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各国の企業結合規制の違い:基準・閾値は?形式か実質か?……

田中 伸拡

田中 伸拡(たなか・のぶひろ)
 2007年、東京大学法学部卒業。2009年、東京大学法科大学院(J.D.)修了。2010年、第二東京弁護士会登録。2017年、スタンフォード大学ロースクール卒業(LL.M.)。2018年、ニューヨーク州弁護士登録。2017~2018年、Paul, Weiss, Rifkind, Wharton & Garrison LLP(ニューヨーク)出向。2018~2019年、ニューヨーク事務所所属。2022年1月、西村あさひ法律事務所パートナー就任。
 日本企業が他社の企業買収や、他社との合弁企業設立を検討する際、当該M&A取引における当事会社間の競合関係の有無にかかわらず、実務上は、日本をはじめとする各国の独占禁止法・競争法(以下総称して「競争法」とする)上の企業結合届出の要否を検討することが多い。本稿では、日本企業がM&Aを行う際に各国の企業結合規制における届出(ファイリング)の要否を判断する際に分析の切り口となる点を概説する。

1 スキーム次第で届出対象となりうるかが異なりうること

 まず、企業結合規制を考える上では、当該案件でどのような取引スキームがとられているかを確認する必要がある。例えば、日本のような国の場合は、届出が必要とされているスキームが株式取得、合併、事業譲渡、資産譲渡、会社分割に限定されており、それぞれ異なる届出要件が定められているため、当該案件で採用されたスキームが届出の必要な取引類型に該当するのか、また該当する場合に届出要件の閾値を満たすのかを確認する必要がある。

 例えば、日本国内売上高を300億円有するA社が、B社のX事業(日本国内売上高40億円)を譲り受けようとしている際に事業譲渡のスキームをとる場合、独占禁止法16条2項によれば、X事業の国内売上高が30億円超であるため届出が必要になる。一方で、仮にB社がまずX事業を分社化してC社を設立し(この部分の取引はグループ内取引となるため届出不要である)、A社がC社の株式をB社から取得するというスキームにした場合は、事業譲渡ではなく、株式取得という取引類型での届出の要否を検討することになるところ、独占禁止法10条2項では、C社(すなわちX事業)の国内売上高は50億円以下であるため、株式対象会社側の届出要件の売上高基準を満たさず届出不要になる。以上のとおり、実質は同じX事業の買収であったとしても、スキームによって判断基準となる閾値が異なり、その結果、届出の要否が変わりうることになる。

 日本以外の国においても、競争法上、両株主が拒否権を有するような合弁企業を新規で設立する際に届出が必要か、マイノリティ出資の際に届出が必要か、過半数の議決権は保有しないけれども実質的に対象会社を支配するような事例の場合に届出が必要か、役員の兼任の場合に届出が必要か等は、国によって様々であるので、当該案件におけるスキームで届出が必要な類型にあたるか否かを確認する必要がある。一見すると制度上は似たような届出基準を採用していたとしても、実務上は同じような文言が国ごとに異なる形で運用・解釈されており、結論に差が出る場合もあるため、注意が必要である。

 さらに、トルコのように、株式取得の場合は株式発行会社と株式対象会社、双方のトルコの国内売上高を原則確認する必要があるところ、合併の場合には、一方当事会社のトルコの国内売上高と、他方当事会社の全世界売上高で届出要件を判断するような国もあり、スキームの組み方次第で届出の要否が変わりうるパターンはあることから、注意が必要となる。

2 各国の届出要件を考える際の主なポイント

 スキームを決めた上で、どの国で届出が必要となるかを分析することになる。後述のとおり、国によって、そもそも形式的な数値基準を設定して届出を行わせるのか、実質的な支配関係を根拠として届出を行わせるのか、閾値を低く設定して広く届出を行うようにさせてスクリーニングをさせるのか、届出要件をある程度高く設定して審査のリソースをある程度の規模がある案件に集中させるのか等の政策判断が異なり、それによって届出要件の規定の仕方も大きく異なる。主要な点としては下記の違いが挙げられる。

(1) 形式基準・実質基準
(2) 売上高の閾値の内容
(3) 資産額基準の有無
(4) 取引価値基準の有無
(5) 市場シェア基準の有無
(6) マイノリティ持分規制の有無
(7) 合弁企業規制の有無
(8) 義務的届出制度の有無

 

(1) 形式基準・実質基準

 株式取得の事例を想定した場合、各国の届出要件は、①日本のように届出対象となる議決権保有割合を数値で明示的に規定して、届出要件を規定している場合(日本の場合は対象会社の議決権保有割合が新たに20%超または50%超となる場合に届出が必要)と、②中国や欧州委員会のように「支配」(control)を取得する場合に届出が必要としている場合の二種類が存在する。後者のような「支配」基準を導入している国の場合は、取締役の選任権や事業計画・予算計画への拒否権の有無、他の株主の議決権保有割合等を踏まえて、実質的に「支配」権を取得するような場合に届出が必要となるものである。
 ①のような数値基準の場合は、形式的な当てはめではあるので、比較的判断はわかりやすいものの、②の「支配」基準の場合は、実質的な支配の有無を確認する必要があるため、案件ごとの考慮が必要となるし、国によって同じスキームでも「支配」の有無の判断が異なりうる。なお、この届出基準の規定の仕方が、マイノリティ出資の際の届出の要否やジョイントベンチャーの際の届出の要否に影響をもたらすことになる。

(2) 売上高の閾値の内容

 多くの国においては、両当事会社グループ(株式取得であれば買主グループと対象会社グループが多い)の当該国での売上高を基準にして、売上高の閾値が設定されている。しかしながら、国によって届出が必要となる売上高の基準は千差万別で、各国競争法の制定趣旨にもよるところであり、必ずしも国の経済規模とは比例しないところがある。例えば、ドイツの場合は、両当事会社の全世界売上高の合計額が5億ユーロ超であり、一方当事会社のドイツの国内売上高が5000万ユーロ超、他方当事会社の売上高が1750万ユーロ超の場合に届出が必要となるが、日本の企業結合規制(株式取得の場合は、買主グループが日本国内売上高200億円超、対象会社グループが日本国内売上高50億円超を有していることが必要となる)と比較すると、ドイツ売上高として設定されている閾値の金額が低いため、比較的届出要件に該当しやすい傾向にある。2021年の競争法改正前は、ドイツ国内売上高の要件は、それぞれ2500万ユーロ超、500万ユーロ超とかなり低かったため、改正によって届出要件の閾値は上がっているが、それでも依然として届出要件に該当しやすい国の一つではある。また、アメリカやカナダのように、毎年届出要件となる数値の見直しを行っており、毎年改訂がなされるところもあれば、世界全体の売上高を基準とする国もあるため、注意が必要である。さらに、届出基準となる売上高は現地通貨を基準に設定されているところ、為替レートの変動による影響を受けるため、年による日本円ベースでの売上高はほとんど差異がなくても、現地通貨価値が下がったことで届出が必要となることもままある。

 競争法上の届出というと、競争上影響がありうるような場合にのみ届出を行うようにも聞こえるが、実際は両当事会社間で競合関係がない場合や、取引関係がないような場合であっても、形式的に売上高等の閾値を満たす場合に届出が必要となるように規定されていることが多い。さらに、一方当事会社グループのみに現地売上高があり、他方当事会社グループには現地売上高が一切ないような事例や、合併する2社の対象事業の売上高は僅少であっても合併対象会社の親会社の売上高が売上高の閾値を超える事例、合弁企業設立のような事例で合弁対象事業の売上高は僅少であるものの両方の親会社の売上高が多いような事例において、国によって届出が必要となる場合がある。

 なお、当事会社の売上高を判断する場合は、国によって範囲は異なるものの、当事会社グループとして子会社の売上高等を含まなければならないことが通常であるため、留意が必要となる。また、仮に買主に親会社が存在する場合は、親会社や兄弟会社の売上高等を含めて検討を行う必要がある。グループ内取引については、連結消去することが通常であるが、ディール後にグループ外取引になってしまうような場合(例えば親会社Aが子会社Bを売却する際に、B社がA社に対して販売しているような場合)は、かかるグループ内取引も届出要件を判断する際の売上高に考慮する必要がありうる。

(3) 資産額基準の有無

 国によっては、売上高の閾値だけでなく資産額の基準も届出要件の閾値として制定している国がある。例えばカナダの場合は、株式取得による子会社化を目指す際に、カナダにおける対象会社の売上高(カナダ発の売上高も含む点に注意)または資産額が9300万カナダドル(2022年現在)を超えており、かつカナダにおける両当事会社の売上高合計額または資産合計額が4億カナダドルを超える場合に届出が必要となりうることから、売上高が閾値に満たしていなくとも、資産額が閾値を満たしているかを確認する必要がある。

(4) 取引価値基準の有無

 国によっては、当該M&Aの取引価値を届出基準の一つとして規定している国も存在している。代表的な例としては、アメリカが挙げられる。アメリカの場合は、届出要件の一類型として、The size-of-transaction testを採用しており、2022年現在は、1億100万米ドル超の取引価値がある場合にのみ、届出が必要になりうるという制度を採用している。当該取引価値を超える場合でも届出不要となることはありうるものの、取引価値が一つの要件として定められている事例といいうる。

 なお近時、スタートアップ企業の買収の事例等、売上高や資産高は当該法域の閾値以下であっても、将来の競争弊害効果を丁寧に分析する必要がある事例も存在することが指摘されており、その観点からも取引価値基準が注目を浴びている。ドイツにおいても、Transaction Value Thresholdが採用されており、対象会社のドイツ国内売上高が1750万ユーロ以下でも、取引価値が4億ユーロ超で、かつ対象会社がドイツで重要な活動を行っている場合は、所定の要件を満たせば届出が必要となる旨規定している。

 日本の公正取引委員会も、「企業結合審査の手続に関する対応方針」において、届出義務にかからない場合であっても、

(a)買収に係る対価の総額が400億円を超えると見込まれ、
    かつ
(b) ① 被買収会社の事業拠点や研究開発拠点等が国内に所在する場合
     ② 被買収会社が日本語のウェブサイトを開設したり、日本語のパンフレットを用いる等、国内の需要者を対象に営業活動を行っている場合、
    または
     ③ 被買収会社の国内売上高合計額が1億円を超える場合

等、法律上は届出不要な企業結合案件が国内の需要者に影響を与えると見込まれる場合
 

には、当事会社は、公正取引委員会に相談することが望まれると記載している。また、当事会社から相談がない場合には、公正取引委員会は当事会社に一定の資料等の提出を求め、企業結合審査を行うと定めている。このように、日本においても実質的には取引価値基準が部分的に採用されていることになる。

 スタートアップ企業の買収の事例のように、現時点での売上高は少ないものの取引価額が大きい場合は、かかる取引価値基準の観点から、届出が必要になる事例があるか否か、届出が必須ではないものの当局に自発的に相談を行うべきか否かを検討しなければならない点、注意が必要となる。

(5) 市場シェア基準の有無

 国・地域によっては、市場シェアを基準として届出要件を規定している場合がある。例えば台湾の場合は、通常の売上高基準の届出要件とは別途、市場シェアに基づく届出要件を規定しており、両当事会社が統合することによって市場シェアが1/3以上となる場合や、一方当事会社が1/4以上の市場シェアを有している場合に、届出が必要となる。イギリスやスペイン、タイといった国も市場シェア基準を採用しており、市場シェアの確認が必要となることもある。なお、市場シェア基準は、市場画定の範囲や現地の先例等にもよる点であり、保守的に検討が行われることもままある。

(6) マイノリティ持分規制の有無

 マイノリティ持分の取得の事例で、企業結合規制による届出が必要とされているかは国ごとに大きく違いがある。日本の場合は、議決権保有割合が新たに20%超、50%超となる場合に届出が必要とされているところ、このような規制になっている法域は、必ずしも多くはない。欧州委員会や中国のように支配権(control)を取得するか否かという実質的基準が届出要件として定められていることが多い。一方で、欧州委員会の加盟国であるドイツやオーストリアは、25%以上の株式取得の場合にはマイノリティ持分の取得でも届出が必要になると記載をしている。したがって、株式取得割合の点から欧州委員会では届出が不要であっても、欧州委員会の加盟国レベルでは届出を行わなければならない可能性があるため、注意が必要となる。

(7) 合弁企業規制の有無

 国によっては合弁企業について株主同士の結合関係が生じるとして、届出義務を課している国があるため注意が必要である。例えば、日本企業Aと日本企業Bが50:50の割合で新規合弁会社を設立しようとする場合、仮に全くの新規事業であれば新規合弁会社における日本国内売上高がないことになるため、A社とB社は50%の議決権付き株式をそれぞれ取得することにはなるものの、対象会社側の売上高がないことを理由として、公正取引委員会に対する届出は不要である。しかしながら、仮にA社とB社が、ともに大手企業であり、グループ単位で日本国外で相当程度の売上高を有している場合は、日本国外において合弁企業規制がある国においての届出の要否を検討する必要がある。合弁企業規制がある代表的な国としては、欧州委員会、中国、韓国等が挙げられる。これらの国では、実際にその法域での合弁事業を営むか否かにかかわらず届出が必要となる可能性があるため、注意が必要である。過去に、合弁規制による届出義務違反を指摘されて、罰金を科されたケースも存在している。

(8) 義務的届出制度の有無

 多くの国では、一定の閾値を超える場合、クロージング前に競争当局への事前承認を必要としており、事前届出義務を課しているケースが多いが、国によっては、閾値は定めているものの、あくまでも届出を行うか否かは任意であり、任意に届出を行うことが推奨されている基準として閾値を設定している国も存在する。かかる任意届出を定めている国としては、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、シンガポール等が挙げられる。これらの国で実際に届出を行う必要があるかは、当該国の競争状況への影響等を踏まえて検討する必要がある。

 また、閾値を超えずに届出義務が生じない場合であっても、あくまでも当事会社側に義務がないことを示すだけであり、閾値を下回るものの競争上の懸念が生じうる場合に、当局が職権調査を行うことを否定されていない国があり、日本もその一例である。国によっては、将来の競合技術になりうるような有力な技術を有する会社を買収する事例など、報道や需要家からの問題提起等を踏まえて、当局が自発的に職権調査を行う可能性は否定できず、実際にクロージング前またはクロージング後に職権調査が取られ、問題解消措置が求められた事例は日本国内においても存在する。競争法上の論点が生じうるようなディールの場合は、義務的届出制度がある国において届出義務が生じない事例であっても、自発的に相談に行く選択肢も検討しなければならない点、留意が必要である。

3 スケジュールの作成

 M&A取引を行う際は、契約締結日、対外公表日、クロージング日をそれぞれ考えることになるが、契約締結または対外公表からどのくらいの日数を経てクロージング日を設定するかは、どの国で競争法の届出が必要となるかにもよる。

 例えば日本の場合は制度上、公表前・契約締結前でも届出前相談を行い、また正式届出を経て一次審査でクリアランスを取ることも制度上可能であることから、スケジュールとの観点では比較的フレキシブルな対応が行えることが多い。ただし、二次審査に進む事例では、対外的にその旨が公表されること、また二次審査案件ではないものの、公正取引委員会が顧客等へのヒアリングを行う場合は、対外公表が行われない段階ではヒアリングを実施できない結果、審査が進まない可能性もある点に留意が必要となる。

 一方、欧州委員会やドイツの場合は、正式届出を行った際にその旨が公表される仕組みになっていることから、対外公表が行われた後に正式届出を行うのが通常である。

 また中国の場合は、通常、法的拘束力のある契約が届出の際に必要となるため、スケジュール上留意する必要である。

 更に、インドネシアやタイのように、所定の届出要件を満たす場合であっても、クロージング後の届出で足りる国も存在するし、韓国のようにTOBの場合は例外的にクロージング後の届出で足りると定めている国も存在する。

 上記の国はあくまでも例示であるが、その国の競争に全く影響がないような事例であっても、所定の審査期間が比較的長期であったり、公証手続や届出書の記載に必要な情報が多い等の理由により準備に時間を要する傾向がある国が存在する。どの国の届出準備を優先するかは、両当事会社間の競合状況・市場シェアやディール全体のスケジュール等にもよるところであり、事案ごとに分析を行う必要がある。近時の企業結合審査は、各国で、審査が詳細になされ、以前よりも期間を要する傾向にある。日本の場合も、実際には正式届出が行われる前の届出前相談に時間を要している事例が多く、届出前相談の段階で、経済分析、顧客ヒアリング、第三者からの意見募集を行っているケースもあり、スケジュール策定をする際に留意が必要である。

4 社内文書の提出を求められる可能性があること

 アメリカで届出が必要となる場合は、4(c)4(d)documentの提出が必要となり、社内資料の提出が求められることになる。具体例としては、会社の役員のために作成された市場分析資料、Confidential Information Memorandum、シナジー分析資料等といった資料については、届出の際に一緒に提出することが求められる。会社の社内資料には、統合の真の狙いや当事会社側から見た競合事業者や市場の分析等が書かれていることが多いため、かかる内容を参照する目的で求められている。なお、仮にアメリカで二次審査に進む場合は、4(c)4(d)documentに限らず、会社の社内資料や内部メール等が広範に求められることになる。

 このような社内資料の提出は、元々はアメリカを中心に行われていたが、近時は、アメリカ以外の国でも積極的に求められるようになっている。日本の公正取引委員会も、2022年6月に、「企業結合審査における内部文書の提出に係る公正取引委員会の実務」を発表しており、今後審査の過程において、取締役会での資料や統合の検討・分析資料等、従前よりも社内資料の提出が積極的に求められる可能性があるものと考えられる。

 したがって、日本国内・国外を問わず、社内文書を作成する際は、後日当局への提出が求められる可能性もあることを踏まえて、誤解のないように記載しておく必要がある。また、当該取引の目的・大義は何か、当該取引によりどのようなシナジーを望んでいるのか、かかるシナジーが競争法上正当化されるものなのか、という点は、当局も注目する点であり、そのような観点から社内資料を検討することになるため、特に市場シェアが相応にある水平統合事例においては、ディールの初期的な段階から検討を行うのが望ましい。

5 おわりに

 各国の競争法届出は

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