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英国の訴追延期合意(DPA)制度と贈賄防止義務(UKBA §7)の最新運用状況

荒井 喜美

拡大荒井 喜美(あらい・よしみ)
 2004年に慶應義塾大学、2006年に慶應義塾大学法科大学院を卒業。司法修習(新60期)を経て、2007年12月より西村あさひ法律事務所弁護士(第一東京弁護士会所属)。2014年5月、コロンビア大学ロースクールLLM修了。2014年-2015年、ブリュッセルのHerbert Smith Freehills法律事務所で勤務。現在、西村あさひ法律事務所パートナー。

1 はじめに

 一般にDeferred Prosecution Agreements(以下「DPA」という。)とは、検察官が訴追を検討している対象者(以下「対象者」という。)との間で締結する合意であり、対象者が特定条件を遵守することを約束した場合、訴追手続が中止される効果が生じるものである。元々DPAは、米国において、主に少年や薬物常用者の再犯防止を目的とする公判前ダイヴァージョン(注1)から派生した手続であるが(以下「米国DPA」という。)、2000年代以降、法執行機関である米国司法省(以下「DOJ」という。)が米国DPAを積極的に運用し、裁判所のような裁定作用を担う傾向が強まった。その中でDOJは、特に競争法、米国外の公務員に対する商業目的での贈賄行為を取り締まるForeign Corrupt Practices Act(以下「FCPA」という。)を米国外の企業に積極的に適用し、米国外の企業に多額の制裁金を納付させてきた。また、競争法違反事件やFCPA違反事件においては、違法行為が米国外で行われた場合であっても、違反行為の効果が米国に及んだ場合に米国が管轄権を持つ、いわゆる「米国法令の域外適用」も活用された。つまり、DOJは、「米国法令の域外適用」と合わせて米国DPAを利用することで、裁判所の判決を得ることなく事案を終結させながら、米国外の企業への制裁を強化していった。このような米国DPAの発展を受け、英国においても、2014年2月、Crime & Courts Act 2013(2013年刑事・裁判所法)Section 45に基づき、Deferred Prosecution Agreements制度(以下「英国DPA」という。)の運用を開始した。

 英国DPAの制度内容や導入経緯については、拙稿「英国訴追延期合意制度の背景・概要と日本企業への示唆」(旬刊商事法務No.2120(2016年12月15日号))で詳細に述べたところであるが、本稿では、簡単に英国DPAの内容を見た上で、その導入から8年以上が経過した現在、どのような運用がされてきたのか概観したいと思う。

2 英国DPAの概要

(1) 企業犯罪への有効な対応策新設の必要性

 近時の英国DPAの運用状況を分析する前提として、まず英国DPAが導入された背景や目的を概観する。なお、細かい手続内容は拙稿に譲り、本稿では割愛することとする。

 まず第1に、英国法の場合、構造上、企業の刑事責任の追及(法人処罰)が難しい問題がある。英国法では、同一視理論(identification principle)のもと、企業の精神活動と同視し得る精神活動を行うことができる地位にいる者、つまり、経営陣や上級管理職等に犯罪の主観的要件が認められた場合にのみ、企業の刑事責任を追及できるのが原則である。この同一視理論に対しては、使用者責任原理(respondeat superior)に基づき広く企業を処罰できる米国法とは対照的に、企業犯罪の摘発が困難であるという問題点が指摘されてきた。それは、企業規模が大きくなればなるほど、企業活動の実態を把握することが困難になる上、経営者らが部下の活動実態を知らなければ知らないほど、経営陣や上級管理職等に犯罪の主観的要件を認めることは困難になるため、同一視理論をクリアできず、企業が免責されるからである。つまり同一視理論のもとでは、経営者らは、部下の活動実態を知らないままでいること、知らないように見せかけることにインセンティブを持つため、英国当局には、実態解明のための証拠収集や訴訟追行に莫大な資源を割く必要が生じ、企業犯罪の摘発は困難を極めていた。そのため、英国DPAは、企業犯罪に有効な対応策として新設されるに至り、また上記背景により、DPAについて定めるCrime & Courts Act 2013のSection 45を受けたSchedule 17(以下「Schedule 17」という。)では、英国DPAの適用対象者から自然人は除外され、米国DPAとは大きく異なる形となった。

 そして、企業犯罪に有効な対応策を新設するという目的のもと、英国議会では、英国DPAの対象犯罪は、次のような39個の犯罪と、その犯罪に関する3つの付随的犯罪(ancillary offence)(注2)とされた。具体的には、詐欺の共謀(conspiracy to defraud)等のコモンロー上の罪と、Companies Act 1985の会社法上の書類破棄等に関する罪、Financial Services and Markets Act 2000の証券取引や虚偽供述に関する罪、Companies Act 2006の自己株取得制限や詐欺的取引に関する罪、Fraud Act 2006の詐欺に関する罪、Bribery Act 2010(以下「UKBA」という。)の贈収賄に関する罪などの成文法上の犯罪である。これらのうち、英国DPAの実務との関係で特に重要なUKBAは、下記(2)に述べる。

 第2は、上記1のとおり法人処罰が容易な米国が、競争法やFCPAを積極的に域外適用した上で、米国DPAの活用により、裁判所の判決を得ることなく米国外の企業に制裁を科すようになってきたことである。簡単に言えば、法人処罰が難しい英国において、法人に制裁を科すことができない事案が発生すると、代わりに米国が米国法令を域外適用し、本来的には英国が管轄権を持つ事案に米国が制裁を科す状況が生じた。そのため、英国にとっては、第1のとおり、法人処罰を容易にした上で、「本来的に英国が管轄権を有する事案については、英国が制裁を科す」というあり得べき姿を取り戻すことも、英国DPAの大きな目的であった。

(2)UKBAの役割

 上記(1)のように、英国DPAは、企業犯罪に対する新たな有効策として期待された制度であるとともに、本来英国が管轄権を持つ事案に対処する役割も担っているが、英国DPAの場合、訴追延期「合意」を行うためには、①有罪判決を獲得できること、又はその見込みがあること(evidential stage)、②公益性が満たされること(public interest stage)が要件とされている(注3)。そして、①の要件を満たすには、やはり同一視理論を乗り越える必要があるため、英国DPAの導入だけでは、企業犯罪の摘発を活発化させる効果は限定的であった。

 ここで、英国DPAに先行して、2011年7月に施行されていたUKBAが一役買うこととなった。UKBA §7は、営利組織が仕事を獲得すること、又はその仕事の便宜を図ってもらうことを目的として、その従業員、代理人、子会社などの関係者が、贈賄及び外国公務員への贈賄を行ったことを犯罪構成要件として、企業に刑事責任を負わせる犯罪類型である。具体的には、従業員が企業のための贈賄をした場合、企業が贈賄防止のために適切な措置を講じていたことを立証できない限り、企業に犯罪を成立させる。経営陣や上級管理職等について、従業員が行った個々の贈賄について主観的要件を認めることが難しい場合であっても、贈賄が発生した事実がある以上、企業のガバナンス、コンプライアンスの一部である贈賄防止体制の不備について責任を問うことは比較的容易であるため、企業犯罪を容易に問うことができるようになる。さらに、UKBA §7の罪では、ひとたび従業員が贈賄を行えば、贈賄防止措置が不十分であったことの推定が働くため、UKBA §7の罪を免れるには、企業自らが贈賄防止体制が十分であったことを立証しなければならないが、それは容易なことではない。そのため、UKBA §7の罪のこの2つの特徴を利用すれば、企業に刑事責任を問うことができる可能性が飛躍的に上昇する。つまり、英国DPAとUKBA §7類型の罪の併用は、英国自らが管轄権を有する事案に制裁を科すといった上記(1)に述べた英国DPAの導入経緯にかなう手段といえる。

3 適用状況と分析

(1) 事案概要

 英国DPAは、特に重大かつ複雑な詐欺、贈収賄等を担当する組織であるSerious Fraud Office(以下「SFO」という。)長官及び検察庁長官のみによって合意することができるものである。特に、SFOが関与する案件を見ると(注4)、過去に英国DPAが成立した事案は、合計12件である。なお、SFOによると、下記表中の2021年の匿名2社はそれぞれ1件ずつカウントしている。

企業名主な罰条特徴罰金/没収及びコスト
(英国のみ)
2015 Standard Bank UKBA§7違反 米国とのグローバル和解事案 罰金:1680万(US$)
没収:840万(US$)
コスト:33万(£)
2016 Sarclad Ltd UKBA§1(*)違反の共謀
UKBA§7違反
反腐敗に関する罪(**)の共謀
共謀罪の適用 罰金:35万2000(£)
没収620万1085(£)
コスト:不見当
2017 Rolls-Royce UKBA§7違反
反腐敗に関する罪の共謀
会計不正(虚偽記載)
共謀罪の適用 罰金:2億3908万2645(£)
没収:2億5817万(£)
コスト:1300万(£)
2017 Tesco 会計不正 罰金:1億2899万2500(£)
没収:不見当
コスト:306万9951(£)
2019 Seco Geografix Ltd 会計不正 罰金:1920万(£)
没収:不見当
コスト:370万(£)
2019 Güralp Systems Ltd UKBA§7違反
反腐敗に関する罪の共謀
共謀罪の適用 罰金:不見当
没収:206万9861万(£)
コスト:不見当
2020 Airbus SE UKBA§7違反 米国、フランスとのグローバル和解事案(全世界で36億€) 罰金:3億9803万4571(€)
没収:5億8593万9740(€)
コスト:698万9401(€)
2020 G4S Care & Justice Services (UK) Ltd 英国司法省を欺く罪(Fraud Act§1) 罰金:3851万3277(£)
没収:不見当
コスト:590万(£)
英国司法省への補償:
   1億2130万(£)
2020 Airline Services Ltd UKBA§7違反 罰金:123万8714(£)
没収:99万0971(£)
コスト:75万(£)
2021 Amec Foster Wheeler Energy Limited. UKBA§7違反
反腐敗に関する罪の共謀
共謀罪の適用
ブラジル、米国とのグローバル和解事案
罰金:4603万3891(£)
459万3750(US$)
没収:4781万5914(£)
353万1260(US$)
コスト:336万7088(£)
2021 匿名2社 UKBA§1違反
UKBA§7違反
罰金及び没収:251万0065(£)

(*)UKBA §1は、公私問わず、対象者への利益供与によって、対象者への善意・中立性・信託された地位への期待が裏切られることを、贈賄罪の構成要件とする罪である。
(**)反腐敗に関する罪は、基本的に2011年のUKBA施行前の行為に適用される罪である。

 12件のうち、汚職の罪によるものが9件、会計不正によるものが2件、英国司法省を欺く罪が1件である。英国司法省を欺く罪は少し珍しいものであるが、電子監視事業を営む者が、英国司法省に対して虚偽陳述をした行為がFraudに該当するとされた事例であった(ただし、手続が進行中であるため詳細情報は開示されていない。)。

(2) 分析

 上記(1)のとおり、8年で合計12件であるため、適用事例の数は多いとは言えないが、いくつか特徴を指摘しておきたい。

 まず1点目は、UKBA違反を含む汚職の罪の9件については、全てUKBA §7が適用されている点である。英国DPA導入時に、UKBA §7との合わせ技により、英国が企業犯罪に対し積極的に制裁を科す方針であると指摘されていた点は、実際の運用においても確認できたといえよう。

 2点目は、12件中3件がグローバル和解に関係する事案である点である。グローバル和解は、違反行為が複数の法域に跨がる場合に、二重処罰を避けたり、司法資源を節約するために、複数の法域の当局が調査を共同して制裁を科す手続であり、世界規模の巨大案件に用いられる。特に2020年のエアバスの事案は、全世界規模で制裁金が36億ユーロに達し、反贈賄の制裁金としては世界最大規模の事案となったことで有名である。上記のとおり、英国DPA導入の目的の1つには本来英国が管轄権を有する事案に自ら制裁を科すことであり、英国はグローバル和解に積極的に参加することで、この目的を実現していることを明確に示しているといえよう。

 3点目は、英国DPAにおいて、共謀罪も積極的に認定されている点である。英国の共謀罪(注5)は、3つの付随的犯罪の1つとされているところ、実際に犯行に至ったか否かを問わず、犯罪を実行することを約束しさえすれば、原則として犯罪が成立する。少し事案について書くと、例えば、Güralp Systems Ltd,の事案では、2019年10月、Güralp Systems Ltd,が、従業員3名が韓国公務員に対する贈賄を共謀したことについて、不正な金銭支払の共謀や従業員による贈賄行為を十分に防止できなかった罪を認めるに至った事案である。そしてこの事案では、UKBA§7が処罰根拠になっているので、贈賄行為が既遂に達しない場合であっても、従業員による贈賄の共謀があれば、UKBA§7の贈賄防止体制の不備の根拠となり得ることが示されたといえる。ただし、Güralp Systems Ltd,の事案では、2020年12月に、Southwark Crown Courtの陪審員は3名の従業員について無罪の評決をした。そのため、個人の有罪が確実ではない中で、SFOが企業との間で、従業員の有罪を前提とする和解を結ぶことの是非などが問われているようであり、今後の運用に影響が出ないか注視すべき事案であるともいえよう。

 4点目は、罰金、没収、コストを見ると、Airline Services Ltd,は罰金が約123万(£)、没収が約99万(£)と小規模な案件であるが、その他の案件は数千万(£)以上の制裁金が科された巨大案件となっていることである。SFOとしては、重大案件に絞って英国DPAを使用しているものと思われる。

 なお、上記表からは離れるが、英国裁判所が、UKBAの域外適用を認める立場を示した点も指摘しておきたい。元々UKBAは、違法行為が英国国内で行われなくとも、英国において一定の事業を行う者にも適用され得る点で、域外適用を念頭に置いた法令であると言われていた。エアバス事案の場合、エアバス社はフランスに本社を置き、贈賄行為も英国国外で行われた事案であるが、英国でも継続的にビジネスを行っていることを理由にUKBAが適用された。英国DPAは、英国裁判所による承認手続が必要であるところ、英国裁判所がこのような事案について英国DPAを承認したということは、UKBAの域外適用を認める立場であることを明確に示したといえる。よって、英国でビジネスを行う日本企業は、UKBAの適用を広く受ける可能性があることを特に認識しておくべきである。

4 まとめ

 英国DPAの適用事案を見ると、グローバル企業については、複数の国の当局が合同で捜査を行い、グローバル和解を成立させるトレンドも見られる。この傾向は、英国DPA導入の目的からすると、自然なことであり、今後もこのような傾向は続くと予測される。上記3(2)で例示したエアバスの事案では、英国裁判所がUKBAの域外適用を認め

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筆者

荒井 喜美

荒井 喜美(あらい・よしみ) 

 2004年に慶應義塾大学、2006年に慶應義塾大学法科大学院を卒業。司法修習(新60期)を経て、2007年12月より西村あさひ法律事務所弁護士(第一東京弁護士会所属)。2014年5月、コロンビア大学ロースクールLLM修了。2014年-2015年、ブリュッセルのHerbert Smith Freehills法律事務所で勤務。現在、西村あさひ法律事務所パートナー。
 主な論考に「あたりまえの習慣から見直す 取締役に求められるコンプライアンスの着眼点」(ビジネス法務2022年9月号)、「米国当局に対する企業不正の通報状況と日本企業の実務対応」(ビジネス法務2021年7月号)がある。

※プロフィールは原則として、論座に最後に執筆した当時のものです

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