の調査をきっかけに医療者個人が刑事責任を問われる事態に発展したり、組織防衛のために医療者個人をトカゲのしっぽ切りのように排除したりするケースもかつては珍しくなかった。

 しかし、あずみの里は全面的にYさんを支援し、刑事裁判の被告となったYさんはそれまでと変わらず仕事を続けた。2021年7月、筆者の取材に応じた細川さんは「(Kさんの)隣に座っていただけでYさんが刑事裁判にかけられるのはおかしいし、Yさんが望めば仕事を続けてもらうのは当然だと思っていました」と話した。

特別養護老人ホーム「あずみの里」

 Yさんが起訴されたことは、起訴翌日の2013年12月27日、地元紙の信濃毎日新聞で報じられた。あずみの里が加盟する長野県民主医療機関連合会(長野県民医連)がその記事で事件を知

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