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マレーシアにおける雇用法の改正 適用対象を大幅拡大

眞榮城 大介

拡大眞榮城 大介(まえしろ・だいすけ)
 2007年弁護士登録(第二東京弁護士会)。アメリカの法律事務所での研修を経て2014年からシンガポール事務所勤務。マレーシアを中心に、東南アジアにおけるM&A案件、一般企業法務案件に広く従事。
 マレーシアにおいて雇用法の改正が2023年1月1日から実施される予定であり、マレーシア国内でもその動向について大きな注目が集まっている。マレーシアの雇用法(Employment Act 1955)については、2022年改正雇用法(Employment(Amendment)Act 2022。以下「改正法」という)が2022年5月10日に公布された。この改正法は多数の改正点を含む大規模なものとなっている。また、2022年8月15日に、雇用法を管轄するMinistry of Human Resource(人的資源省)は、雇用法の別紙(First Schedule)を改訂し、雇用法の適用対象となる従業員の範囲を変更する旨の省令(Employment (Amendment of First Schedule) Order 2022。以下「省令」という)を公示した。これらの改正が進められる背景には、マレーシアの環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への加入や国際労働機関(ILO)からの勧告、外国人労働者の就労環境を巡る海外からの批判等があると報じられている。

 改正法及び省令は、2022年9月1日に施行される予定であったが、産業界から新型コロナウイルスからの回復途上にある中での拙速な制度変更は事業環境に与える影響が大きい等の批判を受けて、2023年1月1日からの施行に延期された。

 なお、マレーシアには13の州があるが、東マレーシアのサバ州・サラワク州については労働法制が異なるため、本稿で述べる雇用法は、半島マレーシアにあるその他の州及び連邦直轄領を対象とした労働法についてのものである。

1. 雇用法の適用範囲の改正

 マレーシアの雇用法は、日本の労働法のように雇用主と従業員との関係や従業員の権利を規定したものであるが、現行の雇用法上は、月給及び職種によって雇用法が適用される従業員と適用されない従業員とを区別している。雇用法上、雇用契約や就業規則において、雇用法が規定する内容よりも労働者に不利となる内容の規定は無効となり、雇用法が規定する内容が優先するものと定められている。また、雇用法又は同法に基づく命令等に違反した場合には罰則が適用される旨定められているため、雇用主は、雇用法の適用範囲に併せて雇用契約及び就業規則を作成する必要がある。

 現行のマレーシア雇用法上、以下の従業員が、雇用法の適用がある従業員とされている。

 (1) 職種を問わず、雇用主との間で、月給2,000マレーシアリンギット(約6万円。本稿執筆時点の為替レートを参考に1マレーシアリンギットを約30円で換算。以下同じ)を超えない雇用契約を締結した者

 (2) 賃金にかかわらず、雇用主との間で、以下の内容の雇用契約を締結した者

  1. 職人や実習生等、肉体労働に従事することを内容とする契約
  2. 乗客若しくは物品の運送目的、又は商業若しくは営利目的で運営され、機械によって推進する乗り物を操縦又は保守することに従事することを内容とする契約
  3. 同一の使用者に雇用されている肉体労働者及びその作業を監視、監督することを内容とする契約
  4. マレーシアで登録された船舶における業務に従事することを内容とする契約
  5. 家事使用人

 そのため、上記(1)及び(2)に該当しない、月給2,000マレーシアリンギットを超える肉体労働等に従事しない従業員については雇用法の適用はないものとされ、雇用契約や就業規則によって柔軟に制度を設計することが可能であった。

 これに対して、省令では、雇用法の適用対象を「雇用契約を締結する全ての者」に変更している。その上で、月給4,000マレーシアリンギット(約12万円)を超える従業員については、以下の休日・時間外手当や解雇手当等の規定が適用されないというルールに変更するものとしている。なお、肉体労働者等については、引き続きその月給にかかわらず、雇用法が適用されることになる。

 ■月給4,000マレーシアリンギットを超える従業員に適用されない雇用法の条項

適用除外となる条項当該条項の概要
Section 60(3) 休日出勤手当
Section 60 A (3) 時間外手当
Section 60 C(2A) シフトワークに関する手当(新設)
Section 60 D (3) 祝日(Public Holiday)出勤手当
Section 60 D (4) 半日労働日の時間外手当
Section 60 J 解雇手当等

2. 雇用法改正の内容

 改正法における主要な改正点は次のとおりである。

(1) 外国人従業員を雇用する際の労働局長官の事前承認

 現行の雇用法下では、労働局長官への外国人従業員の情報提供要件のみが課されているが、改正法は、外国人従業員を雇用するに当たり、雇用主に対し、労働局長官の事前承認を得ることを義務付けている。

(2) 雇用関係の推定

 改正法は、従業員との間で書面による雇用契約がない場合に、法律上の推定が適用される旨定めており、具体的には、以下いずれかの場合に該当する者は、反証がない限り、他者の従業員であると推定されるものと定めている。

  1. 当該者の勤務形態が他者の管理又は指示に服する場合
  2. 当該者の勤務時間が他者の管理又は指示に服する場合
  3. 当該者が業務を遂行する上で他者から道具、材料又は器具を提供される場合
  4. 当該者の業務が他者の事業における不可欠の部分を構成する場合
  5. 当該者の業務が他者の利益のみを目的として遂行される場合
  6. 当該者が行った業務の見返りとして他者から定期的に支払いがなされ、かかる支払いが当該者の収入の大半を占める場合

(3) 週当たり最大労働時間の削減

 改正法は、1週間の最大労働時間を48時間から45時間に削減するものとしている。

(4) 病気休暇の拡充

 改正法は、病気休暇と入院休暇とを区別して扱うこととし、病気休暇と入院休暇の合計を60日までとする現行法の上限を撤廃している。これによれば、従業員は、入院休暇を60日取得する権利を有し、加えて、1暦年中に勤続年数に応じた所定日数分の病気休暇を、別途取得することができることになる。

(5) 出産休暇の拡充

 公務員に認められている出産休暇と足並みを揃えるため、雇用法上の出産休暇も60日から98日へ延長されることになる。

 加えて、改正法は、妊娠中の従業員の雇用終了の制限として、雇用契約に故意に違反すること、不正行為及び雇用主の事業の閉鎖といった例外に該当する場合を除いて、解雇することは認められない旨定めている。また、妊娠中の従業員を解雇する場合、雇用主は、妊娠又は関連する症状を理由とする雇用終了ではないことを証明する責任を負う。 現行の雇用法では、産休中の解雇及び妊娠が原因の疾患による産休後90日間以内の欠勤を理由とした解雇が禁止されているが、かかる保護を拡充するものとなる。

(6) 男性の育児休業の導入

 改正法には、これまでなかった男性の育児休業が盛り込まれており、既婚の男性従業員は、出産1回につき連続7日(通算5回の配偶者の出産まで)の育児休業を取得する権利が認められる。当該権利を行使するためには、同一の雇用主に12ヶ月間継続して雇用されており、かつ、配偶者の妊娠を、出産予定日の30日前又は出産後可能な限り速やかに、雇用主に対して通知する必要がある。

(7) セクシャル・ハラスメントに関する通知を掲示する義務

 改正法は、雇用主に対し、セクシャル・ハラスメントについて啓発する通知を目立つ形で掲示する義務を課している。もっとも、通知の内容や要件については規定されていない。

 なお、セクシャル・ハラスメントについては、セクシャル・ハラスメント防止法案(Anti-Sexual Harassment Bill 2021)が可決されており、別途施行される予定である。当該法案では、セクシャル・ハラスメントの被害者が被害回復を図る機会を確保するため、セクシャル・ハラスメント事案についての紛争解決機関を設置すること等が盛りこまれている。

(8) 雇用における差別

 改正法は、「雇用における差別」に関連する紛争について、労働局長官による調査・裁定及び裁定に基づく命令を発出する権限の付与を盛り込んでいる。もっとも「差別」についての定義はなく、いかなる差別が実際に違反行為等とみなされるか具体的な定めはないため、制度開始後の運用を注視する必要がある。

(9) 柔軟な勤務体制の取決め

 改正法は、柔軟な勤務体制(flexible working arrangement)の取決めの促進を提案している。従業員は、(労働局長官所定の書式及び方法にて)雇用主に対し、勤務時間・勤務日数又は勤務場所の変更を書面で求めることができる。改正法において、雇用主は、かかる申立てを認める義務はなく、従業員からの求めを受領した日から60日以内に拒否又は承認し、従業員に書面で通知するとのみ定めている。但し、雇用主がその求めを拒否する場合、その理由を述べなければならないとされている。この点については、職種にかかわらず全ての従業員が当該制度の対象になるか、また、いかなる事項であれば拒否する理由として認められるか等が明らかではなく、人的資源省のガイドライン等による更なる制度の説明が待たれているところである。

(10) 強制労働の禁止

 従業員を脅し、欺き、又は強制的に労働させる行為については罰則が適用される旨の規定が新設された。

(11) 雇用法違反時の罰則の引き上げ

 雇用法違反による罰金の金額の多くは、従来10,000マレーシアリンギット(約30万円)が上限であったが、これが50,000マレーシアリンギット(約150万円)まで引き上げられることになった。

3. おわりに

 今回の雇用法改正はマレーシアにおける従業員保護をより強化するものであるところ、特に雇用法の適用対象の制度変更が与えるインパクトは大きいものと考えられる。これまで雇用法の適用対象外となっていた従業員につ

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筆者

眞榮城 大介

眞榮城 大介(まえしろ・だいすけ) 

 2007年弁護士登録(第二東京弁護士会)。アメリカの法律事務所での研修を経て2014年からシンガポール事務所勤務。マレーシアを中心に、東南アジアにおけるM&A案件、一般企業法務案件に広く従事。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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